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『あんぱん』第30回 主人公・のぶの「愛国の目覚め」に信念が乗らない原因となった「ある装置」

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 なんだか『おむすび』じみてきたな、と感じてしまいました。慰問袋のくだり、みんなで話をしているうちに思いついたのに「のぶの発案!」となって周囲がホメ称える場面、「結ちゃんのおかげやで」「米田さん、お手柄ね」という誰かの声が頭の中に鳴り響きましたし、袋やチラシ、募金箱といった印刷済みの備品が湧いて出たところでは、コンビニ弁当の試食会でオードブル用の銀皿やメニュープレートが出現した場面が思い浮かびました。

『あんぱん』邪魔になる主人公

 この場合の「『おむすび』じみてきた」という感想はつまり口の中に苦いものが広がっていくような感覚であり、うーと唸ってしまうのです。

 うー。こんなはずじゃなかったのに。

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第30回、振り返りましょう。

自由、自由ってなんだ

 これまで描かれてきた黒井先生(瀧内公美)との関係性からして、のぶやうさ子が「慰問袋を作ろう」と思い立ったなら、まずは先生に相談に行くはずなんですよね。その経緯がすっ飛ばされているので、のぶたちが袋の発注から納品、チラシの印刷、校内掲示板の利用、街頭募金などを独断で行っているように見える。

 すげえ自由だなと見えちゃうわけです。一度は嵩(北村匠海)の言う「東京は自由だ」に対してのぶの師範学校での生活を「自由とは程遠い」と定義したにもかかわらず、嵩ものぶも自由に好きなことをやってるだけで、対比すべき概念が対比になっていない。

 募金が集まればうれしい。新聞に載ったら超うれしい。校長先生にホメられ、町内の有名人になって誇らしい。思うがまま、自己実現の道を突っ走る愛国少女。今日はのぶちゃんがそういう人物として描かれたわけですが、まあ「誰こいつ」なんですよ。いったい誰なんだ、こいつ。

あのお姉ちゃん、泣いてたよ

 そういや豪ちゃんと蘭子(河合優実)の逢引の旅路を見送ったとき、のぶちゃん泣いてましたね。あのお姉ちゃん、泣いてました。

 なんで泣いてんのか全然わからんのよね。建付けとしては、小さいころから知ってる豪ちゃんが兵隊さんに取られて死ぬかもしれないから悲しいとか、豪ちゃんと蘭子がやっと素直に思いを打ち明け合って感動しているとか、そういうことなんでしょうけれど、のぶがあの瞬間まで戦争や徴兵についてどう考えてきたのかわからないし、豪ちゃんとのぶの関係性もまったく描かれていないので、「家業の従業員」以上にどんな感情を抱いてきたのかもわからない。

 そういやカッちゃんというのがいましたね。のぶの年上の幼なじみで、今は中尉殿だ。当然、中尉であるからして兵隊さんであって、戦地に赴いていて前線で戦っているはずです。

 支那での戦況が激化していることが伝えられたなら、のぶの頭の中には昨日今日出征した豪ちゃんよりカッちゃんの生死が浮かんで然るべきなんです。もうずっと、お国のために命を張ってきたのはカッちゃんのはず。小さいころに魚の獲り方を教えてもらったり、木登りをしたりしたんだろ? そのカッちゃんが戦場にいるのに薄ぼんやりと何も考えずに過ごしてきて、豪ちゃんが兵隊に取られたら「何かしてあげたい」とか言って愛国に覚醒する。そんなのが通るわけない。

 要するにカッちゃんを軍人として取り扱わず、単に「パン食い競争発生装置」として、事が終わればポイ捨てしてしまったツケがここにきて出てしまっているわけです。カッちゃんを通してのぶが戦争をどう考えているかを描かず、「中尉=スゴイ=憧れ」とだけやってしまったから、今回の豪ちゃんきっかけの愛国覚醒にまるでリアリティがないんです。そこに信念があるように見えない。

 信念のないやつが軍国主義を発露しながら周囲を扇動していく様子は、すごく不快に感じましたね。こういうのってこんなに不快なんだ、という発見でした。

嵩とのケンカも失敗してる

 東京の嵩からの手紙を既読スルーしていたことが明らかになった今回。のぶちゃんの嵩に対する思いには基本「東京の美人にうつつをぬかしやがって」という嫉妬心があって(だから既読スルーなんだよな)、今回はそれに豪ちゃんと嵩の環境のコントラストというドラが乗ったから激怒したということなんですけど、この感情の積み重ねによる爆発についてもことごとく失敗しているように思います。

 まず、この段階でのぶが嵩に好意を持っているとは言えない何らかの事情があって、のぶのイラつきの原因を単に「嵩は東京で自由、私は師範学校で不自由」という不平等に頼るしかなくなっているんだけど、前述の通りこの「師範学校で不自由」という描写ができていないので今の微妙な関係性自体が成立していない。さらに「お国のためにがんばってるのに!」という主張にも信念が乗ってない。開口一番「それよりヤムおんちゃんのことがやけど」とか言ってヤムの過去にこだわる理由もわからない。「ホンマにこれで東京と話せるがです?」と電話初体験のように見えて、「もしもし」と言ったりガチャ切りしたりという電話の作法は知っているという演出上の疑問もある。

 今週はのぶちゃんへの理解を深めたいところでしたが、逆にどんな人物として描きたいのか全然わかんなくなっちゃう週だったような気がしますね。「芯が強いのに芯がない」という子にしか見えなくなってきてしまったし、そんな子、ちょっと好きになれませんわ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/09 09:43