『豊臣兄弟!』史実をスルーするも視聴者を釘付けにした脚本家の胆力、そして描かれたのは「暗黒要素をなるだけ漂白した地獄」

新大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送が始まりました。第1回は「二匹の猿」と題し、アニメーションで始まったイントロに驚きつつも、自由奔放な兄・藤吉郎(のちの豊臣秀吉/池松壮亮さん)の帰還に戸惑いながら、兄のペースに巻き込まれる小一郎(のちの豊臣秀長/仲野太賀さん)の掛け合いがコント番組みたいで、面白く拝見しました。
巻き込まれ体質のキャラクター演技に定評がある仲野太賀さんがキャステイングされた理由がよくわかります。貧しく、地味でも家族を守り続けることだけが人生目標の小一郎に対し、ヒラの足軽なのに「足軽大将」を自称し、上昇思考に燃え、刀で人殺しする技術までいつの間にか覚えて帰ってきた藤吉郎。
毒殺の恐怖に怯える戦国武将の食卓を任されていた織田家の「台所番」にもかかわらず、信長(小栗旬さん)の宿敵である美濃の斎藤義龍(DAIGOさん)と内通していた横川甚内(よこかわ・じんない/勝村正信さん)を斬り殺し、その返り血を浴びた藤吉郎の顔、怖かったですねぇ……奇妙に澄んだまなざしと、顔中が血まみれの対比がすさまじく、あー、こういうシーンのために池松さんが必要なんだろうなぁ……とピンときた筆者です。
前回の特別編で予想したとおり、『豊臣兄弟!』はじわじわと「地獄化」していくドラマではないでしょうか。おそらく「常識の範囲で有能」な小一郎が「狂気の天才」藤吉郎を正気に戻す役割なのでしょうが、最終回に近づくほど両者の対立は深刻になっていくはずです。
戦国モノに飽きてしまった大河ファン
さて、筆者の周辺では『豊臣兄弟!』の感想は二極化しました。年齢に関係なく、見た人は「面白い」といっているのが特色です。「つまらない」という人はいませんでしたが、『光る君へ』、『べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺〜』は見たのに『豊臣兄弟!』は「見ていない」という人がけっこういたのはちょっとした「懸念事項」でしょうか。理由としては「戦国モノ」はもう見飽きた、見なくていいや、という声が目立ちました。
筆者の体感では現在でも「大河」の潜在的視聴者層は人口の15%くらいはあるのですが、その無視できない部分が『独眼竜政宗』など「戦国、あるいは幕末大河」の黄金期に「大河」ファンとなった現・シニア層なのだと思われます。
「大河」製作チームは映像、キャラのビジュアルを革新的にする(『平清盛』、『どうする家康』)、あるいは主人公の定番属性であった「武将」「政治的権力者」をそれ以外――たとえば「文化人」に切り替える(『光る君へ』、『べらぼう』)など、さまざまな革新要素を投入。
先ぼそり(失礼!)なるシニア層に媚びる以外の視聴率回復方法を模索してきたのですが……ついにシニア層の嗜好に全面的に屈服することを選択したのが『豊臣兄弟!』なのかもしれません。まぁ、「戦国大河」というだけで時間になったらテレビの前に座ってくれるシニアという客筋の「読みやすさ」は無視できないのはなんとなくわかります。
ゼロ年代以降、低迷した大河ドラマを救うのは?
改めて2000年代以降の「大河」の歴史を簡単に振り返ってみましょう。
シニア層と若年層の両方に奇跡的に刺さって大ヒットとなった『篤姫』(08年)以降、ここ10数年間もの長期間、NHKの看板番組の「大河ドラマ」は、比較的好調な「朝ドラ」に大きく水をあけられ、少なくとも視聴率の数字は「低調」の時代が続いています。
黄金期にははるか遠く、もはや「青銅の時代」であると考えるしかありません。しかしその「青銅」をなんとか錬金術を使ってでも、「黄金」に変化させられないか……それがCGほぼ不使用、昭和風のマンパワー強調で、積極的に泥臭くした『豊臣兄弟!』にNHKが課した使命なのだと思われます。
第1回だけでも、NHKの思惑がダダ漏れすぎる『豊臣兄弟!』ではありましたが、たしかにドラマとしては面白い。「チョンマゲ」の人物が出ているドラマはよくわからないけど避けがち……という「マゲアレルギー」の人でもうっかり見たら、次回もまた見てしまいそうな内容です。こういう「食わず嫌い層」が「見飽きた層」に代わり、どれくらい流入してくれるかが本作成功の鍵でしょう。
しかし、実は第1回で描かれた内容の大半に、史実性と呼べるものは見られないんですね。たとえば秀長の幼名が「小一郎」というのもフィクション。実際は不明で、兄と合わせて「小竹(こちく、彼らの父の通り名が筑阿弥/竹阿弥なので、その子どもという意味)」などと呼ばれていたらしいことだけわかっています。
藤吉郎が斬り殺した横川甚内も存在がフィクションです。
小一郎の幼馴染で初恋の相手にして、後に妻となる直(なお/白石聖さん)という女性についても史実では本名、素性、その他もろもろが一切不明です。
――と、目につくほとんどすべての要素・事件が脚本家・八津弘幸さんの想像で描かれていたのです。
逆に、想像だけで視聴者の注意を1時間も引きつけるドラマが構築できていたことは凄いのです。「戦国時代らしさとは……」とか「秀長らしさとは……」など、考えれば考えるほどドツボになる問題を、大胆にフィクションに切り替えて魅せてくれた脚本家・八津さんの胆力は相当なものです。
ただ、ここ数年、はじめて豊臣秀長についての信頼できる研究書の数々が出版されるようになり、それらの著者で、今回のドラマの考証者として名前を連ねているにもかかわらず、黒田基樹・柴裕之両先生の著作内容のほとんどがドラマには反映されていないという残念な事実もあります。
しかし結局、「大河ドラマ」はフィクションですから、史実性より、面白く描けるかどうかなんですね……。
とはいいつつ、チクチクとつついていくと、『豊臣兄弟!』は「戦国時代どまんなか」を掲げていますが、それも事実とはいえないです。実際には戦国時代後期が、信長・秀吉・家康という三英傑の時代なのですね。
戦国時代がいつ始まり、終わったかについては、実は諸説あります。歴史教育の現場では応仁元年(1467年)~文明9年(1477年)の「応仁の乱」、近年の一部の学者の間では、明応2年(1493年)の「明応の政変」が戦国時代のはじまりだとされがちです。
「応仁の乱」は長期間にわたる大内乱で、「室町殿」といわれた足利将軍家が「武家の棟梁」として機能不全であり、問題はすべて戦で自力解決するしかないという事実が判明した歴史的大事件です。
「明応の政変」はマイナーですが、管領(=かんれい、幕府における臣下としてのトップ)の細川政元が、気に入らない将軍である足利義稙(あしかが・よしたね、室町幕府第10代将軍)を辞めさせた事件のことです。臣下の意向で、軍事行動に参加中の将軍がクビになってしまったのも衝撃ですが、この後、室町殿の政治的影響力は低下し、それと反比例して日本各地の軍事勢力が伸長していったのでした。
ちなみに応仁の乱から数えて、70~73年後に生まれたのが秀吉、そして秀長です。
全国各地において「臣下」が「主人」を裏切って成り上がる「下剋上」が見られるようになった時代でした。小栗旬さん演じる織田信長も「清須のお殿様」としてドラマに描かれましたが、もともと清須を支配していたのは、信長が属する「織田弾正忠(おだ・だんじょうのちゅう)家」とは異なる系統の「織田大和守家」――つまり織田の本家筋だったのです。
「弾正忠」とは室町幕府が織田信長の父・信秀の時代(またはその直前の先祖)に与えた官名で、彼ら一族の政治的影響力増大の象徴でした。しかも、信秀の時代に「大和守家」は「弾正忠家」のクーデターによって滅亡しています。織田信長とその一族が「清須のお殿様」になれたのは、地位を実力で奪いとった結果だったのです。
史実的に『豊臣兄弟!』の時代を考えると、実際には戦国時代後期であり、「夜明け前が一番暗い」といわれるように、戦国の闇がいっそう深く感じられる戦乱と絶望の時代であったのです。しかしそれをリアルに描くと本当に、本当に地獄ですからね……。
戦国名物の地獄といえば、ドラマにも登場した「野盗」です。秀長の家も襲われ、母・「なか」(坂井真紀さん)、姉・「とも」(宮澤エマさん)、そして妹の「あさひ」(倉沢杏菜さん)も身構えますが、いずれも「貧乏で汚い醜女(しこめ)」という理由で無視されてしまいました。
また、美しく裕福な「直」も、突然登場した藤吉郎の口車でなんとか連れて行かれずに済みました。ただ、実際の「野盗」が狙ったのはなにも財宝や見目麗しい若い女性だけでなく、労働力になるであろう男女や子どもであれば根こそぎ連れ去っていくのが戦国時代のフツーだったのですね。
要するに領主こと戦国武将としては、田畑を耕してくれる領民は「財産」なのです。しかしそれは疫病や戦乱で多くが失われ、残る人も野盗こと「人盗り」に襲われ、簡単に減少しがちな「動産」であり、管理の対象でした。
何かの植物でもあるまいに、生きている人を無理やり生まれた土地から引き剥がしてヨソに連れて行き、農奴みたいに働かせる……「人盗り」の現実は本当に陰惨です。しかも「義の武将」と呼ばれる上杉謙信ですら平気でやらせていた、戦国時代の暗部だったのです。まぁ、それらを含め、さまざま史実どおりに描かないほうがいい(まだ第1回だし)というのが、先週皆さまがご覧になった『豊臣兄弟!』の内実なのでした。我々が見せられたのは「暗黒要素をなるだけ漂泊した地獄」だったのですが、この点を今後、どう改良していけるかで、歴史ファンの評価も定まるでしょう。
――ということで、史実的にどうこういうべき内容ではなかったかもしれませんが、『豊臣兄弟!』第1回目には名作のポテンシャルを感じました。ともあれ、「黄金太閤」こと豊臣秀吉とその弟・秀長を描くわけですから、数字・内容ともに「黄金大河」の再来を目指し、ぜひがんばっていただきたいものです!
(文=堀江宏樹)
