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『おむすび』第98回 緒形直人と北村有起哉の“大冒険”と、漂白された「ギャル嫌い」の過去

橋本環奈(写真:GettyImagesより)
橋本環奈(写真:GettyImagesより)

 もうなんか、ぎゅうっ! と我慢するクセがついてきたな、と自覚するんですよね。

 冒頭、ナレーションが「イケオジに変身した聖人は……」と始まった瞬間に、「別にその服イケてねーし、そもそもイケオジって服装だけじゃなくて立ち居振る舞いや生き様まで含めての価値観だろと思うし、そうやってドラマ側が勝手に登場人物を定義して『これがイケオジである』と押し付けてくるところとか、まるで視聴者を信用してないってことだからな、ギャルにしても『米田家の呪い』にしても、そうやってセリフでしか表現できないから共感できないんだよ」と思っちゃうわけですが、もうそんなこと言っても建設的じゃありませんのでね。NHK朝の連続テレビ小説『おむすび』を見続けるからには、こういうのはもう、ぎゅうっ! と我慢してやり過ごすしかない。いつの間にか、そう調教されてしまっている。だってもう治らないのだから。

『おむすび』ただつまらないだけになった

 だいたいの場合は我慢したところでさらなる落胆が待っているのがこのドラマの常でしたが、今回は、あくまで単体で見ればよかったんじゃないでしょうか。還暦を迎えたおっさんが初めて大きな病気への不安を抱えて、プチ家出して親友のおっさんと夜遊びに出かける。着慣れない派手な服を着て、行ったことのないジャズバーに足を踏み入れる。それは確かに、パパさん(北村有起哉)にとって小さな大冒険だったはずです。

 先週のママ(麻生久美子)のオフィス体験もそうだったけど、「中年の冒険」というところに作り手の美徳があるんだろうな、というのはすごく感じられたし、それがにわかに『おむすび』という作品のオリジナリティにもなっている。共感もしましたよ。

 第98回、振り返りましょう。

「あんたの娘さんに、いい店教えてもろたんや」

 おお、ちゃんとつながってる! と、そんなことでも感心してしまうんですよね。アユ(仲里依紗)がナベ(緒形直人)に「きよし」を紹介する流れが自然に想像できる作りになっている。アユにとってはママと初めてお酒を飲んだお店で、楽しかったに違いないし、ワインリストもあるし、今夜は大阪に泊まる予定であろうナベに紹介する店として、実にふさわしい。

 向かい合ってからも、「なんか隠しとんのやろ、俺に言うてみい」の間に指でチョイチョイってやる緒形直人の芝居も渋いし、頭を抱えたり視線を彷徨わせたりと落ち着かない北村有起哉もいい。

 ジャズバーに移ってからもよかったですね。やっぱりミュージシャンの演奏というのは説得力が違うわけで、『おむすび』には滅多に出てこない「ホンモノ」感がビンビンに伝わってくる。願わくば、出てくる全員にこの感じがほしいわけですよ。私たちはプロに飢えていたのだ、と気付かされるわけです。

 つくづく、プロが描けないドラマなんですよね。パパはかろうじて角刈りのシーンがあったけど、アユのファッションセンスにしてもナベのデコ靴にしても、社会人野球も炊飯器開発も、コンビニのスイーツ開発も、もちろん医者も栄養士もだけど、「おお、プロだ」どころか「ちゃんと仕事してる大人だ」と感じられるシーンがほとんどひとつもない。大人って、生きてる時間の大半を仕事に使ってますからね。「仕事してる」が描けてないから、日常が見えてこない。ジャズバンドの演奏には脚本が要らないから、ただ演奏しているだけで自ずと説得力が出る。そういうことが起こっている。

 演奏を見つめる2人の俳優の受けの芝居も、これはちゃんとプロだ。

「こんな気持ちになったん、生まれて初めてかもしれん」

 あー、幸せだったのはこのへんまででした。

 パパさん、なんか趣味もない実直な人生を送ってきたみたいになってますけど、神戸に来たころはロン毛にギターで未成年の家出少女をアパートに住まわせて妊娠させてますよね。ハチャメチャどころか、誘拐の罪に問われてもおかしくないことをやっておいて、それは通らないよ。ハチャメチャだった人が実直になるのはいいけど、ハチャメチャだったことをナシにするのは反則だよ。

 と思ってたら、あーあ、プリ撮っちゃった。またドラマの都合で動き出してる。台無し。いつもの『おむすび』に逆戻り。つまんね。

漂白された過去

 パパを待ってる愛子と娘2人ね。

「もしかしたらさ、こんな気持ちだったのかな、お父さん」というアユの言葉から始まるシークエンス。

 アユが「こんなふうな気持ちで待ってたのかな」というのは、40近くなって初めて実感してんのかよ、どんな人生だよ、というのは置いとくとしても、まあ朝帰りしていた本人だからいいとしましょう。反省するのに遅すぎるってことはないからな。

 結さんね、「じゃあウチも」じゃないでしょ。当時の米田家は、アユが遊び惚けているせいで家庭内不和が発生、夫婦ゲンカが絶えず、それによって結さんはアユを拒絶するようになったはずなんです。「お姉ちゃんなんて大嫌い! ギャル大嫌い!」というあの叫びの、まさにその当時の話をしている。結さんがそのアユを許したきっかけも「アユの出ているカラオケビデオが浜崎あゆみだった」という意味不明なものでしたが、ここでは許したか許してないかという問題ではなく、頭をよぎるのは「お姉ちゃん大嫌い! ギャル大嫌い!」という当時の思いであるはずなんです。

 それがまるで「みんな心配しながらアユのこと待ってたんだよー」みたいな平和な風景に様変わりしている。アユのせいで一度グチャグチャになってるんだよね、この家族はね。そこから始まったんだよね。自分たちで作った過去を漂白すんな、こういうところが卑怯だと言っているんです。

 で、その代わりに結さんが語り出したのが、自分もハギャレンと遊んでいて遅くなって親に心配をかけたという、空虚なセリフだけの誰も見たことがないエピソード。仮にも主人公ですよ? スタートから2カ月かけて「ギャル大嫌い」な女の子がギャルになる話をやっておいて、その「ギャル大嫌い」すらなかったことにしている。

 これ前にも一回あったんです。第72回、病床でギャル雑誌を読んでいる結さんに藤原紀香が「私も若いころこういうの憧れててん、せやけど勇気なかったわ」と言って、結さんが「うちも最初はそうやったんです、けど、福岡でギャルの友達ができてそっからギャルになって」と返す場面。

 糸島の駅前で、「真剣にギャルやってる」と言ったタマッチに対して「真剣にやるって、何をやるんですか。だらだら集まって、どうでもいい話して!」「そりゃ毎日楽しいでしょうね、みんなどうせ、悩みなんてないんやろ!」と吐き捨てていたのが、私たちの知っている結さんです。憧れてたなんて、言えるはずもない。もう作ってる側も、糸島でどういうストーリーを語ってきたのか、よくわかってないんじゃないのか。さすがに橋本環奈がかわいそうだよ。

 パパが帰ってきてからはもう無残なもんです。結さんの詰問もキツいし、ママの「栄養デカ長」というツッコミも完全に的外れだし、パパが人間ドックの結果を隠してたことより、愛子がみんな心配してんのわかっててブログの書籍化の話を隠してたことのほうがよっぽど不自然だし不義理だし。

 そもそもアユも結さんも「心配してる自分」を客体視して自分語りしてますけど、いったい何を心配して集まってるわけ? 帰りが遅いこと? 胃が悪いのに飲み歩いていること? いずれにしろナベと一緒なんだから家族揃って神妙な顔で待ってる必要ないでしょ。アユは泊まりだろうけど、メイク落として風呂入んなよ。結は帰んなよ。愛子は「人間ドックの結果を隠してたことを怒ってる」と言ってるけど、それは生検の結果が出て問題がなかった後の話でしょ。あなたの夫はガンかもしれないんだよ。「今はどう? 痛くないの?」でしょ。

 それ以前に、なんかこの「待ってる女3人」の画面が、なんともグロテスクだったんです。「待ってて当然」な状況じゃないのに「女は心配しながら待ってて当然」という風景を見せようとしている感じ。

 一瞬だけよかった分、今日もなかなかダメージがでかいね。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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第1話~第56話
第57話~

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/02/19 14:00