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『あんぱん』第65回 就職面接の面接官は「弊社を志望した理由を教えてください」と言いましょう

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今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第13週「サラバ 涙」が終わりました。

『あんぱん』ご都合主義の嵐が吹き荒れる

 終戦を迎え、ヒロインののぶさん(今田美桜)は月曜に教師を辞めて、金曜には新聞社に就職。これにてフィクションパートが終了し、史実ベースのパートに移っていくということなんでしょうね。

 フィクションから史実ベースへの接続ポイントですからシナリオ的に難所であることは想像できますけれども、そんなの最初からわかり切ってたことだし、のぶが学生になった第3週以降はこのポイントに向けて物語を積み重ねてきたはずだったんです。

 その前半戦ですが、このドラマがやってきたことは、登場人物の命を踏み潰して主人公たちに必要な成分を抽出するという作業だったと思うんですよね。サバンナでゾウを殺して象牙だけ売っ払う闇商人のやり方ね。

 劇中で死んだゾウを振り返ってみると、まずは最初から死んでた清(ニノ)、この人は戦場で嵩(北村匠海)の夢枕に立って、「おまえの紙芝居は好評だったからエンタメの道へ進め(要約)」みたいなことを言ってましたね。これによって嵩はクリエイターを目指すことになるのでしょう。

 結太郎(加瀬亮)。のぶに「走れ」的なことを言っていましたが、これは後に次郎さん(中島歩)に同じことを言わせて最初の結婚への動機付けに利用されました。それと、嵩に絵を描かせて「のぶが嵩の絵を評価している」という伏線作りですね。この伏線は今後、新聞社で利用されることになりそうです。「紙面にイラストが必要!? 嵩がいるわ!」みたいなことになるんだろうな。

 豪ちゃん(細田佳央太)。さしたる動機もなく教師を目指すことになったのぶを「愛国の鑑」に仕立て上げるためのセルモーターです。幼少期から一緒に暮らしてきて、朝田の家から出た唯一の戦死者なわけですが、終戦を迎えてものぶの口から豪ちゃんの話が出ることは一度もありませんでした。

 寛(竹野内豊)。前半ではやなせ作品の名言botとしてドラマを盛り上げましたが(盛り上げてはいない)、愛国主義に染まったのぶと自由主義に傾倒する嵩をつなぎとめる役割を終えると即退場。嵩に「お父さん」と呼ばれたかったなどという、ありもしない遺志を死後に設定されて不憫でした。ウイスケは羽多子さん(江口のりこ)がおいしく頂きましたよ。

 岩男(濱尾ノリタカ)。まあ戦争ですし嵩の目の前でひとりくらい殺しておこうという悲劇の演出のために配置されたサンドバッグですね。それでも岩男を個人として描いたらまだよかったものの、こともあろうか『チリンの鈴』の引用エピでサクッと片づけられました。死に際に家族の顔すら思い出させてもらえない冷遇ぶり。せめて嵩よ、岩男のデカい実家にドッグタグくらい届けてあげておくれ。

 千尋(中沢元紀)。あれ、こいつなんだったんだ。嵩にコンプレックスを植え付けてウジウジした性格にするためのデコイか。なんか同調圧力に流されて潜水艦に乗ることになって、最後には「不倫するぞ!」とか叫んでたっけ。なんだっけ。

 次郎さん。頭を叩いたらカメラと速記の本が飛び出してきたよ。それだけ出たらもう邪魔なんで死んだけどな。

 という感じで、のぶと嵩という、動機もない、行動原理もない、情熱もない、その人生の選択になんの根拠もない主人公2人をどうにかこうにか動かすために、たくさんの命が捨てられました。人の死で賄えない展開はヤム(阿部サダヲ)と八木(妻夫木聡)というファンタジックな妖精さんでどうにかしてきましたね。

 そうしてたどり着いた史実ベースの新聞社、第65回、振り返りましょう。

「まずは弊社を志望した動機を教えてください」

 帆船モデルの並ぶ部屋でステンドグラスのライトを立ててラジオを聞きながら速記の練習をするなどブルジョアジーな暮らしを謳歌していたのぶさん(無職・20代女性)ですが、下界に降りて下民たちが汚い闇市でカストリ酒を煽る様を眺めながら、焼け出された人たちの声を聞いて「励まされ」ていたところを認められ、新聞社にスカウトされました。

 案の定、のぶをスカウトした東海林(津田健次郎)は覚えていませんし、のぶを採用する権限もありませんでしたが、偶然もうすぐ入社試験があるので、受けてみることに。ラッキーだね。

 そんで筆記試験は「元教師だから」という理由で難なくクリア。面接に臨むことになります。

 まずは高知新報社を志望した動機を聞きたいところですが、聞かないんだよな面接官。聞いたら大変なことになっちゃいます。だって、何もないんだから。速記ができたら「ええ仕事」に就けるらしいから速記を勉強して、ゲスな盗み聞きに興じていたら向こうから転がり込んできた。のぶにとってはマスコミも単なる「ええ仕事」であって、別に速記が使えれば裁判所でも役場でもなんでもよかったわけですから、志望動機を質問するわけにはいかないんですね。志望動機を聞かない就職試験なんて聞いたことないけどね。

 で、面接官は自分たちが書いた軍国主義大礼賛の記事を引き合いに出して、当時取材させていただいたのぶさんを「おまえ軍国主義者だろ」などと詰めてきます。この記事によってのぶさんは周囲から「愛国の鑑」というニックネームを付けられ、その自覚も芽生えていったわけですが、「思想はそう簡単には変わらんですよね」などと言われてしまうわけです。

 これはのぶさん、そのまんまお返ししてあげてください。身内が死んで悲しいから募金活動をしていたガキと、そのガキが顔のいい女子だったから「愛国の鑑」とまつり上げて軍国主義を煽ったマスコミと、どっちが強い思想の持ち主か、考えんでもわかるでしょう。ホント、この面接では何が行われているのよ。

 のぶさんは「軍国教育をしたから教壇に立つ資格はない」とここでも繰り返しますが、これね、同じことをあなた学校を辞めるときに校長や先輩教師に言ったのか? という話なんですよ。「私は」ではないんです。「私たちは」なんですよ。あなたが「資格がない」と言うなら、それは自省であると同時に教師仲間や恩師・黒井雪子(瀧内公美)への糾弾なんですけど、そのへん作り手の方々はどう考えているのかね。なんでスルーできるのかね。

 あとは「アメリカの民主主義が素晴らしいかどうかわからん」とか「自分の目で見極め」とか、嵩や次郎からの受け売り発言ばかり。もともと思想を設定して演出してこなかったから、ここでものぶという人のオリジナルな言葉を吐かせることができないんですよね。

 ダメだこりゃと思ってたら、権限のないはずの東海林が「責任を取る」とか言い出して、結局採用。ここで東海林が語った採用理由は、おおまかにいって「女の子だから」というだけです。筆記試験の会場にはほかにも女性いましたけどね。顔採用ってことでいいんですかね。サイバーエージェントですかね。

 そんな感じで新聞社への入社についてもご都合主義満載でお送りしたわけですが、これねえ、ちょっと嫌な予感がするわけですよ。嫌な予感と言いますか、ちょっとね、来週からおもしろくなるのかもしれないという気がするの。

 ツダケンのキャラは(キャラだけは)めっちゃいいし、のぶについてもハチキンに戻してあげるだけで新米記者として波乱を呼びそうだし、めちゃくちゃ乱暴だったけど邪魔者はすべて片付けたし、格段に見やすくなる予感がする。

 それを素直に喜んで期待できれば健全なんですけど、どうにもね。困ったねこれは。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/27 14:11