【毎熊克哉インタビュー】人の心の内側を探っていくヒューマンな映画『初級演技レッスン』
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2015年に主演した映画『ケンとカズ』で数々の新人賞を受賞し、その後も数々のドラマや映画で印象的なキャラクターを演じている毎熊克哉。最新主演映画『初級演技レッスン』では、即興演技を通じてリアルとフェイクの境界を彷徨う演技講師・蝶野を熱演している。彼に役者としての原点や、『初級演技レッスン』の撮影エピソードなどを中心に話を聞いた。
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2025年2月22日(土)より、渋谷ユーロスペース、MOVIX川口ほか全国順次公開
配給:インターフィルム
(c)2024埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
『初級演技レッスン』
2025年2月22日(土)より、渋谷ユーロスペース、MOVIX 川口ほか全国ロードショー
毎熊克哉 大西礼芳 岩田奏
鯉沼トキ 森啓一朗 柾賢志 永井秀樹
石井そら 中村天音 大滝樹 村田凪 高見澤咲
監督・脚本・編集:串田壮史
© 2024 埼玉県/SKIP シティ彩の国ビジュアルプラザ
父を亡くした子役俳優の一晟(いっせい)は、ある日学校の帰り道に「初級演技レッスン」と書かれた看板を掲げられた古工場を目にする。恐る恐る中に入ると全身黒ずくめのミステリアスな演技講師・蝶野と出会う。一晟は蝶野の導くままに、その場で即興演技を実演すると、不思議な体験をするのだった。一方、一晟が通う学校の担任教師・千歌子は、学校で「演劇教育の必須科目化」の是非を迫られていた中、いざなわれるように「初級演技レッスン」の門戸をたたく。千歌子もまた蝶野との出会いによって、想像だにしていなかった奇妙な体験をするのだった。かつてこの家に暮らしていたが、ある事件を起こして町を去ったはずだった。彼女の存在が、一見幸せに見えた萩乃たち家族が押し隠そうとしていた「毒」を暴き出し、悪夢のような日々の幕開けを告げる……。
公式HP:https://act-for-begi.com/
公式X:https://x.com/act_for_begi
毎熊克哉
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』(小路紘史監督)で第71回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017 新人男優賞、第31回高崎映画祭 最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作に『生きちゃった』(20/石井裕也監督)、『マイ・ダディ』(21/金井純一監督)、『猫は逃げた』(21/今泉力哉監督)、『そして僕は途方に暮れる』(23/三浦大輔監督)、『世界の終わりから』(23/紀里谷和明監督)などがあり、公開待機作に『悪い夏』(25/城定秀夫監督)、『時には懺悔を』(25/中島哲也監督)、『桐島です』(25/高橋伴明監督)がある。
公式サイト:https://alpha-agency.com/artist/maiguma/
公式Instagram:https://www.instagram.com/kmaiguma/
公式X:https://x.com/kmaiguma
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映画学校時代に学んだ編集の大切さ
──毎熊さんは高校卒業後、映画学校に進まれたそうですが、どういうことを学んでいたのでしょうか。
毎熊 小さい頃から映画の道に進もうと考えていて、1年生のときは撮影照明専攻で、2年生のときに監督専攻に変更しました。
──そのときに学んだことで、特に今に活きていることは?
毎熊 編集ですね。たとえば10シーンに分けられた素材があって、それを使って、いろんな編集をしてみる授業が印象に残っています。同じ映像素材なんですが、フルサイズから、ここに寄ったら、こういうふうに見えるとか、編集一つで見え方がこうまで変わるのかと学んだのは、演技にどれだけ活きているかは分からないですが、無関係ではないかなと思います。特に今回の映画『初級演技レッスン』の串田壮史監督は、こういうシーンで、こういったシーンの繋がりになりますと、どういう編集になるのかを説明してくれるので、イメージがつきやすいです。
──撮影の時点で編集についてまで説明してくれるんですか。
毎熊 撮影しながら串田監督の頭の中で何となくの繋ぎができているんですよね。撮影期間が10日とタイトなスケジュールというのもありましたが、ほとんど余分なシーンを撮らないので、そこまで編集で迷うということはなかったんじゃないかと思いました。僕が映画学校で学んだのは、それとは正反対でしたが。
──正反対というと?
毎熊 僕が通っていた映画学校は、どちらかというとハリウッドスタイルを売りにしていて、とにかく素材の数が多いんですよね。それで編集に時間をかけるという。それはそれの良さもありますが、日本のスタイルは別というか。フィルムの時代は予算的に、そこまで無駄なカットを撮れないから、役者もスタッフも緊張感がある。撮影の時点で緻密に計算しておかないとできないんですよね。串田監督のカット割りは本当に緻密でした。
──監督の頭の中で絵ができていないと難しいことですよね。
毎熊 そうですね。絵コンテを描く監督もいるじゃないですか。僕も学生時代、絵コンテを描けと言われて。絵が下手なので、「こんなの描いてる意味あるのか」と思いながら一応やっていましたが、絵コンテを元にカットを決めていくやり方もあれば、現場でお芝居を見て、頭の中で瞬時に編集して、カットを決めていく監督もいて。どちらかと言えば串田監督はハイブリッドで、ガチガチに絵コンテということでもないですし、「そういう動きをするんだったらこっちにしましょう」と柔軟に切り替えていくんです。
──複数のカメラを同時に回すマルチカム撮影もありますが、1台のカメラによる通常の撮影とでは、どちらがやりやすいですか。
毎熊 マルチで撮っていくって割と後からできた文化だと思うんですよね。そっちのほうが早く現場が終わるから、スピード面ではいいと思うんですが、僕が好きなのは1カメです。そこまで僕は角度とかまで意識するタイプではないですけど、1カメだと今ここにフォーカスしているというのが分かるから、どういう見え方で行くのか考えやすいんです。でも2カメだと、両方のカメラに向けて微妙な違いを表現できないというのがあります。
ダンスとお芝居は人前に出て自分の体で表現するという意味では似ている
──どうして俳優に転身しようと思ったのでしょうか。
毎熊 映画学校卒業後の進路を考えるときに、いろいろ迷ったんですよね。3年間の学校生活で感じたのは、監督になるにしても、どこかの制作会社に入って、一から現場を学ぶというのがどうしても理想から遠くなってしまう感覚があって。カメラマンさんにこう撮って欲しい、俳優さんにこう演じてほしい、衣装さんにこういう服を用意してほしいと決めるのが監督ですが、このままだと具体的にどう演技の指示を出せばいいのか分からなかったんです。もちろん自分の中では、こういうふうに歩いてほしいとか絵は浮かんでいるんですが、それを口で伝えても全然その通りにならなくて。だったら一度、演技を学んでみたほうがいいんじゃないか。だから俳優になりたいというよりは、そっちのほうが、この3年間で分からなかったことが分かってくるんじゃないかという、ふんわりした気持ちでした。
──お芝居は違和感なく受け入れられたんですか。
毎熊 僕は高校時代ストリートダンスをやっていたんですが、人前に出て自分の体で表現するという意味では似ているところがあって。もちろん初めてセリフを渡されてお芝居をやったときは恥ずかしかったんですが、そこまで違和感はないなと思ったんです。それで2年ぐらい、何となく俳優生活を送ってみて、この人は向いてないだろうなという人もたくさん見かけるんですよ。じゃあ自分が向いているかと言われたら分からないですし、映画やドラマのオーディションにバンバン受かっていた訳でもないので不安だらけ。なかなか役をもらえない悔しさもありましたが、でも真剣にやれば、何か掴めるかもしれないという手ごたえもあって。上手下手は置いといて、感覚的に一瞬でパッとできる何かは自分にあるかもしれないと思って、ちゃんと俳優をやらないとダメだと思いました。そこからが本当の意味で、俳優としてのスタートかもしれません。
──毎熊さんの名を世に知らしめたのは映画『ケンとカズ』(15)かと思いますが、どういう経緯で出演したのでしょうか。
毎熊 監督の小路紘史は映画学校時代の友達なんですが、元となる短編を2010年に撮っていて、僕が俳優になって5年目ぐらいに長編でリメイクを撮ることになったんです。それまで僕は自主映画にたくさん出ていたんですが、何となく入った事務所があって、何となく辞めていたんです。このまま俳優を続けていくのであれば、ぬるっとやっていたら駄目だなと思っていたときに、小路から「長編やりたいんだよね」と言われたんです。
──同級生の友達と言うことは意見も言いやすいですよね。
毎熊 お互いに言いたい放題ですよ(笑)。「このシーンいる?」みたいな。役者が監督にそんなことを言うなんてないですからね。学生からの関係性なので対等なんです。
──では映画初主演みたいな気負いもなく?
毎熊 ですね。学生時代の延長みたいなところはあったと思います。ただ長編はお金の面でも大変ですから、どうするのかと聞いたら、小路のすごいところは、お金がないからこそ時間をかけるという考え方なんです。みんな本業の仕事がなくて、バイトで生きている人たちなので、いわゆる普通の映画作りだったら、この予算だったら、この日数って決めていくところを、数か月かけて撮ろうみたいな。普通の商業作品では無理で、それに賛同する俳優やスタッフが集まらないとできないこと。でも、それって純粋な映画作りの場で、お金はないけど、みんなキャラクターについて必死にディスカッションして。撮影だけじゃなく、「このシーンはカット」と編集にも口出しして。まとめ上げるのは監督だから、最終的に小路の判断で決まりますが、すごくやりがいがあって。僕は5年間、俳優として少しずつ映画や舞台を経験して、それをちゃんと試す初めての場所が長編の『ケンとカズ』だったんです。
『ケンとカズ』のときのような時間は、あの頃にしか味わえないもの
──完成した映画を観た時点で、これは世に届くなという手ごたえはあったんですか。
毎熊 『ケンとカズ』が公開されるまでは、実は編集に2年ぐらい時間がかかっているんですよ。まだラッシュの状態に近いレベルのものを観たときは、「悪くないけど……」というのが正直なところで、一応完成させたものを映画祭に出していたんですが全く通らなくて。そんな期間が1年ぐらいあって、もう僕たちも監督に言うことはないと。言葉で言えるところは改善されたけど、最後の一歩はもう言えない。あとは監督がこれだと思うものにするしかないというところまで行って。それから1年ぐらい間があって、最後の最後に出来上がったものは手応えがありました。
──それこそ編集が大きかった?
毎熊 ですね。やっぱり編集の力ってすごくて、ある素材は一緒なのでお芝居自体は変わらないじゃないですか。でも、ちょっとしたカットの繋ぎが変わったことで、『ケンとカズ』の見え方が変わったんです。もちろん大元は変わらないですが、世に出回った『ケンとカズ』は、それまでのものと比べて、より体脂肪率が低いんです。リズム感が違うんでしょうね。
──そこまで俳優が監督と一つの作品に付き合えるってなかなかないですよね。
毎熊 レアケースですね。友達だからこそ好き勝手言えて、喧嘩もできて。監督も俳優も偉くなっちゃうと、本人が意見を言って欲しくても、言ってもらえなくなるじゃないですか。小路監督も周りからの見られ方が変わったでしょうし、それは僕もしかりで、『ケンとカズ』のときのような時間は、あの頃にしか味わえないものですね。
──『ケンとカズ』は数々の映画賞を受賞して、ロングラン上映となりますが、お仕事面でも大きな影響があったのではないでしょうか。
毎熊 激変しました。映画自体が強烈ですし、僕が演じたカズというキャラクターも強烈ですし。串田監督も『ケンとカズ』を観て、僕を認知してくださって、2016年頃に広告のお仕事で声をかけてくださったんです。すごく恵まれた状況だったんですが、僕としてはストレスでもあって……。
──ストレスというと?
毎熊 急に大勢の人に知られるってストレスを感じるんですよ。公開当時、毎日劇場に行って、直接お客さんと接するというやり方をやっていたんです。「良かったです」とうれしい言葉をいただくんですが、多少は演技をして「ありがとうございます」と言うじゃないですか。だから、すごく疲れたんですが、演技とは違う修行というか。人前にさらされ続けることの耐性がつきました。
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言葉に頼らずに、映像の中での動きでどう見せていくかが映画には必要なこと
──過去に串田監督とは広告でお仕事したと仰っていましたが、どういう経緯で映画『初級演技レッスン』のオファーがあったのでしょうか。
毎熊 串田監督が初長編映画『写真の女』(20)を撮ったときに、コメントをいただけませんかという連絡があって。『写真の女』を観たら、こういう映画を撮るんだという驚きがあって、その緻密さに圧倒されたんですよね。コメントをお渡しして、「次の作品のときはぜひ呼んでください」とお伝えしたんです。それで今回、長編3作目の『初級演技レッスン』でお声がけいただきました。
──毎熊さんが演じるのは演技講師・蝶野ですが、別名の同一人物も演じています。役づくりで意識したことは?
毎熊 二役やるつもりで考えていました。蝶野がメインキャラクターとして出てきますが、よく分からない人物として存在している。とにかく謎で、何を考えているか分からないというところで、感情などは隠すことを意識し演じつつ、もう一人の澄島誠は“分かる”んですよね。人間らしさのあるキャラクターなので蝶野とは分けて考えていました。
──全編に渡って綿密な絵作りが圧倒的ですが、串田監督の演出はどのようなものなのでしょうか。
毎熊 どちらかというと僕ら俳優に対しては演技のことよりも、「こういうシーンになります」と説明してもらうことがほとんどでした。歩くコースにしても、串田監督とカメラマンのペアで綿密に考えていますが、どう歩くかまでの注文はなかったです。
──セリフよりも動きで表現することは、演じる側としてはどうなんですか。
毎熊 やっぱりセリフはセリフなんですよね。日常と一緒で言葉は大したことがないというか、「愛してるよ」って言葉では簡単に言えますし、嘘もつけます。でも言葉を使わずに、この人を愛しているんだと身体的に伝えるほうが表現としては圧倒的に難しくて。言葉がないということは、この人物はどう歩いて、どこに向かうのか、あるいはどこに向かったらいいか分からずに歩いているのか、そういう身体表現=映像表現だと思うんです。言葉だけで表現するならテレビや舞台でもいい。言葉に頼らずに、映像の中での動きでどう見せていくかが映画には必要なことで、特の串田監督の世界では重要なのかなと思います。
──最後に『初級演技レッスン』の見どころをお聞かせください。
毎熊 『初級演技レッスン』というタイトルを聞くと、一般的なワークショップや稽古場のようなイメージを抱いて、俳優以外の人は自分とは関係のない世界に思えるかもしれません。でも、この映画は演技の元となる人の心の内側を探っていくというのがテーマになっているので、誰が見ても自分に当てはまるんですよね。誰しも、どこかで演じながら社会を生きているはずなので、演技レッスンを通して、内側を探ったり、幸せを求めたり、トラウマと向き合ったりとは無関係じゃないと思います。と言っても、そこはあまり構えずにエンタメ性もあるので、マニアックな映画だと思わずに気軽に映画館に足を運んでください。
(取材・文=猪口貴裕 撮影=西邑泰和)
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