『あんぱん』第56回 周囲のお膳立てと受け売りの思想だけで『アンパンマン』が描けるのか

NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第12週、「逆転しない正義」が始まりました。今週は戦争かぁ、というわけで、前作『おむすび』で「今週はコロナかぁ」と、なんとなく身構えていた時期を思い出しましたね。ついでに、紙芝居のことでなんやかんや言ってる嵩(北村匠海)を見ていると、大量にコロナの重症患者が搬入されてくる横で「おかずはタラか、サケか、ふりかけはどうするのか」と深刻な顔で悩んでいたバインダー姫を思い出します。
いや、この宣撫班というのはプロパガンダ部隊であって、戦地における重要な役割であることはわかるんですけど、重要な役割であるわりに扱いがユルいんだよな。
まず宣撫班に配属される段取りですけど、八木ちゃん(妻夫木聡)の似顔絵がきっかけだというんですね。小倉からの出陣前夜、嵩が描いてあげた似顔絵を八木ちゃんは大事に中国まで持ってきたということです。その画用紙には折り畳んだ跡すらない。クリアファイルに入れてきたとしか思えない。連隊はけっこうハードに山道を歩いたり伏せたりしてたみたいだけど、ずいぶん丁重に持ってきたんだな、八木ちゃん。嵩のこと好きすぎるだろ。
で、その八木ちゃんは到着早々、軍曹殿にその似顔絵を見せに行ってる。ものすごい敏腕マネージャー、24時間365日、嵩のためだけに奔走してる。嵩がほかの塹壕掘り部隊にやっかみを言われていたら、フォローまでして見せる周到ぶり。このあたりで、八木ちゃんが嵩に熱烈片思いをしていて、嵩がそれに気づかない鈍感系主人公に見えてくる。
嵩が絵が上手いから宣撫班へ、という流れをなんとか飲み込んでみると、今度は村人が従来の紙芝居に反発している様子が描かれる。
村人をプロパガンダしていくために講話や歌だけでなく紙芝居もやってみよう、というアイディアがあって、描き手がいないから嵩をスカウトしたならまだわかるんです。けど、桃太郎の紙芝居を描いた人がすでにいたわけですよね。お話はどうか知らんけど、とりあえず桃太郎の紙芝居のイラストはよく描けてたじゃんね。村人が反発したのは画力の問題じゃないよね。そりゃ嵩のモデルのやなせたかし大先生が稀代のストーリーテラーであることを私たちは知っているけれど、この時点で似顔絵1枚を根拠に嵩を宣撫班に引き入れる理由がないんです。桃太郎チームが村人の反発を買ったのは嵩に宣撫班加入が命じられた翌日ですから、代替のイラストレーターが必要な段階でもない。
この村人の反発についても疑問があって、嵩たちがこの駐屯地に入ってきたときは歓迎ムードだったんですよね。ふかしたおまんじゅうをコンタに売り込んでいたおばさんもいたし、現地人にとっても日本軍はいい商売相手だという描写があった。
それが桃太郎で急に反発してきたと思ったら、どうやら中国共産党のスパイが紛れ込んでいて、民衆を扇動したということになってる。じゃあまず紙芝居の内容云々よりそのスパイをなんとかしなさいよ。スパイは紙芝居がどんな内容であれ石を投げるからスパイなのであって、嵩がおもしろい紙芝居を作ったからって改心するような人たちじゃないでしょう。改心したら本国に対する裏切りでしょう。
そんで後で「紙芝居の内容には厳しい審査がある」とか言い出すわけですが、だったら桃太郎の紙芝居は審査を通ってるということであって、制作チームの責任ではないじゃん。まさかこの描写を持って「上層部は責任を取らない、割を食うのは下っ端ばかり」という戦争の悲惨さを描いているのだとしたらあまりにお粗末だし、「戦闘任務に戻すぞ」という脅しは八木ちゃんの「宣撫班は宣撫班で大変だ」というフォローを台無しにしているし、もうむちゃくちゃです。
「どこが正義の戦争なんだ……これのどこが正義の戦争なんだ」
これに続くセリフがあるとすれば「紙芝居が……桃太郎の紙芝居が破られているじゃないか!」あたりしか思いつきませんけど、大丈夫なんでしょうか。まあ健ちゃん(高橋文哉)がいろいろ説明してくれたから、これで理解してくれということなんでしょうけれども、この嵩という人の当事者性の欠落は著しく共感を妨げるよね。
第56回、振り返りましょう。
「実は、もう描いてしまいました」
クライアントである班長の要望はあくまで桃太郎や金太郎、それに類する日本昔ばなしのパロディでしたが、嵩は急にクリエイター魂を発揮、オリジナルストーリーをプロット段階で相談することもなくラフどころか線画を仕上げてきました。
ずいぶん自由な創作環境ですなぁ。「勝手なことをするなぁ!」って鉄拳制裁されたりしないのな、こういうところ。
ここ、嵩が初めて仕事で作品を作るシーンなんですよね。クリエイターとしての嵩という人の仕事のスタンス、スタイルが作中初めて描かれるわけですが、「実は、もう描いてしまいました」はちょっとカッコよすぎというか、クリエイティブに対する思想が完成しすぎてるんですよねえ。
製薬会社時代の仕事に対するスタンスが少しでも描かれていればという、惜しい部分です。上司が芸術に理解がないという愚痴はあったけど、実際、嵩が内製の広告屋としてどういうふうに仕事に取り組んでいたのかが抜けているから、「急に線画を完成させてくる」というやり方が唐突で横暴に見えてしまう。
しかも、班長がペラペラと何枚かめくってゴーサインを出してしまうものだから、こいつは放任主義の理想のディレクター、クリエイター嵩としては製薬会社より軍隊のほうがよっぽど働きやすい現場ということになってしまっている。さらに気心の知れたグラフィッカーが塗りを担当してくれるわけですから、ユルユルの甘々ですよ。天国じゃん。
なんかもう、嵩パートはホントに史実をなぞるだけの作業になってきましたね。ひとつひとつ嵩に状況を与えて、資料に残っているセリフやニュアンスを当てはめていくだけ。よくわかんないところや障害のクリア要件は全部八木ちゃんにお任せ。思想は寛(竹野内豊)や清(ニノ)の受け売りばかり。この人が描いた『アンパンマン』があったとして、今のところ全然読みたいと思えないですけども。
(文=どらまっ子AKIちゃん)