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『あんぱん』第81回 エモ優先が引き起こすキャラクターたちの人格連続崩壊事案

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今田美桜(写真:サイゾー)

 東海林編集長(ツダケン)がのぶ(今田美桜)にさんざん難癖をつけて「これが世間や」とやるシーンね、単体で見たら悪くないんです。何かの理由で今日から見始めた人がいて、何やら今田美桜が退職するらしい、それを見送る上司の態度として、これ単体は決して悪くない。世間の厳しさ冷たさを演じてみせて、「これが世間や、負けるな、大志を貫け」と説く。どうやら今田美桜には立派な大志がありそうだし、こういう背中の押し方をされたら忘れられないよなぁ、なんて感動的に映るものでしょう。

『あんぱん』無視される現実のルール

 でもこれは2回目なんですよね。のぶが雑誌を辞めて東京に行くかどうか悩んでたとき、東海林は同じ手法でのぶの東京行きを促している。さんざん難癖をつけて突き放すようなことを言ってから「それがおまえや、曲げる必要はない」みたいに肯定して見せて、エモを演出している。

 それをやってるから、今日の東海林の難癖が意味不明なんですよ。後に覆したからどうだという話じゃない。悪態に説得力がなかったら、覆しても何の効果もない。エモを欲張って東海林に2度も同じことをやらせて、結果、人格が崩壊した人に見えてしまっている。

 中園氏の中に「よい上司を演出する」というテンプレートの引き出しがあって、1コだけ出せばいいのに2コ出しちゃったということです。エモの大安売りで東海林のキャラクターもご破算ですよ。

 そしてその大志とやらは、東京で薪鉄子(戸田恵子)という代議士の手伝いをすることだという。具体的に何をするのかも、給料も住まいも私たちは何も知りません。その知らない仕事についてのぶは「子どもたちのための仕事」だと言います。教師を中途半端に放り出したから、子どもにこだわりたいのだそうです。

 劇中、鉄子が女性支援をしている様子はありましたが、子どもの飢餓に取り組んでいる様子はありませんでした。せいぜいキレイなコートか何かを行き倒れた子どもの上にファサっとかぶせてあげたくらいのものです。

 ここまでNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』を見てきて、のぶという人が本当に「子どものための仕事」をしたいと考えているのなら、いくつかの選択肢が浮かんできます。

 教師に戻ること。

「月刊くじら」で引き続き子どもの記事を書いて、世間に飢餓問題を訴えること。

 東京で出会った子ども支援の専門家である八木ちゃん(妻夫木聡)と合流すること。雑誌や新聞のノウハウはなぜかすでに身に着けているから、在京マスコミに八木を売り込むのもいいかもしれないね。

 ドラマが提示してきたさまざまな可能性の中で、鉄子のもとで働くことが、もっとも「子どものため」からかけ離れているように見えるんです。だから、のぶの選択に共感を抱くことができない。

 だいたいね、嫌だなと思ったんですよ、先週のラスト。

 のぶは戦中、教壇に立って「戦争が終わったら子どもたちとみんなであんぱんを食べて笑いたい」と言ってたんです。戦争が終わって、笑ってあんぱんを食べるシーンに、子どもたちなんてひとりもいなかった。結局このドラマは「子どもたち」について、その程度の扱いしかしてないんです。つくづく、自分たちで「大切だ」と言ったものを蔑ろにする作劇を繰り返している。がんばって共感しようとすればするほど裏切られて、嫌な気分になる。

 今日なんて、ツダケンが難癖つけてんのに「そうだそうだ」と思ってたら、それは「妬み僻みだ」と言われましたからね。ケンカ売ってんのか。

 第81回、振り返りましょう。

嵩の恋は謎だらけ

「先に東京で待ってる」と、史実では小松暢さんがやなせたかし先生に言ったのだそうですね。さすがにこのセリフを挿入するのは、この感じでは難しいかなと思ってたんですが、あっさり入れてきましたね。難しいも何も、入れちゃえばいいということなんでしょう。

「嵩も東京へ行きたいが?」
「そりゃ行きたいよ」

 なんの脈略もなくそう言わせてしまえば「待ってる」と言えますよね。なんで嵩は、いつから、東京に行きたいわけ? 東京生まれだし、学校も東京だし、東京の製薬会社で1年働いてたし、実家は太いし、いつでも東京に行けたやん。今でも行こうと思えば行けるやん。高知から出られない理由なんてある?

 というか、いつの間にか嵩はのぶにゾッコンってことになってますけど、復員してから高知新報の入社試験で再会するまで1回しか会ってないよね。入社後も特に気を惹かれるようなエピソードはないし、「表紙に似顔絵を描いた」とか「マンガのモデルにしている」とか、全然そうは見えない小道具を「そうである」と勝手に定義して「だから好きである」とされても、それがラブストーリーには見えないんですよ。

 そして今日の回では、同僚にそそのかされるとイラストの仕事を放り出してしまう。

 嵩という人物の根源について、今のところ「恋」と「創作」ということになっていると思うんですけど、その2つともが適当な感じなんですよね。のぶ側の物語の進行のしわ寄せを食って、まるで生きた人間に見えなくなっている。やなせたかしが、生きた人間に見えなくなってるんですよ。一大事です。

 赤いハンドバッグもさ、一度は千尋に「好きな人に渡せ」と言ってプレゼントして、その千尋はのぶへの思いを絶叫しながら死んでいったわけですよ。明らかに買ったときとは意味変わってるじゃん。よくそんなの渡そうと思うよ。汽車の時間くらい調べとけよ。もうむちゃくちゃだよ。

 あと今日イチでヤベーと思ったセリフはのぶが琴子に言った「琴子さんも忙しゅうなるね」です。昨日までお茶くみでヒマだったけど、あたしがいなくなったら仕事ゲットで忙しゅうなるね。なんちゅー嫌味な女なのよ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/07/21 14:00