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『おむすび』どうしてこうなった? 「翔也パラパラ事件」はなぜ起こったか【星河電器編】

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 いよいよ前半のクライマックス、結(橋本環奈)が翔也(佐野勇斗)に逆プロポーズするまでが描かれたNHK朝の連続テレビ小説『おむすび』の第12週、第13週を振り返ります。

 それにしても肩が超痛いはずの翔也クンが元気にパラパラを踊り出したシーンには痺れましたね。どこまで登場人物をオモチャにすれば気が済むのか。何の罪かわかりませんけど、佐野勇斗はNHKを相手取って裁判したら勝てると思うよ。あとナベべこと緒形直人もな!

 はー、やっつけちゃいましょう。お正月をのんびり過ごしたい。

心配をしない女、それが結

 夢と恋愛って、ドラマにおける2大要素であるはずなんですよね。昨日はその「夢が叶った瞬間」にまるで感動がなかったという話をしましたが、恋愛についても全然説得力がなかったですね。「主人公が恋人を愛している」という、そんな当たり前のことさえ表現できなくなってしまっているのが、今の『おむすび』というドラマなのです。

 肩がダメになり、野球をやめることになった翔也。そのことを結に告げると、結は「ウソ……ウソでしょ……」とショックを受けていました。

 ウソなわけないだろ。

 このとき、結は翔也にプロポーズされると思い込んでいたんですよね。

 翔也の「プロ野球選手になりたい」という夢だけは、ギリ説得力を持って描かれてきたと思います。高校時代にはほとんど練習しているシーンがなかったし、変化球も知らないし、食事管理も雑だし、肩が痛み出しても全然医者に行かないし、ほかのドラマや映画だったら「なんだこいつ全然本気じゃないじゃん」としか思えないところですが、『おむすび』では周囲との比較において、どうにかキープできていた部分ではあったわけです。

 しかし、その夢に恋人である結がまったく寄り添っていなかったことが明らかになってしまう。肩が痛み出してから大河内に本格的に壊されるまで、けっこうな時間があったはずです。その間、翔也の心は激しく動揺していたはずです。結に言い出せなかったのは理解できるとしても、「今まで通りの翔也」ではなかったと考えるのが自然です。太極軒で陽太(菅生新樹)が割り込んできたときには、思い切り表情に出してもいました。

 これ、もう終わってるカップルの描写なんですよね。相手の考えていることに興味がない。かと思えば「プロポーズされたい」という欲望だけは持っている。

 呼び出されて行ってみたら、プロポーズじゃなかったことにショックを受ける。自信を失った彼氏に別れを切り出されれば腹を立てて置き去りにする。

「野球ができなくたって、翔也は翔也じゃん!」くらい言ってみろって話です。もう一度言うけど、「主人公が恋人を愛している」という、そんな当たり前のことさえ表現できなくなっている。

 結果、アユの策略によって自我を取り戻した翔也と結は結婚の約束をするわけですが、結が翔也を好きになったのは自分の震災の話を聞いて涙を流してくれたからだという。もう一度言うけど、だったら「野球ができなくたって、翔也は翔也じゃん!」くらい言ってみろって話なんだよ。

 ずっと優しくないんだよな、この人。その理由を考えます。

「ギャル魂」の呪縛と「主体を外部に置く」ということ

 その前に、ちょっと別の話をします。翔也が、なぜ医者に行かなかったかの話です。

 結論から言うと、『おむすび』において翔也は独力で困難を乗り越えてはいけない人だからです。どうしても「ギャル魂」によって回復を見なければいけない。「ギャル魂」こそがこの天下を統べる唯一絶対のスーパーパワーなのであって、「ギャル魂」以外が主人公周辺のピンチを救ってはいけないという縛りが存在しているのです。企画のコンセプト上、そういうことになってしまっている。がんじがらめです。

 しかし、いくら万能な「ギャル魂」とはいえ右肩関節唇損傷や腱板損傷を治癒させることはできないし、翔也をメジャーリーガーにさせてやることもできない。だから翔也は野球をやめなければならない。そうしないと「ギャル魂」が発揮される場がなくなってしまう。そうした物語の外部からの強い要請によって、翔也は医者に足を運ぶことができなくなってしまっていたのです。

「ギャル魂」のパワーを表現するために、若者の夢を叩き潰す。叩き潰した上に、「医者に行かない」という非常識で愚かな選択を繰り返させる。残酷な作劇です。

 そして、結が優しくない理由です。

 本来、結は「人助け」の人なので、翔也のことも助けたかったはずなんです。結が「ギャル魂」を発揮して自力で翔也を回復させていれば、まだ結婚に至るプロセスにも説得力があったかもしれない。

 しかし、結に翔也を助けることはできません。なぜなら、結には「ギャル魂」が宿っていないからです。

 専門学校時代、調理実習の献立をママ(麻生久美子)と2人で考えていたときに、ハギャレンから電話がかかってきたことがありました。その電話によって結は一瞬だけ「ギャル魂」を取り戻し、献立を作り上げた。

 エース澤田に就職を斡旋され、それは「ズルいのではないか」と悩んでいたこともありました。その際にはママがハギャレンを日本各地から呼び寄せ、カラオケボックスでルーリー(みりちゃむ)が結を諭しています。このルーリーの言葉によって、結は一瞬だけ「ギャル魂」を取り戻し、就職を決めた。

 結は「ギャル魂」を抱き続けることができません。なぜなら、ドラマの主人公として悩み続けなければいけないからです。確固たる哲学を持った人間は悩みません。就職面接に落ちても、彼氏の夢が潰えても、「どうすればいいかわからない」という状況になりえない。

 アユやルーリーが持っている「ギャル魂」という哲学と、その哲学から導き出される物語的な正解によって、結という人は動かされています。その「ギャル魂」が結の外部にあるからこそ、結は何度も悩むことができるし、悩みながら解決に至るというドラマを演じることができる。

 その他力本願なドラマツルギーと引き換えに、結という人物の心が空洞化するというジレンマが発生している。だから恋人への思いやりもないし、好きという気持ちに体重が乗らない。

 結という主人公がギャルを自称しているのに「ギャル魂」という物語の主体を背負うことができなかった。それがこのドラマの最大の不幸になっています。

 そして、ここまでお話してきた通り、その「ギャル魂」さえもすでに形骸化しています。もう傷ついた翔也に「酒飲んで踊って忘れろ」くらいのことしか言えなくなっている。つらい現実から逃避させることしかできない。本当に人の救いになるようなメッセージを発することができない。ドラマが胸を打たない。見てる意味がない。

 そんな『おむすび』後半は1月6日スタートだそうです。楽しみだね!

(文=どらまっ子AKIちゃん)

◎どらまっ子AKIちゃんの『おむすび』全話レビューを無料公開しています
第1話~第56話
https://note.com/dorama_child/m/m4385fc4643b3
第57話~
https://cyzo.jp/tag/omusubi/

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/01/03 14:00