『ナイトフラワー』北川景子の光る“くたびれ感” 完全無欠キャラから一転、「薄幸路線」を爆走する転機とは

「ママな、絶対負けへんからな」
北川景子(39)の主演作『ナイトフラワー』が11月20日に全国公開され、“母は強し”の泥臭い姿が高く評価されている。2024年1月に第2子を出産後、芸能活動をセーブしてきた北川にとって久しぶりの映画出演、主演は『ファーストラヴ』(2021)以来4年ぶりだ。
北川が演じたのは、2人の子どもを養うためドラッグの密売に手を染めるシングルマザー・永島夏希役。元夫が残した借金の返済を抱えながら、昼は地球儀の製造会社でパート、夜はラブホテルの清掃やスナックのママと寝る間もなく働くが、生活は困窮。人生のどん底に追い詰められつつも、子どもたちの幸せを願って必死にもがく母親像を熱演した。
完全無欠美女→やつれた“薄幸”路線で活躍する北川景子
本人も《一年以上やつれてるor貧しくて食べられない母親をやってます…》とXに投稿していたように、近年の北川は、“薄幸”とでもいうべき役どころが続いている。
直近では、前出『ナイトフラワー』以外にドラマ『あなたを奪ったその日から』(2025)で、食品事故で3歳の娘を失い復讐に燃える母親役。来年5月公開予定の映画『未来』では、父親からの虐待により心を閉ざした女性を演じる。
『美少女戦士セーラームーン』(2003-2004)のセーラーマーズ役としても知られる北川。本人が「20代のころは、完全無欠のバリキャリ役にオファーをいただくことが多くて」(光文社「CLASSY.オンライン」11月28日配信記事)と語っていたように、『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』(2009)では曲がったことが嫌いなヒロイン、『月の恋人〜Moon Lovers〜』(2010)でカリスマモデル役、『謎解きはディナーのあとで』(2011)では世界的大企業の令嬢役など、まっすぐに華がある女性の役で目立ってきた。きりりとした端正な顔立ちとすらりとしたスタイルが醸し出す雰囲気が、ハマり役に思えたものだ。
しかし気がつけば、北川は幸の薄い役どころで重宝されるようになっている。背景には何があるのか――邦画における北川の歩みを映画評論家・前田有一氏に、また地上波ドラマでの活躍をドラマ評論家・木俣冬氏に聞く。
ハリウッドも認めたが…、強い「美」からの脱出にもがいた20代
北川は2003年、女子中高生向けファッション誌「Seventeen」(集英社)主催のオーディション「ミスSEVENTEEN」でモデルデビュー。2006年5月に『間宮兄弟』で映画初出演を果たすやいなや、同年9月には『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』のキャストに起用された。それ自体が作り話のようなシンデレラストーリーに、前田氏は「かなり特殊な経歴の持ち主」と評する。
「『ワイスピ3』出演が決まった際、『無名の日本人女優がハリウッドに大抜擢!』と担ぎ上げられましたが、演技の素養はほとんどない。にもかかわらず北川さんに白羽の矢が立った理由は、その圧倒的な美貌だったと聞きます。実力派が集うハリウッドに、ルックスだけで進出が決まったという前代未聞のケースでした」(前田氏、以下同)
その後、北川は2015年までの10年弱で20本以上もの映画に出演する。平均年間2本というハイペースぶりだが、前田氏は「迷走時代が長く続いた」ことを指摘する。『Dear Friends』(2007)でがんを患う女子高生、戦争を主題とした『真夏のオリオン』(2009)では紅一点かつ1人2役に挑戦。『花のあと』(2010)では時代劇、『ルームメイト』(2013)で多重人格者……等々。「バリキャリ&完全無欠美女」から脱出するかのように、手当たり次第に挑んだ役の多様さは目を引くものの、“代表作”と呼べるほどの作品はピンとこないままだった。
「北川さんのクールな美しさは、制作側が“崩したくなる”のでしょう。いろんな役でのさまざまな顔を見てみたい、引き出したいという意欲を呼び覚ますんだと思います。が、実際演技が上手かというと、微妙な作品もあった。
ただ、それでも出演が途切れなかったのは、現場ウケがいいからでしょうね。とにかく真面目で、所属事務所(『スターダストプロモーション』)にはキャリア初期から20年以上在籍。20代の頃、バラエティ番組で見せたお箸の持ち方がきたないことをSNSで指摘されると、努力で矯正したのは有名なエピソードです。ブログも丁寧な文章で自分の言葉を記す。根底に人としての信頼感がある」
女優人生のターニングポイントとなった結婚は偶然か、必然か
女優道の歩み方を模索するなか、北川が“薄幸”路線の需要をつかむのは10年ほど前に遡る。
2016年、29歳の時に結婚した北川は、前出「CLASSY.オンライン」で、結婚した途端に母親役や、NHK大河ドラマ『西郷どん』(2018)での気高く可憐な篤姫役など、“これまでにない”種類の役どころに恵まれたことを示唆。「バッと演じる役の幅が広がった」とその実感を語っており、ライフステージの変化が芸能人生に与えた影響は大きかったことがうかがえる。前田氏が北川の軌跡を振り返る。
「結婚前後あたりから北川さんは、美しい外見をもちつつ、人生がイージーモードにならない女性役で存在感を示すようになります。不幸がたくさん降りかかっても、なりふり構わず突き進む。薄幸路線がハマり役だと決定づけたのは、『探偵はBARにいる3』(2017年)でしょう。北川さんは、元従業員の行方不明事件を探るため、探偵を利用するモデル事務所のミステリアスな美女オーナー役。裏では売春のあっせんをやっている二面性があり、ゴージャスな雰囲気に闇を感じさせる怪演が評価されました。いろいろ迷走しましたが、そういう役が北川さんの持ち味だったということです」
「幸薄い」役に北川景子がハマる3つのポイント
それでは、北川の何が幸薄そうな役にハマるのか。前田氏は3つのポイントを挙げる。ひとつめは、ズバリ「表情」だ。
「美人女優というだけならたくさんいますが、北川さんの表情は、“不幸っぽさ”との相性が抜群なんですよね。たとえば笑顔でいうと、その場をパッと明るくするような口角をきゅっと上げた“ハリウッドスマイル”じゃない。日本人特有の困ったような表情で笑う。その影が幸の薄さを感じさせます」
2つめは「媚びのなさ」。
「北川さんにはアンチがいませんよね。『女性が選ぶ“なりたい顔”ランキング』(ORICON NEWS)で8回も首位を獲っていて、スタイルもいいのに、嫌味な部分がない。“男顔”の美人であざとさや媚びがない。多少表情が歪んでも気品が保たれるので、安心して見ていられます」
そして3つめ。前田氏によれば、“薄幸”な役を演じるにあたり重要なポイントは「私生活がクリーンで順調」なことだという。「私生活にスキャンダルや不幸なエピソードがあると、視聴者はそのプライベート情報に引っ張られ、物語に集中できなくなってしまう」ためだ。もともと浮ついた話のなかった北川だが、結婚は結果的にキャリアを広げる“必然”でもあったのだ。
『ばけばけ』『あな奪』 “不幸になりすぎない”北川ならではの魅力
地上波ドラマでも、北川は近年“薄幸”キャラで引っ張りだこ。木俣氏は、「北川景子×薄幸役」が印象的だった作品として、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』(2025)、同大河ドラマ『どうする家康』(2023)、『あなたを奪ったその日から』(2025)を挙げる。
「『ばけばけ』では物乞いまでするようになっています。でも、物乞いしているのに、最初のうちは頭を下げない、息子に『社長になれ』と言うところなど、武家のプライドが高すぎるのと、世間知らずすぎるところが“薄幸”の物悲しさを増幅させました。
『どうする家康』では、お市の方と淀殿、滅びていく一族の最後の生き残りという悲劇の女性の二役で、“薄幸さ”も二倍。『あなたを奪ったその日から』は、誘拐という罪を犯しながら逃亡している日陰の身感が際立ちました」(木俣冬氏、以下同)
とはいえ北川は、生い立ちからして“薄幸”とは縁遠い。三菱重工で重役を務める超エリートの父を持ち、祖父は医師。子どもの頃は医者を目指して中学受験、家の近所では秀才と評判だったとの話もあるほどだ。しかも結婚相手は、元内閣総理大臣・竹下登の孫で人気タレントのDAIGO(47)。もちろん人知れぬ苦労はあるだろうが、表面上はぐうの音も出ないほどの輝かしさだ。
前田氏も指摘していたが、なぜ、私生活が盤石だとその真逆とも言える”薄幸”役が似合うのか。木俣氏は「身近に思えないフィクション感がいい。薄幸にリアリティは要らない」と、私生活とギャップがあるからこそいいのだ、との持論を述べる。
「身も蓋もないですが、薄幸と真逆の“圧倒的な安定の幸福感”があるから。富裕層の家庭に生まれ、富裕層の夫がいて、子育てしながら仕事をしているという、選ばれた人感がありますよね。燦々(さんさん)と幸福そうで、どんなことにも決して崩れない凛とした雰囲気が、没落した役をやったときにわかりやすくギャップを感じられる。そのうえ、不幸すぎる話は見ていてしんどいけれど、不幸になりすぎないので、安心して見られるんです」
たとえどんな不遇な目に遭ったとしても、持ち前のきりりとした美しさが、悲惨さに堕ちすぎないギリギリのラインを保つという北川ならではの武器。どんなに悲惨な役をやっても、視聴者は「でも、この人は私生活が安泰だから大丈夫」と思える人間としての安定感。複雑な憂いと凄みを湛える薄幸路線で、北川は独自の立ち位置を固めていきそうだ。
(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)