『豊臣兄弟!』舞台は京へ…「軽減税率」を採用する信長から“カツアゲ”を命じられる兄弟、そして政商・今井宗久と「本圀寺の変」の関係

前回(第10回)の『豊臣兄弟!』も面白かったですね。家臣になったばかりの竹中半兵衛(菅田将暉さん)に用意された屋敷のほうが豊臣兄弟よりも広かった理由は、「殿(=信長)の好みじゃ」という秀長(仲野太賀さん)のセリフには大笑いでした。実際は「城持ち」の家系出身の竹中の身分とステイタスに敬意が払われたと見るべきでしょうが……。
それにしても明智光秀(要潤さん)が、従者に変装した足利義昭(尾上右近さん)を連れて美濃入りしてくるとはびっくりしました。何も気づかない豊臣兄弟の横で、竹中半兵衛だけがピーンと来ている様子でしたが、筆者が例の従者を本格的に怪しいと思ったのは、秀吉(池松壮亮さん)たちが明智を団子屋に連れて行った時の従者の待機姿勢です。あまりに存在感がありすぎたんですね。
『勧進帳』という古典歌舞伎があるのですが、弁慶が実は主人の源義経を自分の従者だと偽って、つまり身分偽装で関所を通り抜けようとする演目の大半の場面で、顔を編笠で隠した義経は「しゃがみ立膝」の姿勢でじっとしているだけなのです。
セリフもない、顔も見せない、動きもしない、それでも義経としてのオーラを出し続けるのが名優の証しだと、歌舞伎鑑賞歴ン十年の母から教わり、自分でもそう思っていたのですが、とある歌舞伎俳優さんにお話を聞いたときに「ぼくらの間ではあれは休憩してるだけだよ」「あの役は疲れた体を休めるのにすごくいいんだ」みたいな答えが返ってきて、苦笑したことが思い出されました。足利義昭役の尾上右近さんにも同じことをいわれそうな気もします。
しかしそれでもあえて言わせていただくと、やはりあの「しゃがみ立膝」で独特の存在感が滲み出るのは本職の歌舞伎俳優さんだけです――などと語ってきましたが、あのシーンに史実性はありません。また義昭が変装して美濃に乗り込み……という逸話も少なくとも当時の書物にはないはずで、脚本家の八津弘幸先生の完全オリジナルの展開でありながらめっちゃソレっぽくて面白かったんですよね……。ケレン味あふれる演出で今後ともに楽しませてくれそうで、『豊臣兄弟!』の人気が高いのはよくわかります。
松永久秀と今井宗久という人物
さて信長(小栗旬さん)と義昭が上洛に成功したと思ったら、次回はもう「本圀寺の変」なんですね。前回のラストでちらっと映った竹中直人さん演じる松永久秀のインパクトがすごかったのですけど、来週から登場する堺の豪商・今井宗久(和田正人さん)と並び、要注目キャラになっていくと思われます。
次回のあらすじは以下の通り。
「畿内を手中に収めた信長は、小一郎と藤吉郎に新たな命令を下す。大和を治める武将・松永久秀を介し、堺の商人・今井宗久らに、矢銭二万貫を納めさせろというのだ。だが堺の商人はくせ者ぞろいで、兄弟は苦戦を強いられる。そんな中、将軍となった義昭を引きずり下ろしたい三好三人衆が、信長不在の機会を狙い、義昭のいる京の本圀寺を襲撃する」
歴史に詳しくはないという方には見知らぬ名前が多いと感じるかもしれませんが、『麒麟がくる』(2022年)でも今井宗久(同ドラマでは陣内孝則さん)は登場していましたね。
今井について一言でまとめると、「信長の政商」です。非常に大きな社会的影響力があった堺の「会合衆(えごうしゅう)」の中心人物でもありました。当時の堺の町は特定の武将の配下に入っておらず、有力商人たちの合議による自治で動く町でした。足利義昭を奉じて京都上洛を果たした直後の信長が、そんな堺の会合衆に「矢銭(やせん)二万貫」――現在の数十億円規模の献金を要求し、それで商人たちが大紛糾したのも史実です。
ドラマは今井をはじめ「くせ者ぞろい」の堺商人たちに、信長のムチャブリを呑ませるべく秀長が活躍するという筋書きでしょうが、実際のところ、当時の堺に拒否権などはありませんでした。
永禄11年(1568年)9月、信長は義昭とともに上洛して早々、上京(かみぎょう)地区の富裕層や寺社に多額の矢銭を要求し、支払いを渋られると焼き討ちにしています。また、石山本願寺や摂津港の商人たちにも同じように矢銭を要求して呑ませたのでした。
信長はいわゆる「軽減税率」を採用しており、結果として貧困層の税は軽く、富裕層からガッポリ搾り取るわけですね。現在も少し稼ぐと税金が凄まじく、泣かされるようですが、信長の取り立てはそれどころではありませんでした。断ると燃やされてしまうので、堺も思案のしどころだったのです。
しかし前回のドラマにも登場した三好三人衆と堺はゆかりが深く、彼らが信長から守ってくれるのではないか……という見解が堺の会合衆の間にはありました。
信長のしていることはただのカツアゲで、石山本願寺に要求した5000貫文に対し、堺には2万貫文です。いくら堺の金持ち連中とはいえ、(現在の価値でいうところの)数十億円の現金の準備はすぐには無理ですし、信長も家臣団と“アウェイ”である京都に滞在し続けると経費がばかになりませんから、12月には本国(尾張・美濃)に帰還していったのでした。
すると「鬼の居ぬ間に」と信長がいなくなるのを待っていた三好三人衆が、年が改まってすぐの永禄12年(1569年)1月5日、義昭の滞在先の本圀寺を襲撃してきたのです。しかし救援要請を受けた信長はわずか3日で京都に駆けつけ、三好をバシッと駆逐したのでした――といわれる「本國寺の変」ですが、実際の信長は油断していたというより、三好が攻めてくることは絶対にわかっていたはずで、わざと京都を去っていたのだと思われます。
つまり三好だけでなく、畿内周辺に織田の軍事力の凄さを見せつけるため。そして足利義昭とその家臣たちに信長なしでは、身の安全ひとつ、ろくに保証されないという事実をわからせるための戦略でした。
史実では義昭の家臣である細川藤孝、明智光秀などが三好の襲撃に備えていたこともあり、早期に攻め落とすことが困難だと気づいた三好勢は撤退を考え始め、そこに信長まで物凄い形相で、しかも想定外のスピードで駆けつけてきたので逃走するしかなかった……という展開となりました。
そして、堺の会合衆の中でも時代の変化を読み解くアンテナの持ち主であった今井宗久はこの「本國寺の変」の直後に信長と対面しています。この時、今井は信長を喜ばせるために「松島の茶壺」という名物茶器と名刀という2つのお土産を手に信長のもとを訪問していました。
もともと畿内に勢力を持っていた大名・松永久秀が、足利義昭と上洛してきた信長に臣従したときにも名物茶器を持参し、それで交渉がうまくいったため、今井は「信長は怖いけど、茶器を渡せばイチコロよ」というアドバイスを松永から得ていたのだと思われます。「カツアゲしてくる相手に、土産持参でお愛想しに行くのか?」と驚くかもしれませんが、今井からすれば「この男デキる」と踏んだ信長に取り入ることは、その後のさまざまなビジネスで甘い汁を吸いまくれる特権を買おうとしたにすぎません。
そして実際に今井は堺の商人たちをまとめ上げ、矢銭2万貫の供出にも成功。信長の信頼を勝ち得て、政商として成り上がっていくのでした。信長は「本圀寺の変」の後、足利義昭のために「こんな古い寺にいるから狙われる」と、二条城(現在の二条城とは建物も場所も別)を建ててやるのですが、その建築資材集めなどを手掛け、マージンで儲けることをさっそく許されていたのが今井なのです。
織田信長は配下の武将への恩賞として持ち運び困難でかさばる金銀や、有限の土地ではなく、名物茶器の価値を重視しはじめた人物です。前回のドラマでも蜂須賀正勝(高橋努さん)が信長から褒美として与えられた茶器を「なんじゃ? この汚い碗は!」とボヤいていましたが、史実の今井や信長の世代の茶人たちが重視したのは「何百年前に中国から渡来し、足利将軍家が珍重してきたものでございます」というような由緒書きを持つものばかりでした。つまり、世代を超えた正当な資産価値があるものを彼らは取り扱っていたわけです。今でいう鑑定書付きのヴィンテージのロレックスとか、ハリー・ウィンストンのダイヤモンドとかそういう感じ。
その一方で、「本当にこれにそんな価値があるの?」と言いたくなるような、奇妙な形の茶碗に法外な値段がつけられ、狭い茶室に額を寄せ合うように武将たちが詰めあって茶会を開く……という茶道のイメージは、秀吉が天下人に成り上がった時代に千利休が広めることに成功した「わび茶」特有の世界観です。これらについてもまた機会を改めてお話できると思いますが、今後の『豊臣兄弟!』にますます期待ですね。
(文=堀江宏樹)
| ■「サイゾーアカデミー」公開! 雑誌「サイゾー」、「サイゾーオンライン」編集部がお送りする「サイゾーアカデミー」がスタートしました。 作家・歴史エッセイストの堀江宏樹氏を講師に迎え 『大河ドラマで学ぶ「人生が豊かになる」歴史講座 べらぼう編』 を配信しております。ご興味のある方はこちらより御覧ください。 https://utage-system.com/p/joeGSpR6irlH |
