髙石あかりの「ばけばけ」ぶりが話題 手塚治虫原作の問題作『アポロの歌』
手塚治虫原作の深夜ドラマ『アポロの歌』（MBS、TBS系）が、2月18日からスタートした。第1話から、主人公がヒロインを誤って殺してしまうという衝撃的な展開だった。主人公の大学生・近石昭吾を佐藤勝利（timelesz）、バーで働く歌手志望の女性・渡ひろみにNHK2025年後期連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロインに抜擢された髙石あかり、という旬のキャストをそろえた配役となっている。
原作は「漫画の神さま」こと手塚治虫（1928年～1989年）が、1970年に「週刊少年キング」（少年画報社）に連載した同名コミック。「愛と性」をテーマにした相当にシュールな作品だ。少年誌に連載していたとは思えないほど、赤裸々な性描写や暴力シーンが多く、当時は神奈川県で有害図書扱いまで受けている。
人間の業の深さを生々しく描き、『MW ムウ』『奇子（あやこ）』『ばるぼら』などと並んで「黒手塚」とも呼ばれている。
手塚治虫ならではの倒錯した世界
55年前に描かれた漫画『アポロの歌』は、こんな内容だ。近石昭吾は幼いころに母親が性行為をしているところを覗き見してしまい、怒った母親から厳しい折檻（せっかん）を受ける。そのことが原因で、交尾中の小動物を見ると思わず殺してしまう昭吾だった。やがて昭吾の歪んだ性格は危険視され、精神病院送りとなってしまう。
精神科医からショック療法を受けた昭吾は、さまざまな夢を見ることに。夢の世界で美しい少女と出会うが、その少女に想いが届き、恋愛が成就する寸前で、昭吾か少女のどちらかが死んでしまう。そして、その悪夢のループが延々と続くのだった。
今ではファンタジー系ドラマの定番となっている「ループもの」だが、55年も前から手塚治虫がループスタイルのオムニバスドラマを描いていたことに驚きを覚える。しかも、昭吾が精神病院から逃げ出した後も、悪夢は続くのだ。現実世界でも昭吾は、夢で見た少女にそっくりな渡ひろみに出会い、悲劇がさらに繰り返されることになる。
同じ過ちを繰り返してしまう人間の愚かさを、「漫画の神さま」手塚治虫はまさに「神」の視点から突き放したように見つめている。『鉄腕アトム』のアトムやウランたちロボットには深い愛情を注いだにもかかわらず、『アポロの歌』では性衝動や暴力衝動で動く人間の生態を冷ややかに観察するかのように描き出している。手塚治虫ならではの倒錯した創作熱を感じさせる。
問題作に果敢に挑む髙石あかり
岡崎京子原作の実写映画『チワワちゃん』（2019年）や永瀬廉と池田エライザの共演作『真夜中乙女戦争』（2022年）などで知られる二宮健監督が実写ドラマ化した『アポロの歌』だが、MBS/毎日放送からのオファーは「髙石あかりの主演ドラマを」というものだった。『ばけばけ』では小泉八雲の妻となるトキを演じる髙石あかりは、現在放映中の日曜劇場『御上先生』（TBS系）にも出演しており、ブレイク寸前の状態だ。
髙石あかりは、伊澤彩織とのダブル主演映画『ベイビーわるきゅーれ』三部作（2021年～2024年）でバイト感覚で殺人を請け負うガールズ殺し屋コンビを演じ、コメディタッチの日常パートとシリアスなアクションパートを見事に演じ分けてみせた。
舞台版『鬼滅の刃』では禰豆子役を演じたフォトジェニックな容姿に加え、女優としての勝負作となるNHK朝ドラを控えながら、『アポロの歌』のような問題作に果敢に挑戦する姿勢も彼女の大きな魅力だろう。
『火の鳥』と同様に過去・現代・未来を行き来する主人公たち
昭吾の幼なじみという設定の渡ひろみを髙石あかりが演じた実写版『アポロの歌』の第1話、孤独な昭吾を放っておくことができなかった渡ひろみは、昭吾に突き飛ばされて交通事故に遭ってしまう。第1話でさっそく死んでしまった渡ひろみだが、昭吾が目覚めるとそこは渡ひろみが歌姫「シグマ」として華やかに活躍する別世界だった。
歌姫「シグマ」として歌声も披露した髙石あかりのラストシーンでの鮮やかな変身ぶりは、SNS上でも話題を集めている。
原作コミックでは、手塚治虫の代表作『火の鳥』と同様に、過去・現代・未来と、さまざまな時代を主人公たちは行き来することになる。昭吾が転生するたびに渡ひろみが現れ、昭吾の人生に大きく関わっていく。髙石あかりはこれからどんな役を、何役を演じ分けていくのだろうか。佐藤勝利も影のある青年・昭吾役にうまくハマっているだけに、第2話以降の展開にも注目したい。
少年期の手塚治虫は昆虫が変態する様子を熱心に観察していたことが知られている。全7話構成の実写ドラマ『アポロの歌』では、髙石あかりがさまざまなキャラクターに変態していく姿が楽しめそうだ。
『アポロの歌』は毎週火曜、MBSで深夜0:59～ TBSで深夜1:28～放映
https://www.mbs.jp/apollonouta/
（文＝長野辰次）
