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『おむすび』第67回 感情より属性が優先された麻生久美子と酒井若菜のヤンキー対決

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 

 中年女性同士のケンカのシーンが好きなんですよ。『阿修羅のごとく』(03)の桃井かおりvs大竹しのぶとか、『ぐるりのこと。』(08)の江口のりこvs木村多江とか、最近だと去年の夏ドラマ『イップス』(フジテレビ系)で篠原涼子vsアンミカというのがありました。美人の中年女性が感情を剥き出しにして罵り合う姿に興奮を覚えるわけです。ゾクゾクするの。これはもう、わたくし個人の性癖なのでしょう。

 NHK朝の連続テレビ小説『おむすび』の予告を見ていて「楽しみだなぁ」と感じたことは今までほとんどなかったんですが、ここはちょっと楽しみにしてたんだよな。麻生久美子と酒井若菜、悪くないじゃん。バチバチにやってほしいじゃん。そう思ってたんだけど、いや、興奮しなかったなー。刺さらなかった。残念でした。

 第67回、振り返りましょう。

属性に頼るから

 お芝居単体で見れば、結(橋本環奈)と一緒に米田家に帰ってきた翔也(佐野勇斗)に「おい翔也、ちょっとこっち来い」と言った翔也ママ(酒井)は迫力あったし、それに対する翔也の顔をしかめるリアクションもすごくよかったんです。結ママと「あ?」「あ?」って目ん玉かっ開いてにらみ合いすることろも、全然悪くない。役者はちゃんと求められた仕事をしているし、こういうシーンが現場の雰囲気を盛り上げて士気が上がるんだろうなというのも、よくわかる。

 ただもう、翔也ママが怒って乗り込んできた理由がもう、絶望的に理解不能なのよね。息子から「ムコになる」というメールが来た。その息子は電話にも出ないしメールにも返信してこない。だから米田家に怒鳴り込む。なんで米田家に怒鳴り込んだかというと、米田結が息子に「ムコ入り」をそそのかしたと推測したからだという。

 因果が変なんです。これも『おむすび』ではよくあることですが、きっかけと行動の因果が変なの。「セーラームーンが好きだったからギャルになる」「人の役に立ちたいから栄養士になる」と、物語を司る2大進路を決定する場面でも因果が変で説得力を持たせることができなかったけれども、ここでも翔也ママの怒りに説得力が全然ない。ママの怒りは「どうして電話に出ないんだ、メールを返さないんだ」と翔也に向けられるべき状況であるはずなのに。

 つまりは逆算ができてないんですよね。「ギャルにする」「栄養士にする」「ケンカをさせる」という目的が先にあって、そこに至る人の心の動きに裏付けを与えるのが脚本の仕事なわけですけど、そのプロセスでずっと失敗してる。こういう言い方はずっと控えてきたけど、これはもう性癖にかかわる部分だったのでストレートに言っちゃうけど、要するにヘタクソなんだよ。

 2人が言い合いをしているシーンで、アユ(仲里依紗)の脳内描写として「2人が特攻服とセーラー服を着ているように見えてきた」と表現するシーンがありました。アユの耳には、パラリラパラリラというホーンの音や、バイクのエンジン音が聞こえている。

 2人がケンカをしている理由が「元レディースと元スケバンだから」という属性の問題に矮小化されているということです。こっちは感情の衝突が見たいのです。感情の表現が見たいのです。属性には感情が宿らないのです。

「だったら会社か寮に来ればいいべよ」
「私は昔からひとりでカチコミするタイプなんだよ」

 まさしく翔也ママは、そういうタイプである、元レディースという属性であるという理由でヨネダに来たと言い切っています。

「翔也ママはなんで怒り狂って乗り込んできたの? 元レディースだから」というのは、「なんでエッチなことしてるの? AVだから」というのと同じです。それでは興奮できないよねという話です。

翔也の言ってることもよくわからない

 この悶着を起こすきっかけとなったのが、翔也の「ムコ」宣言です。四ツ木姓を捨て、米田姓を名乗りたい。別の人間になりたいという考えはもうないけど、米田として新しい人生を生きたい。

 ちょっと何言ってるかわかりません。

 というか、この2人が「四ツ木」になるか「米田」になるかなんて今まで視聴者は一度も気にしたことがないし、マジでどっちでもいいんですよ。少なくとも妻になる結と四ツ木家との顔合わせすら済んでいない現状で話題にするようなことではない。このシーンをもって夫婦別姓問題に切り込んでいると思っているのならとんだ不見識ですし、単に翔也ママにカチコミをさせる理由がほかに思い浮かばなかったのだとしたら、やっぱり浅はかだよなと言わざるを得ません。

 そして、今回の「翔也が何を言ってるかわからない」問題の極めつけが以下です。

 社会人3年目の夏から秋ですよね。翔也は自分に貯金がない理由をこう述べるのです。

「給料のほとんどを野球道具や体のメンテナンスに使ってたから」

 まず野球道具から。この人、フリーランスじゃないですよね。必要な道具は会社から支給されているはずだし、もし貯金もできないくらい、年間100万とかを道具につぎ込んでいると考えるなら、それは「首に巻くだけでパワー100倍のパワーストーンネックレス」的なシロモノを騙されて購入しているとしか思えません。

 そして、体のメンテナンスについては言わずもがな。肩の痛みを放置して悪化させ、その結果として野球選手の夢を断念した人間が「給料の大半を体のメンテナンスに使っていた」とするなら、「背中に置くだけでパワー100倍のパワーストーンマッサージ」的な詐欺師に引っかかかっていたとしか思えない。

 もうね、こういう雑なセリフがいちいち登場人物の魅力を削いでいくわけですよ。翔也という人の野球への取り組み方を雑に描くから、その夢が潰えた現実に重みが出ない。その重みがないから、「姓を変えたい」という話も耳に入ってこない。セリフをひとつしゃべるたびに、登場人物への不信感が増大していく。

 そういえば、久しぶりに出てきたJ班との太極軒同窓会のシーンは、なんかすんなり腑に落ちたんですよね。なんとなくだけど、サッチン(山本舞香)、カスミン(平祐奈)、モリモリ(小手伸也)の今の生活というのを想像することができた。

 それで思い出したんですが、翔也がギャル化して糸島に帰った結を訪ねてきた陽太(菅生新樹)と恵美ちゃん(中村守里)のカップルも、結&翔也よりずっと自然に、ちゃんとお互い好きで付き合っているように見えたことがありました。

 ドラマのフォーカスから外れると、途端に人物たちにクリアなリアリティが現れる。これはあんまり見たことのない逆転現象ですよね。フォーカスの中がどれだけノイズに満ちているかを、改めて感じさせるシーンだったと思います。

 あとマイソク見てから貯金始めても、普通に考えてお金がたまるころにはその部屋は埋まってると思うよ。新築なんでしょ? こういう社会常識に対する雑な描写もノイズなんです。しんど。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

◎どらまっ子AKIちゃんの『おむすび』全話レビューを無料公開しています
第1話~第56話
https://note.com/dorama_child/m/m4385fc4643b3
第57話~
https://cyzo.jp/tag/omusubi/

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/01/08 18:53