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『あんぱん』第54回 決定的な欠落……今生の別れに「関係性の蓄積」がないのです

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』、今日は嵩(北村匠海)と弟・千尋(中沢元紀)が向き合ってお話をするだけで15分。いわゆる熱のこもった芝居合戦といった趣でした。子どものころはおめめクリクリのおチビちゃんだった千尋が切れ長ガチムチに成長して現れたときはびっくりしましたが、こうして海軍士官になってみると、なかなか堂々として立派ですな。どこか頼りない兄貴との対比も効いています。

『あんぱん』ただ史実をなぞるだけ

 嵩パートについては、卒業制作が遅れて寛おじ(竹野内豊)の死に目に会えなかったり、幹部候補生試験の前日に馬小屋で眠りこけたりと細部まで史実に忠実であろうとしている姿勢が見えておりますので、おそらく千尋は死ぬのだろうな。今生の別れとなるわけだ。そりゃ15分まるまる使いたくなる気持ちもわかる。

 でもねー、ここに至るまでに、やっぱり兄弟2人の関係性の蓄積というものが足りないと思うんですよ。足りないというか、決定的に欠落している部分がある。

 寛おじが死んだときね、この2人が思いを伝え合う場面がなかったことがすべてだと思うんです。片や物心がついたかつかないかの時期に養子に入って、寛おじを「お父ちゃま」と呼んで育った千尋、片や寛おじが死ぬまで「お父さん」と呼べなかった嵩。まあ、その構図は寛が死んだ瞬間に後手で差し込まれたものではあったわけですが、ともあれこうして千尋の死に際に2人を対峙させる場面があるのだとすれば、丁寧に前振りを作っておく必要があったはずです。

 それがないから、せっかく役者さん2人が熱のこもったお芝居をしているのに、何を話しているのか全然頭に入ってこない。第54回、振り返りましょう。

なんか怒ってるなぁ

「どういうことだ? 俺はてっきり、京都帝国大学に行って勉強に励んでいるとばかり。ちゃんと説明しろ」

 時は昭和19年、学徒出陣の翌年ですね。千尋の年齢については明言されていませんけれども、酒を飲んでいるということは20歳を超えているのでしょう。そして嵩は陸軍の伍長で、当然陸軍にだって学徒が徴用されてきているはずです。実際に小倉連隊に来なかったとしても、「学徒出陣」について知らなかったは通らないでしょう。むしろ、法学を学んでいた千尋が兵隊に取られていないほうが不思議です。

 あと、嵩は千尋からの手紙で初めて海軍にいることを知ったことになってるけど、この人たち普段まったく連絡してないの? 千代子(戸田菜穂)は、登美子(松嶋菜々子)にはいろいろ連絡してるのに、嵩には「千尋が海軍に行ったよ」とすら連絡できないダメな子なの?

 という2つのおかしな点があって、まず嵩が怒ってること自体が変な感じになっちゃってるんですよね。

 千尋は志願して海軍に入ったんだそうですが、それは同級生の同調圧力に抗えなかったことが理由なんだそうです。

「兄貴もあの場にいればわかる、みんなが行くのに、1人だけ行かないわけにはいかなかった」

 意志が強くて頭が切れる、という千尋のキャラクターはこの一言で完全崩壊です。人のせいにしてんじゃないよ。今日の千尋の立場は「戦争に行くのは不本意だが、覚悟は決まっている」というものですよね。その覚悟がなぜ決まったのか、それは千尋くん人生最大にして最後の覚悟ですよね。その覚悟を決めた理由が「兄貴もあの場にいればわかる、みんなが行くのに」では、あまりにも弱すぎるんです。寛が死んで、御免与が無医村になっても頑なに法学の道に進んだ人ですよ、ヤム(阿部サダヲ)の横やりはあったにせよ、千尋は御免与周辺の病人・ケガ人を一度見捨ててるんです。それくらい、決断に意義がある人だったんだよね。

 この日の千尋は態度だけ堂々としていて、意義もなく決断をしたと言っている。立ち居振る舞いと言ってることが合ってない。だからもう、このあたりからすでに千尋のセリフが宙に浮いてしまう。嵩が「なんでそんなに落ち着き払っていられるんだ?」って聞いてるけど、これはその通りで千尋が落ち着き払ってる理由がないんです。理由がないけど、「駆逐艦」とか「爆雷」とか言いながら落ち着き払ってるほうがドラマチックだから、そうしている。嵩に言ってやりたいね、「兄貴、落ち着き払ってる方がドラマチックだからだよ」と。

マーチいらん

 ほんで嵩は嵩で「おまえは家族の誇り」とかなんとか千尋の選択を責めるような言い方をしていますけど、これもよくわからない。しょうがないじゃん、どっちにしろ学徒出陣なんだから。この人は今、いったい千尋の何を責めているのよ。

「おじさんがよく言ってたじゃないか、何のために生まれて、何をして生きるがか!」

 ああー。ここでもう気持ち的には脱落です。ミホ先生は「アンパンマンマーチ」の歌詞を引用する手法を「おもしろい/盛り上がる/感動する」と思っていて、私はそれが出てくるたびに「ツマンネ/冷める/ドン引きする」わけですから、もうしょうがないよね。歩み寄りようがない。そういうのが好きな人たちだけでやってくれ感がすごい。ニノの手帳と写真のくだりもなぁ、手帳の中身を明らかにしないのは「戦後への伏線ですよ」という策略が見え見えだし、千尋が持ってる写真のほうは何これ、今さら「千尋は寛を『お父ちゃま』と呼んでいたけど、あれは子どもなりの気遣いだった」説を補強する方向にしか作用しないし、だとすれば「アンパンマンマーチ」の引用を会話の中心に据えることに対して逆効果になるけど。

 なんかもうこのへん、単に前後関係なくエモ要素をテンコ盛りしとけば泣くだろっていうナメた態度が露見しちゃってんだよな。

 ほんでもう、チッヒーの生きて帰ってきたら人妻のぶさん(今田美桜)にアタックするという宣言にいたっては、もうね、バカジャネーノとしか言えないわ。大学で酒だけじゃなく女も覚えておけばよかったね。こういう場で急に空気を読まず好きな女の子への純愛を始めるあたり「えーマジ童貞!? キモーイ、キャハハハハハ」な気分とあいなりました。

 いやぁ、今日は千尋に死亡フラグが立つことは予想できていたし、それなりにシリアスに受け止めるつもりでいたんですが、まさかキモーイガールズが脳裏に浮かぶことになるとは。人生、何があるかわかりませんな。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/12 14:00