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『あんぱん』第71回 筋立ては明確にわかるのに、もう誰が何を考えているのか何もわからない

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第15週、「いざ!東京」だそうです。何が「いざ!」なんですかね。ドラマ的には「いざ!月刊くじら創刊」というところだし、百歩譲って「いざ!嵩とラブ」ですよ。東京なんて知らんよ。

『あんぱん』削ぎ落される主体性

 なんかもう、架空ののぶちゃん(今田美桜)ストーリーを作るのには大変苦労したけれども、ここからは資料もあるし楽チンだ! っていう作り手側の安堵が漏れ出ちゃってるんだよな。「いざ!史実」って感じ。

 ともあれ、今日のところは全然うまくいってないです。うまくいってないどころか、「これはドラマなんだろうか」と思いながら見てしまいました。どの人物の、どのセリフも全然頭に入ってこないんですよ。理解が遮断されている。こういう鑑賞体験はなかなか珍しいところです。

 第71回、振り返りましょう。

初っ端からわからん

 高知新聞の入社試験を受けに来た嵩くん(北村匠海)、何やら緊張しているようですが、この人がなんで新聞社に入りたいのかわかりませんし、採用要綱を見ていないのでどんな職種に応募してきたのかもわかりません。記者、編集者、総務、経理、図案もあるんでしょうけれども、そのあなたがため息で吹き飛ばした紙には何を書くのか、どんな試験問題があるのか、何もわからないんです。

 そういうわからない試験が行われている部屋の外の廊下では、のぶさんがウロウロと不安そうに歩き回っています。

 自分が勤めている新聞社の入社試験を幼なじみが受けに来た、このときののぶさんが何を考えているのかも全然わからない。たぶん「たっすいがーの嵩、ちゃんと試験をできるのだろうか」ということだと思うけど、嵩が緊張してヤバそうなことをのぶが知るのはこのウロウロの後なんだよな。琴子さん(鳴海唯)に「こじゃんと緊張して」「試験問題、床に落としよった」と聞いて、初めて嵩が緊張していることを知っている。じゃあそれまでのウロウロはどういう心境なのか、わからない。これ脚本家や統括さんは説明できるのかな、できるなら聞いてみたいな。

 面接。あいかわらず志望動機は聞かれないし、嵩はまるで生まれて初めての入社試験みたいに緊張してる。この人は東京の製薬会社で1年間の社会人経験があって、そのときにも間違いなく入社試験、入社面接はあったはずなんです。「自己紹介をしろ」と言われたら何を言うべきか、わかっていないはずがない。軍隊では伍長まで務めているし、階級が下の人間を扱っていたこともあるはずだし、目の前で友だちが死んだこともある。何を面接ごときでオドオドしているのかもわからないし、そもそも応募動機が不明なので共感のしようがない。コメディタッチにすれば笑って許してくれるとでも思っているのだろうか。

 そして思想について問われると「自分が正しいと信じていたことが、実はそうでなかった」「自分が正義だと思っていても相手の立場からすると悪になってしまうと思い知らされた」と語ります。「逆転しない正義とは何なのか」。

 嵩が戦争を通して「正しいと信じていたこと」「正義だと思っていたこと」などひとつもなかったはずです。「戦争が大嫌い」だったし、大好きなのぶちゃんと疎遠になったのだって、のぶちゃんの「愛国主義」と自身の考え方が対極にあったからこそだった。そういう物語を作っておいて、ここにきて「正義だと信じていた」などと言われても、嘘つけよ、としか思えない。この人は面接で、仕事については何も答えられないし、思想については嘘をつく、そういう人になってしまっている。

 屋台のシーン。月刊くじらの創刊のためにバタバタと仕事をしていたはずののぶちゃん、入社試験に駆り出されただけでてんやわんやのはずなのに、のんびりコロッケデートの時間はあるんか。

 ここで2人は互いの近況を知らせ合うわけですが、実際に顔を合わせるのはたぶんあの嵩の復員直後のガレキの前で語り合って以来ということなんでしょうね。その間、のぶは自分の記事が一面に載ったりしているし、当然、のぶの家族はそれを知っているだろうし、のぶママ(江口のりこ)と千代子さん(戸田菜穂)はママ友だし、嵩は柳井の家に住んでいるし、「まさかのぶちゃんが新聞社に」というセリフが成立する要素が何もない。そもそもじゃあ、嵩がこの入社試験に来なかったらもう一生会わなかったかもしれないということ? 親友なのに、自分が新聞社に入ったことを知らせるチャンスはいくらでもあるのに知らせないというのは、どういう関係性なわけ? こいつ結婚したことも嵩に知らせなかったし、何考えてんのか全然わかんない。

 嵩はアメリカの雑誌が「すごい」と言います。

「絵も、写真も、記事も、マンガも」「アメリカはあんなにおもしろいものを作ってたんだなって」

 おまえ英語読めるの? いつ勉強したの?

「世界一、おもしろいものを作りたい」

 おまえにとっておもしろいって何なの? 全然おもしろくないドラマの中で語られる「おもしろいもの」って、どう想像したらいいの?

「一番大切なのは情熱やない? 嵩はそれを持ってるがやき」

 のぶは嵩の何を知っているの? どこを評価して「情熱を持っている」と言っているの? 父親が新聞記者だから「受けてみよっかな」と思って入社試験を受けたらしいよ。そんなやつのどこに情熱を見出してるの? 情熱のあるやつはもう描いてるんだよ。家でマンガを描きまくってるんだよ。

その他もろもろ

 もう何にもわかんないんだけど、とにかく嵩が明日、高知新報に挿絵を描くことだけはわかる。そんで、予告で見たからのぶと嵩が机を並べて働くことになることもわかる。

 筋だけが明確にわかって、出てくる人が何を考えているのかも、関係性も、何もわからない。気色悪いドラマだな、本当に。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/07/07 14:00