お笑い芸人・こたけ正義感の単独ライブ『弁論』無料公開 「袴田事件」を語り尽くす60分
こたけ正義感というお笑い芸人がいる。現役の弁護士だ。『R-1グランプリ』(フジテレビ系)では2023年に敗者復活からファイナルに進出している。ピン芸人ながら『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)への挑戦にも積極的で、昨年はTKO・木下隆行とのユニット「はじまりの歌」で3回戦進出、サツマカワRPGとの「頭虚偽罪」で準々決勝まで進み、一定の評価を得た。
YouTubeでは、弁護士知識を生かした『逆転裁判』のゲーム実況や、各賞レースのネタに法的な問題を無理やり見出して「失格」にしていく「リーガルチェック」という漫談企画で存在感を示している。
そんなこたけ正義感のYouTubeチャンネル「こたけ正義感のギルティーチャンネル」に年末にアップされたのが、「【1月15日まで】こたけ正義感の『弁論』」という動画だった。先月6日に東京・セシオン杉並ホールで行われた単独ライブ『弁論』をまるまる1時間、無料で公開しているのである。
コロナ禍以降、芸人たちはこぞってライブを有料配信するようになった。会場に来られない地方在住のファンにとっては歓迎すべき時代の変化だし、若手芸人の貴重な収入源にもなっている。期間限定とはいえ、そして弁護士であるこたけの金に困っているわけではないであろう現状を差し引いても、1時間のライブをそのまま無料配信するのは異例の判断に違いない。
舞台にはセットも何もない。
「僕、弁護士やってるんですけど、法律うんぬんみたいな難しい話はしないです。気楽に笑って帰ってください」
そう言って頭を下げたこたけはスーツ姿にピンマイクひとつ。60分のスタンダップコメディが始まる。
客イジリに始まり、上京当時や学生時代のエピソード、弁護士あるある、軽妙かつ毒気を帯びたトークはこの芸人の真骨頂だ。客席が十分に温まったころ、話題は「袴田事件」へとシームレスに移行していく。
58年前の冤罪事件
1966年、静岡県で一家4人が刺殺された事件があった。警察は元プロボクサーの袴田巌氏を被疑者として逮捕。14年間の裁判を経て、1980年に袴田氏の死刑が確定した。
しかし、この裁判は警察側の自白の強要や証拠の捏造が強く疑われるものだった。袴田氏の弁護団は翌81年に再審請求を申し立てたが、実際に再審公判が行われたのは逮捕から57年後の2023年、再審無罪を勝ち取ったのは昨年の9月のことだった。
こたけはこの再審公判に、弁護団側の広報として関わっていた。世紀の冤罪事件に無罪判決が出る、その一部始終を“弁護士芸人”として世の中に伝えること。それがこたけの役割だった。
単独ライブ『弁論』では、この袴田事件についての情報が手際よく解説された。その取り調べがいかに過酷で暴力的なものであったか、状況証拠とされる数々の物品にどれだけの矛盾があったか、こたけは具体的にスライドで例示しながら、そのひとつひとつにツッコミを入れていく。
「何言うてんの!」「どういう意味?」
誰が見ても、どう考えてもおかしい。そんな不条理な状況が提示され、芸人がそれにツッコミを入れている。こたけのよく通る声に反応して、客席からも笑いが起こる。お笑いファンにとっては、見慣れた光景である。
だがこの不条理は、芸人が自宅や喫茶店で頭をひねって考えてきたフリップボケではない。すべて現実に起こったことなのである。袴田氏の58年、その虚しさ、怒り、絶望が「お笑い」の中で確かに浮かび上がってくるのが見える。「お笑い」が、それを伝えている。
不思議な感覚だった。60年近くも無実の死刑囚だったという、とびきりの「他人の不幸話」を聞いて笑っているのに、まるで罪悪感がない。その罪悪感のなさこそが、私たちがこの問題について理解を深めている何よりの証拠であるはずだ。
「グッズを買ってください」
単独ライブを無料公開したこたけは、ライブ後に収録した事後コメントで「グッズを買ってください」と何度も頭を下げた。「無料で見せてあげたんだから」と、600円のステッカーと3,000円のTシャツを押し売りしてくるそのしつこさは、大きな仕事をしたという自負と、それに対する照れもあったに違いない。
「エンタメですから、全部。エンタメって、どこまで行けるんだろうね」
そもそも顔がいいんだよな、こいつ。自信に満ちあふれやがって。最後の最後にちょっと嫉妬してしまった『弁論』無料公開なのであった。
(文=新越谷ノリヲ)