『あんぱん』第11回 またあんぱんの話……ちょっと食傷気味ですけど大丈夫なのか

NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』も第3週、いよいよ本役パートが始まりました。グッバイ永瀬&木村、ハロー今田美桜と北村匠海。
というわけで、先週末の昭和9年からさらに1年が過ぎた昭和10年だそうです。
だいぶ押し切られていたな、と感じました。序盤2週、強引なあんぱんへのこじつけについてですが、子役2人のきらめきと阿部サダヲ演じるヤムおじの独特な存在感、浮遊感というもの、それにちゃんと意図を持って演出された画作りの部分にだいぶ押し切られていた。
第3週に入って、押しが足らんぞ、というのが正直な印象です。
第11回、振り返りましょう。
定着しちゃうと、ちょっとなぁ
ヤムの魅力って、いつフラっといなくなっちゃうかわからない、それこそフーテンであることだったと思うんですよね。それが、8年も朝田パンで労働しているということになると単に旅行が趣味の従業員ということになってしまう。しかも「細々と」なんていうもんだからヤム自身もたいして儲かってないだろうし、この生活が本当にヤムの選んだ幸せなのだろうかと思ってしまうんだよな。
なんか急に、作中でヤムという人物の“格下げ”みたいなことが起こってしまったように見える。態度こそ変わってないけど、今のヤムは完全に朝田の釜じい(吉田鋼太郎)に依存した生活になってるもんな。寝床は8年間、豪ちゃん(細田佳央太)と同じ部屋か? というか、豪ちゃん石屋として8年前に「どこに行っても働ける」くらいの腕があったはずだけど、師弟関係は相変わらずか? 豪ちゃんに8年のときの流れがまるで感じられない。「親方は休んでてください」つって豪ちゃんが墓石を彫っててもいいところだと思うんだけど。
ちょっと引っかかるといろいろ気になってくるもので、パン焼き窯は立派なレンガ作りになっているけれども、石屋って石を切ったり彫ったりするわけですよね。粉が飛ぶだろと思うんですよ。そんな近くでお互い作業してたら、石の粉が飛ぶだろ。ヤムが「パンの天才」であることと、その衛生管理の杜撰さに矛盾が生じているというか、ヤムのパンを焼く環境に対する意識の低さが現れているし、何より、すげえ美味そうだった朝田パンが、この環境で製造されていることがはっきり描写されたことで、あんま美味そうじゃなくなってる。保健所の査察を入れたくなる。
このへんで、おっと大丈夫かな、と思い始めてしまっている。
中尉、誰おまえ
のぶちゃん(今田)は女学校の最終学年だそうで、このころの土佐では学校を出たら結婚する普通なのだそうです。そんな普通に抗おうとするのぶちゃん。亡き父(加瀬亮)の遺言である「おなごも大志を抱きや」という言葉の通り、ずっと夢を探しているのだそうです。
結婚が普通で、のぶちゃんが普通じゃない。そう言いたいのはわかるんですが、夢を探して悩んだ形跡のない人物の「夢が見つからない」という悩みを提示されても、ちょっと共感しづらいところです。ゼロか? ゼロなのか? と思っちゃうの。何より、こののぶちゃんが幼少期ののぶちゃんとつながってない。
幼少のぶは少なくとも、あのときの嵩にパンを食わせたことで「美味しいものを人に食わせると元気になる」ということを知ったわけですよね。だから、「朝田パンを多くの人に食べてもらいたい」という思いが少しはあってもいいと思うし、こんな年頃のかわい子ちゃん3人と寝食を共にしている豪ちゃんのお気持ちも気になるところです。3姉妹の誰かの婿に入って石屋を継ぐことだってあるでしょう。そもそも豪ちゃんっていくつなんだ? というのも気になってくる。のぶにとっての夢が、パン屋か、石屋か、それ以外か。そういう選択肢の中で悩んでいるならわかるんだけど、ゼロベースで「夢が見つからない」はちょっと通らないかなと感じました。
そんなことを考えていたら、唐突に現れたのが幼なじみのカッちゃんこと中尉殿です。
誰だおまえ。
聞けばカッちゃんはガキ大将で、のぶに魚獲りや木登りを教えた人物なのだそうです。こんな小さな村で8年前にガキ大将とハチキンが存在していたとすれば、それは子ども社会のツートップでしょう。のぶがイジメっ子とやり合って目の上を切ったとき、パパが死んだとき、カッちゃんはのぶの前でどんな顔をして、どんな言葉をかけたのか。今日描かれたくらい親密な関係だったら、幼少期にも登場していて然るべきです。そりゃ尺や描きたいこととの兼ね合いもあるだろうけど、ちょっとあまりにも唐突すぎやしませんか。
そしてこの中尉殿が物語に何を持ち込んだかといえば、パン食い競争です。またあんぱんだ。そんな食えないです。食傷してしまいます。あんぱん以外なんもねーのか、と思っちゃう。
あと、中尉もいくつなんだ? ガキ大将が8年後に海軍中尉? スーパーエリートソルジャー?
かろうじて竹野内豊の安定感
嵩(北村)が中尉に嫉妬、というのもよくわからんのよね。というか、8年前にミーツしたボーイとガールの関係性が全然わからん。これ先週末のラストで一瞬、他人行儀の2人の姿を見てしまっているから、どんな8年を過ごしたのかがさらにわからなくなっている。
カッちゃんと嵩だって子ども時代には顔見知りだったはずで、この2人が会話を交わさず、医者(父)に診てもらうほど胸を痛めているというのも乗りにくい話でした。あれ? つい「(父)」って書いちゃったけど、嵩は寛家に養子に入ったんだっけ? 預かりっ子のまま? なんか千代子さん(戸田菜穂)に嫌味言われてますけど?
そんな中、抜群の安定感でドラマが地に足を付けていると感じさせたのが「(父)」こと竹野内豊でした。アンパンマンマーチからの引用セリフはご愛嬌として、「ジェラスィー」を3か国語で披露したのはオシャレでしたね。あと、なんだかんだで嵩が嫉妬でバタバタしている部屋の窓から差し込む西日のコントラスト。こういうのを見ると、まだだ、まだ大丈夫だと思えてくるものです。
このドラマのいいところは「子役がいい」「やりたいことがはっきりわかる」「ちゃんと演出して撮影している」の3つだったわけですが、今日の第11回に限っては2つ欠けてしまって、その分アラの部分が目立っており、かなりモヤっております。何しろ、のぶ自身がパンに対してエモーショナルじゃないのに、物語の中心にパンがあるのが居心地悪いのよ。
いったいどうなってしまうのか!?
(文=どらまっ子AKIちゃん)