『あんぱん』第62回 いろいろ死んで、いよいよ2人の恋が走り出す! ってことでいいのかな

1日2殺。今日は主人公ののぶさん(今田美桜)と、その夫となる嵩くん(北村匠海)という2人の恋が走り出す準備を、実に手際よく整えた回となりました。
この戦争によって、互いに深い悲しみを背負った2人が再会することになるわけですが、やっぱ最初はすれ違いだよな。復員してきた嵩くん、御免与の駅に着いても、そこにいるのぶに気付かない。夫を亡くして意気消沈ののぶさん、「生きて戻んてき!」と絶叫して送り出した嵩くんの姿が目に入らない。
うーん、エモいね、エモいのかな、この2人が今後結ばれるとして、祝福したい気持ちになるのかな。今のところ、不安しかありません。
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第62回、振り返りましょう。
アイテムドロッパー次郎、役割を終えて死す
仕事も辞めたし、次郎(中島歩)に付きっきりだったはずののぶさん、なぜか高知の家にいる間に絶妙なタイミングで次郎ママが訪ねてくると、これまた絶妙なタイミングで「ジロウキトク」の電報が届きます。
電報の書面によると次郎が入院している海軍病院は呉だそうですが、のぶとママが駆け付けると、これまた絶妙なタイミングで次郎死去。バカは死ななきゃ治らないなんて言葉もありますが、のぶさんも次郎の死に際になってようやく手を握ることにしたようです。次郎が息絶えて取り乱しているらしいママをフォーカスの外に追いやって呆然とその死に顔を見つめています。
泣くんかな、泣かないんかな、と思いながら、いつもは疎ましく感じていたRADWIMPSを心待ちにしてしまいましたね。思わず「涙に用なんてないっていうのに~」というフレーズを口ずさんでしまったり。
結局のところ、次郎がどれくらい「死にそう」だったのかがよくわからんので、のぶの心中が推察できないんですよね。次郎の病状についてはなぜか蘭子(河合優実)がいろいろ説明していましたけど、その危篤の報せがのぶにとって覚悟のあったものなのか、唐突だったのか、それがわからないから次郎が死んだ瞬間、のぶに気持ちを乗せることができない。
加えて、昨日の車イスで検査に向かう次郎を見送った後に日記帳に目をやるシーンがあったことで、のぶの次郎に対する「生きてほしい」「1秒でも長くこの人と一緒にいたい」という気持ちもスポイルされてしまっている。
そして次郎の葬式と初七日を飛ばしてしまった。葬式は高知の家でやったのかな、これを飛ばしたおかげで、のぶという人が若松の家に入っていたという印象がかき消されたどころか、結局のところママ以外の若松家の人間は一切登場しませんでしたね。
そうして(今後の展開にとって次郎の)命より大切なカメラと速記文字の記された日記帳を持ち帰ったのぶさん。ひとしきり現像した写真を眺めて涙に暮れるわけですが、ここでもエモ優先の弊害が出ています。のぶさんが完璧な現像技術を身に着けている。1枚も撮っていないと思われていた次郎の写真を1枚撮っていて、それがピンボケしている。次郎への思いを描かなきゃいけないシーンで、次郎が単なるアイテムドロッパーだったという印象が補強されてしまっている。
別に、今後ののぶにとって必要なものを遺す役割であってもいいんだけど、それはあくまで2人の関係性における副産物であるべきなんだよな。カメラ、カメラカメラ、速記速記、強調すればするほど次郎という人物の印象が薄まっていくんです。まあ作り手側としては今後のぶと嵩をくっつけるわけだから次郎の印象が薄まるほうが好都合なんだろうけど、いまこの瞬間、とてもおもしろくないことが行われていることは間違いないわけで、やっぱり共感を妨げていくよね。
だいたい速記にしろ嵩パパの手帳にしろ、登場が急なんですよ。急に差し込まれたアイテムが局面で機能していくことになるから、ドラマに蓄積が感じられないんです。
恋愛体質の千尋、未練を残して死す
無事に帰ってきた嵩くん、弟・千尋(中沢元紀)が死んだことを知るとひとしきりサバイバーズ・ギルトに苛まれたりしつつ、キレイにお髭を剃って朝田家を訪れます。
嵩、ほかに行くところがあるだろう。
福建の駐屯地には、私たちが知る限り3人の御免与出身者が出征していました。嵩、岩男、コンタです。
遠い戦地で、その存在は互いに心強いものだったはずです。その岩男が現地で死に、その最期を看取ったのは嵩でした。岩男には妻と、ついに顔を合わせることができなかった息子もいるといいます。
まず岩男の家に行きなさいよ、と思うんですよ。人道的な話ではなく、嵩にとっての戦争というものを演出する上で、真っ先に岩男の妻と対面させることこそ、この戦争体験が嵩にとってどんなものだったのかを整理する絶好の場面であるはずなんです。完全に参っちゃってふさぎ込んでるならまだしも、朝田の家に行けるなら岩男の家にも行けるでしょ。
復員した嵩の頭の中から岩男の死を消す、ということは、嵩にとっての戦争体験におけるメインイベントを消すということです。「栄養失調で死にかけた自分」と「撃たれて死んだ岩男」を天秤にかけて、前者のほうがつらいと言ってしまっている。千尋が生き残って自分が死ねばよかった、とは感じても、岩男が生き残って自分が死ねばよかったとは微塵も思ってない。そりゃ岩男との関係性を描いてないからそんなこと思ったら思ったで不自然にはなるんだけど、「幼なじみが戦場で死んだ」ことでお涙を頂戴しておいて、その痛みを整理することを朝田家訪問より後回しにする(もしくは行かないのかな)時点で、この嵩という人があの戦場を体験した人に見えなくなってしまう。明日のぶと再会して何か言うんだろうけど、何を言っても説得力がなくなっちゃうんです。
戦争を通して、別に大したモチベーションがあったわけではない教師という仕事を辞めることができて、カメラと現像と速記というスキルを労なく手に入れたのぶさんと、「戦地では腹が減ってたなぁ」くらいしか思い出のない嵩。その2人が今後、正義とかなんとか言いながらラブストーリーを紡いでいくわけですよ。まあ嵩は鈍感系だから千尋が死に際に「のぶさん……!」って叫んだかどうかなんて想像もしてないだろうけど、この2人の先行きには不安しかないよね。
(文=どらまっ子AKIちゃん)