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『おむすび』第72回 重症妊娠悪阻も右肩関節唇損傷もすぐ治る世界 「痛み」を描く責任について

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 重症妊娠悪阻っていうのがあってさ、女の人って妊娠すると食事どころかプリンも食べられないくらい具合が悪くなることがあって、すごく大変なんだよ。でも大丈夫、点滴ブッ込んで1日くらい絶食したら気持ち悪いのもすぐ収まるし、あとは冷凍ブドウでも食わせとけば機嫌も取り戻すよ。数日後にはサワラとかパクパク食べだすってさ。大げさなんだよな、何が重症だよ。単なるつわりだろ? 妊娠出産なんてチョロいもんだよ。子どもなんて、ほっときゃ知らない間に生まれてるんだ。だって天下のNHK朝のテレビ小説『おむすび』で、そう言ってたもん!

 ……なんて誤解を助長するんです、こういう適当な描き方は。

 実際に取材をして、「重症妊娠悪阻」という妊婦さんにすごく負担がかかる症状があることを知って、それをドラマに取り入れようというのは大した志だと思います。単に幸せなだけじゃない、妊婦さんにとって出産は命がけのものであると語ろうとした心意気はいい。それを、単語だけそのまま置くなって話です。完全に逆効果になる。

 あんまりちゃんと知っているわけではないですが、「重症妊娠悪阻」って診断されるような症状はこんなに簡単じゃないと思うんですよ。

 昨日、Xでは「#重症妊娠悪阻」がトレンドになっていました。そこに並んでいたポストの壮絶さは目を見張るものでした。体重が15kg減ったとか、胃の中に吐くものがなくなって緑色の何かが出てくるとか、そういう話です。

 そうした経験談と比したとき、今回『おむすび』が伝えた「重症妊娠悪阻は点滴と1日の絶食で快復する」という情報は明らかな誤りではないのかね。その描写は真摯なものだったのかね。

 そういえば重度の右肩関節唇損傷および腱板損傷を負った若者が元気にパラパラを踊って腕を振り回していたこともありました。その翌々日には糸島からたくさんの荷物と土産物をその肩から提げて帰ってきていました。「娘さんをください」の土下座をするとかさせないとかで、プロレスまがいの格闘もしていました。

 このドラマの裏方さんが考える「取材」って、何もかもが単語帳レベルの知識なんですよね。ディテールに思いが及んでない。当事者に寄り添ってない。

 ギャルも社会人野球も炊飯器開発も全部そうなんだけど、人の痛みを描く場面でこういうことをやられると、さすがに無責任だし乱暴すぎやしないかと感じる次第です。

 第72回、振り返りましょう。

翌日、容体が回復してきた結は……

 そういうわけで体よく回復した結さん(橋本環奈)はアユ(仲里依紗)からギャル雑誌を差し入れられ「助かる~、超ヒマやったんよ」とニッコニコ。腎盂腎炎、初めての妊娠、悪阻という、心にも体にも大きな負担のかかる状態だったはずですが、そんな状況でも「ヒマやな~、ギャル雑誌でも読みてえな~」と思っていたようで、強靭な精神力を感じさせます。鉄の女です。これが『おむすび』の考える「ギャル魂」なのでしょう。

 その後、やってきた管理栄養士の西条さん(藤原紀香)から何やら小難しい話を聞かされますが、結さんは口半開きでポカーンとしながら視線を彷徨わせます。そんな結さんに、圧の強い顔面で迫る西条紀香。

 ここ、たぶん管理栄養士という人の深い知識と洞察、それに明快な語り口に結さんが圧倒され、その職業に憧れを抱くきっかけになるという場面だと思うんですが、この橋本環奈の顔は恐竜を見た人の顔なのよ。

 藤原紀香のキャラクター造形と演技プランについてはもう「恐竜」ってことでいいとして、その恐竜に何を食べたいか問われた結さんがこう答えるわけです。

「なら、アイスとか。ソーダ味のアイスキャンディー」

 去年ですかね、ガリガリ君ソーダのカップが緩和ケア食に適しているというニュースがありました。この国にガリガリ君を「ソーダ味のアイスキャンディー」と呼ぶ人間はひとりもいません。で、藤原紀香が「アイスは無理やけど凍ったブドウはどうですか?」とブドウを持ってくる。なんでアイスは無理なのかもよくわかりませんが、結さんはブドウを食べて「こんなにブドウがおいしいって感じたの、初めてかも」と感動しています。

 話戻るけど、前日まで重症妊娠悪阻だと診断されていた人が「ブドウがおいしい」って言ってるのは変なんですよ。すごく重要なシーンです。あんまりちゃんと食べられない状態でも、管理栄養士の人が最適な食事を考えてくれたら、栄養を摂りながら食べることも楽しむことができる。そういう仕事に、私も就きたい。そう決心するシーンです。「これがうちの生きる道」です。

 そういうシーンが、重症妊娠悪阻&腎盂腎炎であるという必要以上にセンセーショナルな負担を結さんに課してしまったために、説得力を失っている。明らかな失敗です。すごく、俳優さんたちの演技が無駄になっていると感じる場面でした。

「ギャル」と「ウソ」がセットでまとわりついている

 藤原紀香が結さんにギャル雑誌を見せて、と言う場面。

「私も若いころこういうの憧れててん、せやけど勇気なかったわ」という紀香に、結さんは「うちも最初はそうやったんです、けど、福岡でギャルの友達ができてそっからギャルになって」と答えます。

 うちも最初はそうやった、というのは完全なウソですよね。糸島の駅前で、「真剣にギャルやってる」と言ったタマッチに対して「真剣にやるって、何をやるんですか。だらだら集まって、どうでもいい話して!」「そりゃ毎日楽しいでしょうね、みんなどうせ、悩みなんてないんやろ!」と言い放ったのを、私たちは忘れていません。「ギャル大嫌い」こそが、最初のころのあなたのアイデンティティでしたよね。それ以外、何も言ってませんでした。今さら「憧れてたけど勇気がなくて」は通りません。

 ここなんて、単に「糸島出身である」「糸島といえばサワラ」とだけ言えばいいところなのに、ギャル要素への固執がまた物語の妨げになってしまっている。

 どういうつもりなんだろうと思うわけです。過去に自分たちが放送したドラマを、まるで「忘れてください」と言われているように感じるんです。連続ドラマを見ていて、そういう感触はあまり記憶にないところなんです。

 あとは結の妊娠が計画的ではなかったことが明らかになったり、もう生まれてたり、急に「グランパ」とか言い出したり、ちょっと揺れたと思ったら東北で大震災が起こったりして、明日へ。揺れを感じてテレビをつけたとき、床屋の時計がちゃんと2時47分を指していたのはよかったと思うよ。

 さて、いよいよ東日本大震災ですね。もう一度、言っておきましょう。

 このドラマの裏方さんが考える「取材」って、何もかもが単語帳レベルの知識なんです。ディテールに思いが及んでない。当事者に寄り添ってない。人の痛みを描く場面でこういうことをやられると、さすがに無責任だし乱暴すぎやしないかと感じるんですよ、視聴者は。そこんとこよろしく。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

◎どらまっ子AKIちゃんの『おむすび』全話レビューを無料公開しています
第1話~第56話
https://note.com/dorama_child/m/m4385fc4643b3
第57話~
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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/01/14 14:00