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『おむすび』どうしてこうなった? 優しい世界が主人公の成長を阻害する【専門学校編】

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 年末からお正月にかけてNHK連続テレビ小説『おむすび』の前半戦振り返りをやっているわけですが、この作業はアレですね、あんまり晴れやかな気分になりませんね。

 というわけで、晴れて専門学校に入学してから卒業、就職までを描いたパートを振り返ってみましょう。先に言っておくと、モリモリ(小手伸也)がカウンセリングのシミュレーションで覚醒して役者魂を発揮したシーンは大好きです。あれが魂なんだよな。「ギャル魂」もそうであってほしかった。

本質を理解しない者、現る

 昨日は『おむすび』における「ギャル魂」は糸島編の時点で形骸化していたという話をしましたが、その形骸化の標本のような形で登場したのが、神戸編の結(橋本環奈)でした。

 神戸に来て早々、バイトしよっかななどと言いだし、親から「学業に専念する時期では?」と進言されると「学業ってwww大げさなwwww」と盛大に草を生やす。入学初日にはつけまとネイルを完備したギャルファッションで登校する。おそらく作り手側の意図としては、エネルギッシュ、ポジティブという表現のつもりなのでしょうが、誰が見ても「ギャル魂の本質を理解しない者」としか見えなくなってしまっています。そもそも「ギャル魂」がなんだかよくわかりませんが、この結という人が「何かの本質を理解している」とは到底思えない。

 人が誰かの影響を受けて変わっていくことはドラマチックだし、結がギャルになったこと自体は物語の必然でもあるわけですが、ここに至るまでに「学業ってwww」のように、自分のやりたいことに対して不真面目なギャルは一人たりとも登場していません。むしろ「真剣にギャルをやる」ことが、ギャルが世間に受け入れられる最低限の条件だったはずです。食費を削ってまでネイルの勉強をしていたスズリン、ダンスに真剣じゃない結にキレ散らかしたタマッチ、彼女たちが世間から誤解を受けながらも真剣に生きていたからこそ、結もまたギャルを肯定的にとらえることができたはずなんです。

 ハシャいだな、と思ったんだよな。ようやく橋本環奈をギャルとして全開で描ける段になって、作ってる人たちがハシャいだと感じたんです。陰鬱だった糸島編では抑圧されていた作り手に対する「橋本環奈をギャルで撮れ」というオーダーが、ここでようやくストレートな形で通ることになる。で、抑圧から解放されてみたら、内実が何もなかった。「学業ってwww」という無様で軽薄なギャル像しかなかった。そういうことです。

 そして、ドラマはこの専門学校編で結を成長させることができませんでした。栄養士になる話で、栄養士になる人が成長していないのです。

 調理実習の献立はサッチン(山本舞香)とカスミン(平祐奈)が考えたものをミックスしただけ。そのミックスもモリモリが修正してようやく成立するものでした。

 翔也(佐野勇斗)のために社食のメニューをアレンジして組み上げた献立も結局サッチンが作り直しているし、炊き出しの献立についても班の3人に下調べをさせている。

 そうして他人に助けられながら成長していくならまだいいけど、実際にドラマで描かれているのはまったく逆、結が彼らを助けているという主張なのでした。

 小松菜がないからスイスチャードを見つけたよ。

 ナベと不仲だったパン屋の女将さんを、野菜の例え話で改心させたよ。

 ナベにおむすびを食わせたよ。

 えっへん、どうだい、これがギャル魂。

 って、バカかよ。全部、周囲の人間がお膳立てしたことじゃないか。

まるで成長していない……

 結自身は神戸の、その空気を吸うだけで高く跳べると思っていたのかもしれませんが、「助けられた」にもかかわらず「助けた」と自認し続けた結果、まるで成長できませんでした。黙っていても、誰もが結にパスを出してくれる。そういう優しい世界が、結という人物の成長を阻害し続けたのです。

 そうして訪れたのが、あの悲惨な面接でのパラパラです。専門学校の初日にまったく準備をせずに登校したときと同じように、まったく準備をせずに面接に臨んでいる。当然、全部落ちる。

 すると今度は星河電器のエース澤田(関口メンディー)が就職を斡旋するという、とんでもない飛距離のスルーパスを出してきます。さすがに星河の面接ではまともな対応をしていた結ですが、こんなのは成長でもなんでもないからね。常識の範囲です。

 あくまで結を「助ける側」に置き続けたい、手柄を与えたいという物語のスタンスによって、2年間の専門学校生活もまた意味のないものになりました。

 この2年間は、ド素人の結がプロの栄養士になるまでの2年間です。「ギャルが栄養士になる話」の「なる」の部分です。「なる」に値する試練が、どうしたって必要だったはずなんですが、何もなかった。だから「なった」という瞬間に重みがない。

 主人公の少女が高3のときに抱いた夢が叶った瞬間ですよ。その瞬間がこんなに無感動な“青春グラフィティ”は、ちょっと記憶にないよマジで。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

◎どらまっ子AKIちゃんの『おむすび』全話レビューを無料公開しています
第1話~第56話
https://note.com/dorama_child/m/m4385fc4643b3
第57話~
https://cyzo.jp/tag/omusubi/

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/01/02 14:00