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NHKドラマ『火星の女王』映画並みのスケールと超豪華布陣に透ける「海外進出」 巧妙に仕組んだ挑戦は受信料減を打破するか

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菅田将暉(写真:Getty Imagesより)

 放送前から、そのスケールの大きさが話題となっていたNHKドラマ『火星の女王』(NHK総合、全3回)が12月13日にスタートし、2話まで放送された。

原作ファンが全幅の信頼を寄せるワケ

 本作は、NHK放送100周年「宇宙・未来プロジェクト」の一環として、10万人が火星に移住した100年後を舞台に、「地球帰還計画」の裏で巻き起こる数々の事件を描くSF大作。原作は『地図と拳』(集英社)で直木賞を受賞した作家・小川哲が書き下ろし、脚本はアニメ『けいおん!』(2009〜2011)や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018〜2020)シリーズの吉田玲子が担当した。

 主役は国際オーディションで選ばれた台湾の女優、スリ・リン(25)。その他海外から韓国女優のシム・ウンギョン(31)、ナイジェリア俳優のデイェミ・オカンラウォン(44)などの実力派を迎えたほか、日本キャストには菅田将暉(32)、吉岡秀隆(55)、宮沢りえ(52)、岸井ゆきの(33)、菅原小春(33)、滝藤賢一(49)ら豪華キャストが名を連ねる。

 さらに、12月21日からはAmazonプライムビデオで配信。地上波ドラマとしては異例とも思える映画並みの大々的な規模感で、SNSでは放送前から〈スターウォーズ以前からのSFファンとしては感無量〉〈映像とか世界観は『トータル・リコール』みたい〉などと期待を寄せる声があがっていたが、この作品を識者はどう見るか。

日本のドラマが苦手とする「SF」へ、NHKの挑戦

 そもそも、日本の地上波ドラマはSF作品が少ない。実際、現場からの声として、超能力を扱ったSFドラマ『ちょっとだけエスパー』(2025、テレビ朝日系)の脚本家・野木亜紀子氏は、“ドラマの作り手側も観る側も、SFに慣れていない人が多い”ことを指摘した(『リアルサウンド』12月9日配信記事)。そうしたなかでドラマ評論家・吉田潮氏は、NHKが近年「SF大作」に取り組むことを高く評価する。

「地上波ドラマはとかく“日常と地続き”の話が好きで、もはやマンネリ感がある。一方で、SFのようなイマジネーションの世界は、アニメや漫画の方が日本は進んできたきらいがあるんですよね。その点NHKは2022年に『17才の帝国』というSFドラマをやっていて、その脚本が(『火星の女王』と同じ)吉田玲子さん。アニメ作品を多く手がけてきた方だから、“ドラマの常識”にとらわれない描き方ができるのかなと思います」(吉田氏、以下同)

『火星の女王』は地球、火星、民間企業、地下施設など、異なる拠点にいる人物の視点を行き来し、リアルタイムで事件が交錯する構成だ。また、未知の物体をめぐって政治的な攻防が行われる展開は、現実世界の資源問題を想起させるグローバルなテーマ性を持ち、日常系のドラマとは一線を画す。

 吉田氏は、本作の「ファンタジーのなかに、うっすらとリアリティがある」絶妙なさじ加減に注目する。

「SFに必要なものって、現代社会の常識や日常が担保されない“薄気味悪さ”なんですよね。『火星の女王』では、自動翻訳の発達によって母国語が違う人同士で自然な会話が成立したり、体にICタグが埋め込まれ、管理される演出がありますが、現実的な技術だからこそ、“実際に取り入れられた時の不穏さ”を生々しく想像させられる。技術の進歩によって、人間という生き物がどんな憂いをもつことになるか、という“あり得そうな未来”を丁寧にすくい取っているなと思います」

大河も朝ドラも “固定概念”が招くジリ貧と「カラーを変えたい」焦り

 格差社会、差別や貧困、障がい者を取り巻く課題など、現在の社会問題がこれでもかというほど盛り込まれた点も、「地上波ドラマとしてはチャレンジング」だと吉田氏は言う。背景には、若年層どころか壮年層もテレビ離れを起こす今、「次」に進もうとするNHKの姿勢がある。

「今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は庶民の文化芸術を描き、“大河といえば武家物語”という常識から脱却。2027年前期の連続テレビ小説『巡るスワン』はバカリズム脚本、現代の長野県が舞台で、これまでの朝ドラの王道だった“女性が何かを切り開く”物語ではなく、いわゆる“日常系”になりそう。固定概念がついた枠のカラーを変え、新しい視聴層を取り込もうとしている雰囲気を感じます」

 作品の質を高めるため、NHKは脚本のあり方にも柔軟な姿勢を見せる。2022年から脚本開発として「WDR(Writers’ Development Room)」プロジェクトを立ち上げ、海外のドラマ制作現場では一般的な「分業制」を取り入れる試みをスタート。公募で選出された脚本家たちが互いにアイデアを持ち寄り、ブラッシュアップしながら共同執筆を行うことで、クオリティを高めるという試みで、その第一弾が2024年放送、安達祐実(44)主演のドラマ『3000万』(2024)だった。

『火星の女王』は海外ウケを狙えるか

「次」を見据えるなら、配信サービスへの進出は不可欠だ。NHKも、重い腰を上げざるを得なくなっている。アマプラへの進出はわかりやすい例といえるだろう。

「民放にないNHKならではの強みは、どんなドラマでも、必ず近い日時で再放送することなんですよね。たとえば朝ドラは、BSも含めると1日4回も再放送する。そうすることで、“見逃し”ていた視聴者のニーズに応えられるわけですが、今やそもそもテレビを持っていない人も増えました。そういう人たちには、いくら再放送したところで届くことはありません。

 受信料を払っている人向けに、自社サービス『NHK ONE』で見逃し配信をしていますが、番組によってはアマプラでも配信をしています。アマプラでは受信料の支払いに関わらず視聴できる。これから契約してくれる人の導線としての役割も持つでしょう」

 アマプラへ配信し、ヒットとなった作品の代表例に『岸辺露伴は動かない』シリーズがある。さらに劇場版第1作『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(2023)が最終興収12.5億円と人気を博したことは、NHKの本気度、および“外の世界”でも戦えることを示した証左ともいえる。

 ただし、「海外評価」となると話は別になりそうだ。吉田氏は、NHKは放送90年だった2015年、『海外マーケットへの露出や番組販売』をうたって大河ファンタジー『精霊の守り人』(2015)の実写版を制作したものの、(世界では)全然相手にされなかったという黒歴史があることを指摘する。

『精霊の守り人』は、日本発のファンタジー大作を「大河ドラマで培ったノウハウと最新の映像技術を駆使」し、全編4Kで撮影した実写ドラマ。フランス・カンヌで行われた国際映像コンテンツの見本市「MIPTV 2016」に出品するなど、渾身の力作だった……はずだった。

 それから10年。吉田氏は、「海外ウケのために多国籍の俳優を起用という考え方だとしたら、それは間違い。海外の俳優を据えることが、必ずしも国際的に評価されるとは限らない」と言う。

「少なくとも今のところ、海外でウケる日本の映像作品は、日本ならではの文化とか伝統とか、“和”を全面に押し出しているもの」と見る吉田氏は、「いっそ、『そろばん侍 風の市兵衛』(2018)とかのほうがウケるかも……」と、向井理がまさかの“そろばん”と“剣”で悪を裁くNHKドラマを挙げながら、『火星の女王』の海外評価については慎重な見方だ。

日本のテレビが「海外向け」に苦労する根本的な“事情”

 元テレビ朝日社員でプロデューサーの鎮目博道氏は、局の戦略や映像技術の観点から、「世界での評価を狙う作品は、そもそも企画の立て方のスタートポジションが異なる」ことを指摘する。

「日本は、中途半端に国内市場がそこそこあるので、国内でウケればなんとかなるという時代が長かったんですよね。視野が海外に向きにくかった。向ける必然性がなかった、ともいえます。そうしたなかで日本のテレビは、何よりもまず日本人の好みに合わせなくてはならない命題があり、『日本人ならわかるでしょ』という“お約束”でドラマをつくってきちゃった。

 だから、世界を相手にしたコンセプトの立て方や見せ方がわからない。たとえば日曜劇場『VIVANT』(2023、TBS系)もクオリティの高さは話題になりましたし、日本では視聴率もよかったのですが、海外では不発でした。

 一方でNetflixでは『地面師たち』(2023)や『イクサガミ』(2025)のように、日本発でも海外ウケに成功する作品は、はじめから世界に売り出す視点で制作されている。視座が全然違うんです」(鎮目氏、以下同)

 鎮目氏は、本作について「海外に打って出るには課題が残る」と評する。内容はさておき、気になったのは「編集や映像のクオリティ」だという。

「内容も俳優さんも素晴らしいのに、CGはいまひとつだし、演出面も緊迫感やテンポ感に欠ける。もう少し『次はどうなるんだろう』というワクワク感が欲しいところでした」

NHKがお手本とする、海外の公共放送局とは

 鎮目氏はNHKについて、イギリスの公共放送局「BBC」を手本にしているのではないか、と見る。

「受信料の収入減が深刻な状況で、国際的な配信プラットフォームでウケるドラマをつくり、海外からも収入を得ようとするのは、当然の発想です。そしてNHKが公共放送ということを鑑みると、先駆けの成功モデルがBBCです。BBC発のドラマは世界的に人気で、報道だけでなくエンタメ分野でもBBCは広く評価されているんですね。

『火星の女王』は、企画だけ見れば壮大なスケールで映画クオリティなんですけど、“見せ方”などで総合的な力がまだ足りないのかなと。ただ、NHKには海外と戦うぞという気概があって、やりたいことも伝わってきました。NHKは立派な撮影機材を持っているし、番組作りにおいてはやはり安定した力がある。“NHKドラマ”がすごい、と世界で一定のブランディングが浸透するまで、挑戦は続けてほしいと思います」

 NHK発のコンテンツが、世界にそのタイトルを轟かせる日が来るか。

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(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/12/24 22:00