『あんぱん』第53回 ただ流れをなぞるだけ……史実とフィクションの間で迷走が止まらない!

のぶさん(今田美桜)パートは資料がないし、史実とは違う「幼なじみ」という設定にしたことでグダグダになってしまいましたが、一方の嵩くん(北村匠海)の軍隊パートはそれなりに資料があって、史実に沿う形で作ろうとしていることでグダグダになっている。もはや終戦間際の日本軍のごとく、八方ふさがりという状況になってまいりましたNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』。屈指の厳しさで全国に名をとどろかせていたはずの陸軍小倉連隊は「大人の修学旅行」もしくは「キッザニア陸軍体験」みたいな趣になってきましたね。
やなせたかしさんは軟弱な性格だった。やなせたかしさんは幹部候補生試験の前日に馬小屋で眠りこけてしまった。やなせたかしさんは乙幹に合格して伍長になった。このあたりの史実をなぞるだけの作業を、今日は見せられました。
なんで軟弱な性格なのに何年も軍にいられたのか。なんで数多くいる新兵の中から幹部候補生試験を受けられたのか。その裏に何があったのか。わかんないんだろうな。出世したという史実だけがあって、プロセスがない。この時期ののぶちゃんは完全フィクションだから開き直って好き勝手に描けたけど、嵩についてはいちおう史実からズラすことはできない。でももう、やなせ氏に直接取材もできない。ウソを書くわけにもいかない。
結果、そのプロセスを八木上等兵(妻夫木聡)という謎のチート人物にすべておっかぶせて、説明しないことで押し切ろうとしている。
基本的にね、私たちはドラマを見ているわけですし、ドラマから与えられた情報だけで物語を理解したいんですよ。伍長になるなら、伍長になるだけの理由や段取りをドラマの中だけで納得させてほしいの。「実際、史実では伍長になってますから」って言われても、知らんのよ。もっといえば、乙幹とか伍長とか言われても、それが当時の軍の中でどんな存在なのかも知らんの。
今日の回は、やなせさんの著書と当時の日本軍の階級表を記したWikipediaと、そういう副読本がなかったら何にも理解できない、ドラマがドラマ単体として成立していない回だったと思いますよ。
そんな第53回、振り返りましょう。
誰に言ってんのおまえ
昨日、馬小屋で眠りこけているところを上官らしき人に叩き起こされて「不届き者が! 今日の試験は受けられんぞ、大バカ者!」などと怒鳴られてしまった嵩くん。「え? あ、ああ……」などと寝ぼけていますが、上官がそう言うなら今日の試験は受けられないんだろうなと、ドラマだけ見てたらそう思うわけです。
そしたら例のよくわかんないオープニングが始まって、「万歳!」つって明けたら「幹部候補生試験の日から3週間後」というナレーションが流れる。嵩は一緒に試験を受けた目黒と一緒に呼び出されている。
「柳井! こともあろうに不寝番が眠り込むとは何事だ!」
3週間前の出来事について、今さら怒鳴っている班長さん。
「神野班長がどうしても受けさせてやってほしいと申し出るので、今回だけは試験が受けられるように計らったのだぁ」
いや中隊長殿ね、誰に何を言ってんのよ。こんなセリフ、100パー視聴者に向けた説明じゃないのよ。もうどうせならカメラ目線で言いなさいよ。
ここで嵩は初めて神野班長の申し出があったことを知るわけですが、じゃあ当日、叩き起こされてから試験会場に向かうまでの間にどういうやり取りがあったの。もうむちゃくちゃだよ。
そんで神野班長がなんでそんなことを申し出たかと言えば、八木が頼んだからだという。八木が頼めば、なんでも叶う世界線。なぜ八木が頼めばなんでも叶うのかは「謎です」と断言することでスルーしている。
そして、なぜ八木が頼んだかも「謎です」でスルー。いや、ここには薄い理由がありましたね。「バディだから」だ。嵩にだけチートなバディを用意して、そのバディがすべての段取りを整えてくれて、嵩はその段取りに乗っかっているだけ。嵩の中に葛藤も成長もないから、これだったら八木の役割は「魔法少女」でもいいし、「3万光年の彼方から届く宇宙意思」でもいいじゃんね。段取りとして、史実に沿って嵩という人を伍長にできれば、あとはどうでもよくなっちゃう。
史実に対して辻褄を合わせる、という作業が単なるパズルになっちゃってるんだよな。あらゆる人物に動機がなくて、身分と階級がモノを言っているだけ。酒盛りのくだりも、本当に彼らが言うように「戦況が厳しいから殴ってる場合じゃない、仲良くしよう」なのか「おまえら上官になるから今のうちに媚びを売っておこう」なのか、あるいは嵩のなんらかのアレが班長たちの心を打って改心させたのか、全然わかんない。歌もうるせえし、健ちゃんがベッドを抜け出して馬小屋でうろちょろしてんのも謎だし、何よりせっかく妻夫木をツモってきたのに八木上等兵が全然魅力的じゃないのが痛いわな。痛いよ。妻夫木くん、朝ドラに出るのは夢だったそうですよ、それなのに魔法少女でも宇宙意思でも代替が効く役柄なんて、かわいそうに。
のぶさんクビになってないのね
さて非国民ことのぶさんには、遠洋にいる夫の次郎さん(中島歩)から手紙が届きました。
「君の持ち前の明るさで、学校の子どもたちや……」
公衆の面前であれだけの大見得を切って、まだ先生続けてんだ。あの嵩の出征の場面は「のぶが感極まって、言ってはいけないことを言っている」という意味だったよね。そもそも「生きて戻ってこい」と言っちゃいけないという暗黙の了解、その空気感自体にこっちは納得してないのに、わざわざ憲兵に連行させようとしてまで、その「タブーを犯したのぶ」を演出したはずなんです。
だったら、そのタブー破りの報いを用意しなきゃドラマにならないじゃん。何事もなく先生を続けています、は通らないじゃん。尋常小学校は国民学校になったんだろ? 兵隊を育ててるんだろ? 婦人会はあの演説に感動して納得したということなの? 校長もそれを伝え聞いて「わかったよ、明日からもがんばって働いてね」と言ったの? 何よりのぶ自身は、嵩が出征してからの数か月、子どもたちに何を教えていたの?
これまでさんざん、のぶという人が信用できなくなっちゃってると言ってきましたが、もうここで描かれる世界そのものが信用できなくなっちゃってます。明日豪ちゃんが生き返っても「そういうもんか」って、逆に納得しちゃうよ。
そんで明日は千尋に死亡フラグが立つ様子を眺めることになるわけね。大苦戦だな、中園ミホ。がんばれ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)