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『あんぱん』第32回 雰囲気にほだされただけ……主人公たちの「仲直り」に説得力がない

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

「東京は自由だ!」と喝采を上げ、世界が広がっていくのを実感しながら「のぶちゃんもいつか銀座に来たらいい」と誘う嵩くん(北村匠海)。その一方で、豪ちゃん(細田佳央太)が兵隊にとられたことをきっかけに愛国精神に目覚め、「チャラチャラしてんな!」とブチ切れたのぶちゃん(今田美桜)。

『あんぱん』視聴者の目線を逸らそうとしている

 2人のケンカはいわば世界観の衝突であって、2人が身を置く土地の空気感の衝突でもあったわけです。

 その2人を仲直りさせようとしたとき、どちらかがどちらかの世界観、空気感に理解を示したり寄り添ったりすることになるわけですが、NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は健ちゃん(高橋文哉)という自由の権化みたいな男を土佐に放り込み、そのギターと歌でもって、のぶちゃんの愛国精神をひととき“溶かす”という方法を採用しました。

 これによって、のぶが嵩の何を許したのかが全然わからなくなってしまっている。おそらくあんなふうにケンカになったのは2人にとって初めてのことであるはずで、とっても大切な局面なんですよね。健ちゃんとメイコ(原菜乃華)の策略で引き合わされて、とりあえずあんぱん食ってアイスブレイクして、さぁ第一声、のぶちゃんは何を言うのかと思ったら、ヤム(阿部サダヲ)の銀座の件を切り出す。

 それ、なんなの? って思っちゃうんだよな。いつまで言ってんの。どう考えても、ヤムが銀座で働いていたか否かがのぶや嵩にとって、そんな深追いするほど重要な謎とは思えないんです。作り手側としては、ヤムというミステリアスな人物に謎を設定した。謎を設定したからには、視聴者はその謎に興味を持つに違いないと思っているのかもしれないけれど、マジでどっちでもいいんです。もうこれは私の全人格をかけて言っちゃうけど、ヤムが銀座で働いていてもいなくても、マジでどっちでもいい。どっちでもいい話をすんな、今。

 第32回、振り返りましょう。

自由への嫌悪はどこへいったのか

 のぶちゃんが電話口で嵩を怒鳴ったのは、その自由な空気感への嫌悪だったと思うんですよ。豪ちゃんが兵隊にとられて、お国のために命をかけているのに、おまえたちは何をチャラついているんだ。国を憂え、おまえも身を捧げろ。のぶちゃんはその電話について「言い過ぎた」と告げますが、「言い過ぎた」というのは文字通り言葉や態度が過ぎただけで、根本には「チャラついてる場合じゃない」という考え方は変わってないという意味になります。

 ところが、健ちゃんとメイコがいい感じで歌い出したら、のぶちゃんもいい感じでノリノリで手拍子なんかしちゃって、雰囲気にほだされている。ここ数日にわたって描かれてきたのぶちゃんの愛国ムーブが、雰囲気にほだされる程度のモチベーションで行われていたことが明らかになっているわけです。

 これ、のぶちゃんが本来どういう人で、どういう考え方で生きていたかがちゃんと説明されていたら、まだ説得力があるんです。「ああいう人が、時代の雰囲気にのまれて軍国主義に傾倒していた」というなら悲劇的でもある。

 だけど、こっちはのぶちゃんが本来どういう人なのか、まだあんまりよくわかってないんですよ。ハチキン少女がろくなきっかけもなく急に「先生になりたい!」と言い出したかと思ったら、師範学校での暮らしにもイマイチ乗り気じゃなくて標語とかも覚える気がなかった。幼なじみのカッちゃんが兵隊に行ってもなんの感情も抱かなかったのに、豪ちゃんが出征したら急に愛国に目覚めた。愛国に目覚めたかと思ったら、ギターにほだされて仲直りしちゃった。

 そこまでやって、カメラは健ちゃんとメイコのロマンスを追いかけていく。「仲直りしました」という事実関係だけが置かれて、のぶが嵩に「どうなってほしいのか」がまったくわからない。

 この人は主人公で、後に柳井嵩という作家の妻になります。そういう前提があるからまだ見てられるけど、これ完全フィクションだったら「こいつ何なんだ」で終わりですよ。離脱だよ、離脱。

嵩の絵は「優しい」のか

 のぶちゃんがどんな人なのか、とは別に、嵩の絵がどんな感じなのかもフワフワしてんだよな。今回、嵩はコンテストで佳作になったという話がありましたが、これも絵画なのかデザイン画なのか、どんな感じなのか見せてくれないので、のぶちゃんの「嵩の絵は優しい」という評価もまるでピンとこない。

 確かに、幼少期にのぶちゃんに帽子を手渡す結太郎の絵は優しかったと思うし、のぶの心に刺さったことも伝わってきたんです。

 そのあと見せられた嵩の絵といえば、おざなりに部屋に吊るされた風景画と、「西郷どーん」の新聞マンガと、あと受験雑誌に掲載されたやつと、手紙の挿絵として描かれていたデフォルメの銀座の風景です。

 どれを指して、のぶは「優しい」と言っているのか。タッチも全然違うし、そもそも東京に行った嵩がデザイン学校に入って一心不乱に絵を描きまくっている様子もないので、その絵に人の心を打つような魂がこもっているとも思えない。

 そして何よりのぶという人の人物像がフラフラしてるので、その人が下した「優しい」という評価そのものに説得力がなくなっている。おまえに何がわかるんだよ、人の絵を評価できるようなタマかよ、と思ってしまう。せめて嵩が佳作を獲得した作品を見せて、「のぶがなんと言おうとこの作品は佳作に相応しいな」と感じさせてくれればいいのに、それもない。

「ほだした」側はよかった

 そんなふうに、雰囲気にほだされて仲直りした嵩とのぶについてはまるで共感できなかったわけですが、ほだした側のメイコと健ちゃんには説得力があったね。

 メイコ、歌いながら売り歩く姿もかわいかったし、「椰子の実」もかわいかった。健ちゃんも陽気で朝から気分がいいし、キュンのくだりもただ微笑ましいばかり。そして海ね。やっぱロケーションね。海にカメラ向けときゃどうにかなっちゃうのよね。海は偉大です。

 あとカツオもうまそうでした。土佐のカツオの説得力。すごい。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/13 14:00