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『あんぱん』第57回 「空腹がいちばんつらい」という『アンパンマン』の原点が壊れた日

『あんぱん』第57回 「空腹がいちばんつらい」という『アンパンマン』の原点が壊れた日の画像1
今田美桜(写真:サイゾー)

 今日も変なシーンから始まりましたねえ。なんだかんだで紙芝居を作ることになった嵩(北村匠海)と健ちゃん(高橋文哉)。昨日あっさりゴーとなった線画の塗り作業をしています。

『あんぱん』こいつに『アンパンマン』が描けるのか

 そこに上官が現れ「おい、いつまでかかっておる」と背後から話しかけると、嵩はすぐさま振り返って「朝までに間に合わせます」と答えます。

 上官が去ると健ちゃんが嵩を「伍長殿」と呼んで、嵩が「誰もいないときは伍長殿はやめてくれ」と返して、「島の色は健ちゃんに任せる」という。

 確かこの紙芝居は「双子の島」というタイトルで、島が舞台だ。島が舞台の紙芝居なら複数枚にわたって島が登場するはずで、その島の色は統一されてなきゃ、おかしなことになるよね。

 このやり取りで、嵩、全然この作品にこだわりがないんだなと感じていると、今度は健ちゃんをシカトし始める。

「柳井くんは昔からそげんやったもんねえ、絵ば描き出したらいくら話しかけても聞こえんちゃもん」

 まず柳井くんが昔からそげんやったことだって初耳だし、さっき聞こえてたろ上官の声が。上官には反応して健ちゃんをシカトするならそれは「夢中になっている」「没頭している」のではなく、単に相手によって態度を変えているだけだし、単独ではなく共同作業であって、この構図は漫画家とアシスタントという関係なんだから、自分の塗りに没頭してアシに的確な指示が出せないなら、いい作品が完成するとも思えないんだよな。昨日も言ったけど、こいつが『アンパンマン』を描くとして全然読みたいと思えない。

 なんか北村匠海が登場した第3週から、嵩という人物が「絵を描く」シーンが適当で場当たり的なんだよな。いろいろ問題があっても「絵を描く」という行為がドラマの中心に屹立してさえいれば信用できるんだけど、NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』における嵩にとっての「絵を描く」という行為は物語の都合によって出し入れされるだけの単なる趣味程度のものになってる。「絵を描いているときだけ落ち着く」とかセリフだけで説明されたり、今回みたいに急に「話しかけても聞こえない」みたいな設定を持ち出したり、この行為についての描写がブレてるから、嵩の「絵を描く」に魂が入っているように見えないんです。タッチもコロコロ変わるし。

 幼少期の嵩にとって絵を描くことは生きるよすがだったんですよね。悲しいことを全部画用紙にぶつけて、なんとか生きていた。そういう絵に対する偏執的なナーバスさに大作家先生の萌芽を見て期待したわけだけど、さんざんおざなりにしてきて、今さら「話しかけても聞こえない」なんて言われてもなぁ、「そうか、嵩ってそういうやつだったな」なんて思えませんわ。

 第57回、振り返りましょう。

被害者面してんじゃないよ

 この双子の紙芝居、実話なんだそうですね。そういう双子がいたという実話じゃなく、やなせたかし先生が当時、実際にこういう紙芝居を作ったんだそうです。NHKアーカイブ『あの日 昭和20年の記憶』にこの紙芝居についてやなせ先生が話をしている動画があって、「みんながすごく歓迎してくれた」「どこへ行っても大歓迎でね」と語っていました。

「怖いからじゃない? なんかやると日本軍は暴れるんじゃないか、とか。占領軍ですから、武器を持ってるしね、怖いから歓迎したんじゃない?」

 この動画を見ていて思ったんですけど、『あんぱん』に出てくる現地の人って日本軍を受け入れて仲良くしている人と、反発している人しかいないんですよね。怯えている人がひとりもいない。健ちゃんのセリフとして「家を奪っている」という説明はあったけど、実際に手を汚しているシーンはひとつもない。

 だから昨日の嵩くんの「これのどこが正義の戦争なんだ」というセリフが響かないわけです。今日の紙芝居の審査のシーンでも、中隊長殿が単なる審査委員長として描かれていますが、こいつは現地で略奪を先導している張本人なわけで、昨日あんな顔で戦争への葛藤を語っていた嵩なら思うところがあるんじゃないの? 紙芝居の審査が通って自分が戦闘部隊に戻されることがなかったら、それでいいの? と思っちゃう。

 で、この審査の過程もひどいもんで、「こういうことに関して詳しい」八木ちゃん(妻夫木聡)が審査に加わって、「今の話のほうがよろしくはありませんか?」と言ったら通っちゃう。

 まず「こういうことに詳しい」の「こういうこと」って何? プロパガンダについて詳しいのか、絵に詳しいのか、だったらなんで桃太郎の審査には加わっていなかったのか、全然わかんない。

 で、嵩の紙芝居は通訳が意図的な誤訳をしたことで民衆に受け入れられるわけですが、今度はその桃太郎の紙芝居そのものがドラマのノイズになってくる。

 この通訳が誤訳マンだったら、桃太郎のときも誤訳すりゃよかったんじゃないの? 桃太郎が勧善懲悪だから民衆が反発したと八木ちゃんは言うけど、通訳が適当に訳すなら台本関係ないじゃん。

 たぶん史実としては「嵩の紙芝居は誤訳もあって大いにウケた」というだけなんだろうな、それを「ほかの人が作った桃太郎はスベったけど、嵩はウケた」「嵩はすごい」とやりたいがために桃太郎を出したことで、何も筋が通らなくなってる。

 そういうフワフワした状態になった挙句、嵩が「これでよかった、一緒に笑えたほうが自分はいいと思う」と言ってしまう。

 怖かったんじゃない? 怖いから笑ったんじゃない? という視点が抜けているから、この嵩のセリフもまるで響かないわけです。

ああ、前線にしてしまった

 これも史実がどうだか知らないで書くけど、嵩たちの駐屯地も敵の大攻撃を受けて孤立、補給が絶たれて薄いお粥しか食べられなくなったんだそうです。

「戦場では空腹がいちばんつらかった」

 それは『アンパンマン』の原点だったそうですが、今日描かれた『あんぱん』を見てたら、「空腹がいちばんつらそう」には見えないですよね。壁一枚挟んだところで血まみれの兵隊さんがゴロゴロしてたじゃない。自分がいた駐屯地が敵襲を受けて、あんたが死んでた可能性だってあるわけだよね。空腹より、死んだり、手足が吹き飛んだり、目ん玉が飛び出したりするほうが、どう考えてもつらいだろ。

 作り手側が「体験」というものを甘く見てるんだと思うんですよ。前線を体験しなかった者にとっての戦争は「空腹がもっともつらい」だったかもしれないし、実際やなせさんはそうだったんだろうと推測するわけですが、今日の『あんぱん』で描かれた嵩は「仲間が目の前でたくさん死んだり大ケガしたりしたけど、自分は空腹のほうがつらかった」と言ってしまっている。仮にやなせさんがあの悲惨な状況を目の当たりにしてたら、すぐそばで敵襲を体験していたら、『アンパンマン』は全然違うものになっていたんじゃないのかね。

 今日、嵩の駐屯地に戦死者戦傷者を転がしたことで、このドラマは根本から壊れたと思いますけど、どうなんですかね。

 あとこれは身もフタもないけど、「双子の島」おもしろくないよなぁ。なんだよ、双子だから殴ったら自分も痛いって。そんなわけないだろ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/17 14:00