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『あんぱん』第125回 「子どもが笑った」「戦争は悲しい」を担保に視聴者に思考停止を促している

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『あんぱん』主演の今田美桜(写真:サイゾー)

 普通にドラマを見るときですね、臨場感というものを感じたいと思うわけですよ。例えば音楽ライブのシーンがあったら自分もそのライブを体験しているかのように感じたいし、崖っぷちの殺人現場だったら、自分が今すぐ殺されてしまうのではないかというスリルを覚えたい。

『あんぱん』それは単なる赤字解消じゃないか

 たぶん世の中のほとんどの脚本家・演出家というのは、ライブのシーンならライブを、殺人現場なら殺人を視聴者に疑似体験させるべく頭をひねってると思うんだよな。出来る限りノイズを排除して、視聴者がもともと持っている体験や常識を刺激することで、「まるでボクたちもそこにいるみたい!」と思わせるからこそ、視聴者は画面に没頭するし、結果、満足を得るわけです。

 作り手側が100%、視聴者の視聴欲を満たすことだけを考えるべきだとは思いません。そこにエゴがあったっていいし、イデオロギーや、あえての“ウケ線狙い”つまりは商業主義があったっていい。そうしたいろんな要素を丸っと丸めておもしろければそれでいいし、つまんなきゃつまんないって言うしかない。

 そんなことを考えながら、今日のNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』のミュージカルシーンを眺めていたわけです。あわよくば、臨場感を感じたいと思いながら。あの『おむすび』ですら、糸島フェスのシーンには高揚感がありましたからね。

 第125回、振り返りましょう。

客電消せ

 画面の中では、のぶさん(今田美桜)がカメラで客席の子どもたちをパシャパシャと撮っていました。あれは次郎さんの形見のライカですかね。もう何十年もたってるけど、ずいぶん物持ちがいいんだな。

 それはそうと、客席の電気を消してはくれないか。

 そんなに舞台とかミュージカルとかたくさん見るわけじゃないけど、公演中に客席の電気が上がりっぱなしのステージなんてあるんですかね。著しく、臨場感を削ぐ演出ですね。

 それでもなんとか、この身をあの客席に置いてみようとすると、なんですか舞台下手側で派手なババァがこっちにカメラ向けてきて、集中なんてできたもんじゃない。しかもプライバシーなんか知ったこっちゃないようで、シャッターを切りまくっていますよ。X(旧Twitter)なんかに載せるつもりじゃねえだろうな。係員さん! あの迷惑客を排除して!

 ここで『あんぱん』の作り手が視聴者の臨場感と引き換えに演出したのは「子どもたちの笑顔を次郎さんの形見のカメラで撮るのぶ」の姿でした。それが『あんぱん』のエゴであり、イデオロギーであり、エモを狙った結果なんです。もうほんとに、ゲンナリしちゃう。

 思い出したのは、ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の稽古場で長々と歌い上げたたくちゃんことミセス大森のシーンです。

 あのシーンの演出には、大森の歌、そのパフォーマンスに視聴者を没頭させようという意図が存在していました。単なる『あんぱん』の脇役による1シーンではなく、J-POP界の至宝・大森元貴のライブを存分に見せようとしていたことは明らかです。

 つまり作り手が価値を置く優先順位が「ミセス大森の歌」>「写真を撮るのぶ」>「ミュージカル『怪傑!アンパンマン』の内容」という序列になっているということなんです。それがこのドラマのマインドなんです。だから子どもがどれだけ笑ってようが、ここで行われているミュージカルが素晴らしいものだとは思えない。作り手側が「あんまり素晴らしくないもの」として描いてしまっているわけだから。

 加えて、コーラスが「欠席」というワケのわからない理由で素人のメイコ(原菜乃華)が出演していたり(プロの役者を揃えたと言ってたよね)、そもそも衣装担当がいなかったり、チケットが売れていなかったり、この舞台についてのネガティブな情報が乱打されるものですから、私たちの中でどんどんこのミュージカルの価値が下がっていきます。

 そうして価値の下がり切った「怪傑!アンパンマン」によって、ヤム、嵩、岩男ジュニアといった戦争経験者や遺族にとっての「戦争」というものが清算されていく。半年間にわたったドラマの主題中の主題が語られていく。

 本来なら「子どもが笑った」「戦争は悲しい」という事実そのものを、このドラマなりの思想で解体・再構築すべき場面において、逆に「子どもが笑った」「戦争は悲しい」という一般常識を担保にして「さすがのぶさん」というエゴを押し通そうとしている。

 今日のミュージカルシーンの客電問題には、『あんぱん』の悪いところが凝縮されていた感じがしますね。要するに、まともに向き合っちゃいけないんだ、こういうのは。「子どもが笑った」「戦争は悲しい」という以上のことは考えても感じてもいけない。そういう、人としての精神的営みをしようとした瞬間に、裏切られることになる。そういうドラマでした。嵩が岩男の墓に花を供えていたって? ふざけんなよ、そんなの通るわけねーだろバカが。

蘭子エロい

 あのー、高知新報でいきなり映画レビューの仕事を始めたときも思ったんですけど、今回の八木ちゃんのパンの差し入れも、なんか蘭子からエロいアレを感じるんだよな。これはこっちのアレでしょうけど。

 ほいたら、また来週ね!

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/09/19 14:00