CYZO ONLINE > 芸能の記事一覧 > 『あんぱん』関係そのものの「弱さ」

『あんぱん』第35回 主人公2人の関係を補強する周囲と、その関係そのものの「弱さ」の話

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第7週、「海と涙と私と」が終わりました。今日の分を見終えて、じゃあ原稿を書きましょうかとなったとき、ついさっきですけど、「『海と』ってなんだっけ?」と思ってしまったんです。

『あんぱん』「変わってしまった悲劇」の変わる前がわからない

 そういやありましたね、海のシーン。東京からやってきた陽気な健ちゃん(高橋文哉)とスーパーキュートなメイコちゃん(原菜乃華)が画策して、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)を仲直りさせたシーンだ。夏休みのだだっ広い砂浜に、他に誰も居なくて、健ちゃんのギターとメイコの歌が鳴っている。まるで天国みたいなシーンでしたね。あそこで、メイコは健ちゃんに恋をしたんだ。ステキなひと夏の思い出。メイコにとっては、忘れられない日になったことでしょう。

 じゃあのぶと嵩にとっての「海と」とはなんだったのか、と考えると、ゲンナリしちゃうんだよなぁ。

 夏休みが来る前、のぶと嵩は電話でケンカをしていました。豪ちゃん(細田佳央太)が兵隊にとられてナーバスになっていたのぶは、東京でチャラついた生活を送っている嵩に激怒。「たっすいがぁのポンポコピン!(だっけ?)」みたいなひどい言葉を吐き捨てて電話をガチャ切りしていた。

 そんな2人の関係を案じて健ちゃんとメイコが仲直り作戦を実行して、海で仲直りした。

 夏休みが終わるころ、嵩が赤いハンドバッグをのぶにプレゼントしようとしたところ、豪ちゃんが兵隊にとられてナーバスになっているのぶは東京でチャラついたバッグを買ってきた嵩に激怒。「しゃんしゃん東京へいね!」みたいなひどい言葉を吐き捨てて、それを後悔して駅で「涙と」していた。

 この夏休みを通して、のぶと嵩の断絶は深まって終わっている。「海と」で行われた仲直りが、物語の中でなんの意味もなしてないんです。「海と」なんて要らんかったんや! という状態になっている。現に、あの仲直りのシーンでカメラは嵩とのぶを離れ、健ちゃんとメイコの恋の行方ばかりを追っていました。意味のないことをしてもいいし、ステキな海のシーンはドラマのエッセンスにはなっていたと思うけど、表題で謳うことじゃないよな。今週の『あんぱん』、どう見ても「海と涙と私と」というドラマではなかった。

 第35回、振り返りましょう。

なんて横顔よ、河合優実

 冒頭、時系列としてはたぶんまだ夏休みで、嵩たちが東京に帰った後くらいでしょう。のぶが目を覚ますと、隣で寝ていたはずの蘭子(河合優実)がいない。蘭子は石屋の仕事場で、豪ちゃんの作業着にすがって思いにふけっていました。

 ああ、なんて横顔をするのでしょう河合優実。たった2秒か3秒のシーンで、蘭子の感情がこちらに流れ込んでくるような、すごいお芝居です。こういう顔を、のぶにもさせてやらなきゃいけなかったと思うんです。

 先週から今週にかけて、のぶに大きな変化が訪れています。師範学校での日々にも乗り気じゃなかったのぶが、軍国主義に傾倒していく。それによって嵩との仲も悪くなり、いろいろ思い悩むことになる。

 その軍国主義への傾倒のきっかけとして、豪ちゃんの出征があったはずです。ずっと一緒に暮らしてきた豪ちゃんが兵隊にとられたことで、のぶの中で戦争がリアルになって、こうしちゃいられないと一念発起した。そういう物語を進める上で、あまりにも「のぶと豪」の関係性の描写を疎かにしすぎてきた。この2人が直接何かを話し合ったり、何かを共有してきた経緯がないから、のぶの“目覚め”にリアリティが宿らない。

 作り手側としては「身内が徴兵された」という事実関係だけでこののぶの心変わりを納得させられるという算段だったのかもしれませんが、だとすればやっぱりカッちゃんがノイズになってしまう。幼なじみで、魚獲りや木登りを教えてくれたカッちゃんが戦地にいることについては何も考えていないのに、豪ちゃんに赤紙が届いたら思想がひっくり返ってしまう。シンプルに、のぶが薄情な人に見えてしまう。

 最初に「のぶと嵩に距離を置かせる」という目的があって、その目的のために「のぶに思想を抱かせる」という手段を用いて、その手段の構築に失敗している。そういう感じ。だからお話が頭に入ってこないし、もちろん、泣けない。

薄味師範学校

「お正月うちに帰ったら、結婚せえ結婚せえて、もううるそうて。お見合い写真がこじゃんと。のぶちゃんは?」

「どこの学校に配属になるか、まだわからんがよ。母校に行けたらええがやけんど」

「のぶちゃんも大変やねえ」

 思わず書き起こしてしまいましたが、正月明けののぶとうさ子(志田彩良)のこれ、会話になってないんだよな。うさ子のトークテーマは「お正月」であって、「のぶちゃんはお正月、実家どうだったの?」という質問をしているのに、まともに応えない。それに対してうさ子は「大変やねえ」という適当な相槌を打っている。お互いに話を聞いてないし、興味なさすぎだろ。

 会話になっていないだけならまだしも、卒業間際になってうさ子が実家に「師範学校の職員になるから結婚はしない」と伝えてないのも変だし、のぶの進路については御免与の尋常小学校に直談判に行ったりしてて教員の採用システムがよくわからないので、母校に採用される可能性がどれくらいなのかまったく察することができず、共感もできない。うさ子さながらに、適当に「大変やねえ」と言ってしまいたくなる。

 この時点でのぶの夢は「御免与の小学校の教員になる」ということで定まっているわけですが、その夢の実現へのプロセスがよくわからないので、応援できないんです。「その夢、叶ったらいいな!」と思えない。

 師範学校生活の総決算として、強烈なインパクトを持って登場した黒井先生(瀧内公美)とのぶを対峙させたかったのもわかるけど、嵩子の手紙がバレるタイミングも変だし、男女の友情がどうとか、昔結婚してたけど子どもができなくて別れたとか、あくまで「のぶと嵩の距離感」についての話ばかりで、「教師になる人」と「教師にする人」という大人同士の会話をさせることができない。のぶの「教師になりたい」という気持ちに本気が乗ってないことに加えて、ドラマが「のぶを教師にする」ことにも本気が乗っていないことが明らかになったシーンだったと思います。

 主人公2人の関係があって、その関係を補強するために周囲の人物を描いている。その方法論自体は正解を選択していると思うんですが、肝心の主人公2人の関係が「今はまだ距離があるのよ」という曖昧な主張であるがゆえ、物語としての軸が弱くなっている。せめて「のぶも嵩が好きだけど離れ離れ」なら見応えもあるんでしょうが「大切な人だけど、今はまだ好きじゃない」としか言えないんだもんな。史実もあるしな。

 黒井先生はのぶに「あなたはやっぱり弱い」って言ったけど、「やっぱり弱い」って言いたいのはこっちだよ。強くあれ、戦争が来るんだぞ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん朝ドラ『あんぱん』全話レビュー

『おむすび』最終回もダメダメ

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/05/16 14:00