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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義・特別編

『光る君へ』紫式部が好いたのは道長ではなかった…大河ドラマに求められるヒロイン像

『光る君へ』紫式部が好いたのは道長ではなかった…大河ドラマに求められるヒロイン像の画像1
柄本佑と吉高由里子(写真:サイゾー)

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく!

 昨年(2023年)末の12月11日、NHK放送センター(東京都渋谷区)で行われた『光る君へ』の初回試写会において、NHKの制作統括の内田ゆきさんがドラマで「『源氏物語』は描かないです。劇中劇みたいなことは考えていません」と断言し、ニュースになったことは今でも思い出されます。過去においては『源氏物語』の映像化という触れ込みでも、紫式部の生きた現実の宮廷社会をクロスさせる作品が多い印象でしたから、大胆な決断だと思いながらも、一般受けする内容にはならないだろうなあとも感じていました。大半の視聴者は『源氏物語』について知りたかったのではないかな、と今でも思っています。

 紫式部(まひろ/吉高由里子さん)の人生については、ドラマの最終回でも登場した家集(=自作の和歌だけを集めた作品集)の『紫式部集』、あるいは彼女がお仕えしていた彰子(見上愛さん)が一条天皇(塩野瑛久さん)との間に最初に授かった子を出産するべく、土御門第に「里帰り」したときの様子を描いた『紫式部日記』などの文章から、断片的にわかるだけです。それ以外は想像で埋めるしかないとなれば、もはや「ファンタジー時代劇」ですし、それが従来の大河ファンの好みからはズレるというのが私の予測ではありました。

 たしかに紫式部は生没年はおろか、本名すら不明で、『源氏物語』という代表作の自筆原稿も残されていない「謎の作家」なのですが、それでも彼女なりに、作品だけでなく、自分自身のことも歴史の中で忘れ去られることがないよう、努力を重ねていました。その残された数少ない痕跡が、『紫式部日記』などの作品ともいえるのです。

 彼女の「日記」には、とある深夜、自分がいる部屋の扉を「あの」藤原道長(ドラマでは柄本佑さん)が二度叩いて言い寄ってきたと書かれています。ドラマでは源倫子(黒木華さん)から「殿との関係は、生涯秘密にして」といわれ、頷いてしまったまひろの態度とは大違いなんですね。

 ほかにも『紫式部日記』では、寛弘5年(1008年)11月1日、土御門殿で開かれた敦成親王(のちの後一条天皇・高野陽向さん)の誕生祝賀会の宴で、美形と才覚で知られた貴公子・藤原公任(町田啓太さん)から、「若紫やさぶらふ」――ここに光源氏の最愛の女性の若紫さん(のちの紫の上)はいらっしゃいますか? というキザなセリフで絡まれた一幕も書き入れています。

 中級貴族の家出身の紫式部からすれば、関白太政大臣・藤原頼忠(橋爪淳さん)の長男である公任は雲の上の人のはずです。しかし、彰子にお仕えすることで、紫式部はそうしたVIPからナンパされるほどの立ち位置になることができたのです。しかもそれを「迷惑だったわ」的なノリで、わざわざ書き記す程度には、史実の紫式部は自己承認欲求が強く、見栄っ張りな女性だったのではないでしょうか。『源氏物語』でなく、紫式部をドラマで描くのならば、こういう「イヤな女」の一面をもっと押し出したほうが逆によかったのではないでしょうか?

 紫式部は、史実でもやりとりがあった和泉式部(泉里香さん)や、史実ではやりとりがなかったのではないかともいわれる清少納言(ファーストサマーウイカさん)について、「けしからぬ女(和泉式部について)」「賢ぶって漢字など書き散らかしているけれど、よく見れば素養が足りていない(清少納言について)」などと手厳しい批評を億面もなく、「日記」に書きつけています。その一方、宰相の君などおっとりとした女房については「お姫様みたいに美しい」などと鼻の下を伸ばし、じゃれつくなどしていたようですが、これらの逸話もほとんどカットされてしまいました。

 ちなみにかなり意外な人物ですが、史実の紫式部が好印象を抱いていたとされる男性の一人が、あの藤原実資(秋山竜次さん)なのです。例の寛弘5年(1008年)11月1日の宴で、とある女房の重ね着した装束の枚数を数えていた実資には、公任などを見るのとは違う視線を向けていたようですね。ドラマのこの場面の実資は泥酔している様子で描かれ、史実でもやはり酔っていたでしょうが、それでも一条天皇が出した倹約令のことを意識して、女房の重ね着の枚数を数えているらしい実資のことを、紫式部は「立派な人」などと言っていますから(『紫式部日記』)。

 これも紫式部お得意の皮肉、褒め殺しにすぎないかもしれないのですが、その後も彰子のもとを実資が訪ねるたび、紫式部は実資と彰子の間の取り次ぎを担当していたとされます。だから、研究者の中には道長との関係はむしろ一時的なもので、紫式部は実資に憧れていたのでは……と考える人もいるわけですね。

 実資はドラマでは生真面目そうに見えて、砕けたところもあるキャラでしたが、実際はかなり情熱的な恋をする人物で、多くの恋のライバルと争った末にかつて花山天皇(本郷奏多さん)の女御だった婉子(つやこ・真凛さん)女王とゴールインしています。また彼女が夭折した30年後、つまり三十周忌には「思へども 消へにし露の 玉緒だに 衣の裏に 留めざりけむ」――「私はあなたの死後も思い続けているのに、あなたの痕跡はどこにももう残っていない」と嘆く歌も詠んでいます。

 道長から例の「望月の歌」を詠みかけられたときも、辞退するほど歌が苦手だった実資ですが、亡き妻を死後30年間も思い続け、その思いが歌になってほとばしることもあったのですね(『小右記』)。妻は一人だけ、同時に二人持つことはないのが実資のポリシーだったようです。

 鎌倉時代初期に成立した『古事談』という説話集では、当時20代だった道長の息子で、色好みで知られた教通(姫子松柾さん)と、すでに60代の実資が、香炉という遊女を取り合った話や、美しい女と見れば身分に関係なくナンパし、それが頼通(渡邊圭祐さん)に知られて恥をかいた話まで収録されているのですが、これも実資のあまりの生真面目さを茶化そうとして創作された逸話だったのではないでしょうか。それゆえ、ドラマでも道長とうまくいかないときに、実資とまひろが惹かれ合う……という展開があったのなら、もっと面白くなっていたかもと思ってしまうのですよね。

光源氏と異母兄はどういう関係だったのか?

 さて、人の好き嫌いが明確ではなかったまひろのようなタイプは、『源氏物語』に数多いる女君たちの中には見られるのでしょうか。少女時代のまひろは喜怒哀楽が激しかったのに、たとえばドラマでは母親を殺したという設定の道長の次兄・道兼(玉置玲央さん)を嫌い抜いていましたが、成長後は誰のことも好きでも嫌いでもない状態になってしまいました。

 一説に主要登場人物だけでも40〜50名、総登場人物では400-500名ほどいるとされる『源氏物語』ですが、こういうタイプの女性はまれです。

 というか、逆ですね。最初は好き嫌いもはっきりとしない、おっとりと構えているだけの美少女が、年齢を重ねるごとに弁が立つようになり、驚くほどはっきりとものを言うようになる姿が描かれがちなのが『源氏物語』のセオリーなのです。

 何がきっかけとなるかは女性それぞれなのですが、たとえば青年期の光源氏が恋い慕った「義母」の藤壺の宮は、源氏との不義密通の末に妊娠発覚すると、突然、我が子を守るべく「強い女」にメタモルフォーゼ(変身)してしまいます。当時の恋愛ルールでは、出家した女性に手を出すことは絶対禁止でした。ですから、藤壺は適当な時期を見つけて出家し、光源氏の恋慕を完全にシャットアウトすることにも成功しています。

 光源氏にとって、異母兄・朱雀帝は、かつて皇太子時代の朱雀の婚約者(いわゆる朧月夜の君)を寝取ったり、少なからず迷惑をかけたという思いがありました。そして朱雀は源氏の養女(のちの秋好中宮。作中での名前は不詳なので、今回は秋好と呼ぶ)のことを地味に思い続けていました。

 当時としては「中年男性」にほかならぬ三十代の朱雀は、何度目かのアタックを秋好にするわけなのですが、今度こそ兄の思いを叶えてやるか悩む光源氏に、尼となった藤壺の宮はアドバイスをします。養女にせよ「娘」を誰に嫁がせるかで源氏の将来が決まるからですし、光源氏がわが子の後見人だから、しっかりしてほしいわけですね。

 彼女いわく「朱雀帝はもうお年です。そんな男性に新しく女性をあてがってやる必要はありません」。身も蓋もないアドバイスをする藤壺の宮でした。まぁ、たしかに当時の平均寿命は四十代にならないうちに尽きていたわけですが……。十代後半から二十代くらいにかけては、桐壺帝と光源氏といった男たちに翻弄されるだけだったとは思えぬ「成長」を、藤壺の宮は見せてくるのです。

 その一方で、光源氏が最後に迎えた妻の一人である女三の宮という女性は、自分の父親である朱雀院(朱雀帝が出家した後の呼び名)以外の男性に強い感情を持ちません。まひろというあまりに微温的な主人公について考えると、筆者の脳裏には『源氏物語』の女三の宮が思い浮かんでしまうのですね。女三の宮は、そしてまひろは現代風にいえば非恋愛体質――「アロマンティック」とでもいうべき女性なのでしょう。

 でも逆にいえば、女三の宮のような淡白すぎる人物も、日本の歴史には一定数、存在し続けたはずなのです。『光る君へ』は、少なくとも筆者にとっては最後までよくわからないドラマだったのですが、それは感情でデコボコした人生を送る筆者のようなタイプの人間の主観にすぎないのかもしれせん。そう考えると『光る君へ』のまひろは非常に新しいタイプのヒロインだったといえるかもしれないですね。

 ――まぁ史実の紫式部が、まひろのような女性であったのなら『源氏物語』が完成することはなかった気もするのですが、「大河ドラマ」で求められるヒロイン像に、なにか重要な一石を投じたのが、まひろというキャラだったのかもしれない……そんなこともほのかに感じつつ、『光る君へ』のレビューを終えたいと思います。

(文=堀江宏樹)

堀江宏樹

作家、歴史エッセイスト。1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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堀江宏樹
最終更新:2024/12/29 12:00