中国のドラァグクイーンが抱える悩みとは… クラブカルチャーの内情『ファンキータウン』
<配信ドキュメンタリーで巡る裏アジアツアー> 第二回
アジアには世界人口の約60%が住み、GDPの地域別シェアは1980年から約4倍になるなどの爆発的な経済発展を遂げてきた。だが、社会の変化に伴い、所得格差や貧困問題、少子高齢化、非婚化、自殺率の高さなど多くの問題が顕在化してきている。映像配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」の代表・伴野智氏に、いま注目すべきアジアのドキュメンタリー作品をピックアップしてもらおう。
中国・四川省の省都である成都は、人口2100万人を超える大都市だ。経済、物流、交通の中心地であり、『三国志』ファンには劉備玄徳が治めた蜀の首都として馴染み深いだろう。現在、街のあちこちで建築工事が進み、さらなる発展を遂げようとしている。
成都の一角にあるクラブ「ファンキータウン」には、さまざまな国籍と民族、多様な性的嗜好を持つ人々が集まってくる。そんな夜だけ開かれた自由な空間「ファンキータウン」が、若者たちで賑わい、そして閉鎖するまでの日々を追い続けたのが『ファンキータウン 暗黒の光』(原題:The Last Year of Darkness)だ。日本ではあまり知る機会のない、中国のアンダーグランドカルチャーの内情を生々しく伝えている。
若者たちが夜を徹して遊ぶ「ファンキータウン」では、派手な衣装でパフォーマンスを繰り広げるドラァグクイーンがひときわ人目を引く。夜明け前のタクシーに乗ったドラァグクイーンが、ウイッグを取り、メイクを落とすと、まだ幼さの残る少年であることが分かる。
全身にタトゥーを入れているドラァグクイーンは、家族や親戚たちからは将来のことを心配されているが、今はクラブで脚光を浴びる快感から離れることができない。クラブでは人気者だが、アパートに帰ればひとりぼっち。彼がクラブで交流するする仲間たちもどこか寂しげだ。ロシアから来た若い男性も、ゲイのDJたちも、中国の伝統楽器の演奏家である女性も、皆、束の間の刺激、仲間とのささやかな触れ合いを求めてクラブに通っている。
DJのひとりが言う。「バイセクシャルの人間を最も受け入れているのが成都だ」と。酒に酔っての発言ではあるが、性的マイノリティーや精神的に不安定な人たちにとっては、「ファンキータウン」で踊り、酔って過ごす時間だけが、悩みから解放される貴重なひと時であることは確かなようだ。
過大な期待を負わされている中国の若者たち
アジアのドキュメンタリー作品に詳しい伴野氏に、中国の社会状況について語ってもらった。
伴野「前回紹介した『霧の中の子どもたち』*1(https://asiandocs.co.jp/contents/1440)はベトナムの山岳地帯で暮らす少女たちのドキュメンタリーでしたが、『ファンキータウン』は成都という中国の大都会で暮らす若者たちが苦悩している姿を追ったものです。中国はバブル景気で急成長しましたが、今は足踏み状態。中国の若者たちの多くは、親から過剰に期待され、そのプレッシャーに苦しんでいます。この作品は、そんな若者たちが大人になる前のモラトリアムの場所として、クラブに逃げ込んでいる様子を捉えています」
*1:サイゾーオンライン/山岳民族に残る「嫁さらい」の実情を追う 『霧の中の子どもたち』と日本の非婚化
やはり「アジアンドキュメンタリーズ」で配信中の『デジタル人民共和国』(https://asiandocs.co.jp/contents/191)では、中国の若者たちがオンラインセレブの応援に熱中するあまり、少ない稼ぎを削ってまでお気に入りのセレブに「投げ銭」して貢ぐ様子が映し出されている。
中国では一人っ子政策が長く続いたが、親からの愛情を一身に浴びて育った若者は、将来、ひとりで老いた両親の面倒を看ることになる。そのことを重荷に感じ、ネット上の仮想空間へと現実逃避し、ただ寝そべってスマホを見るだけの「寝そべり族」も増えているという。それは、夜だけの自由な世界「ファンキータウン」に通う若者たちにも通じる心理なのかもしれない。
伴野「日本よりも中国のほうが家族や親戚との結びつきが強く、日本人が思っている以上の圧力を若者たちは感じています。バブル景気が終わった中国では、キャリアアップを図ってもなかなかうまくいかず、そのために自己否定感が強くなっているようです。自分は何者なのか、本当にやりたいことは何なのかといった悩みを抱える人から、性的アイデンティティーを模索する人たちまで、自由に受け入れているのがクラブカルチャーなんです」
美しく切り取られた嘔吐シーン
本作を撮ったのは、米国人のベン・ムリンコソン監督。5年間にわたって「ファンキータウン」に集う人たちを密着取材。撮影時間は600時間におよび、編集に2年を費やしたそうだ。
伴野「ムリンコソン監督は『ファンキータウン』で知り合った友達、そして彼らのコミュニティを美しく撮り、映像として残したいと考えたそうです。僕らが見ると現実逃避しているように感じるのですが、ムリンコソン監督は彼らのカルチャーを本当に美しいものと感じながら撮影していたようです。彼らが嫌がるシーンは撮らず、同意の上でカメラを回し続けたと語っています。DJが昼間はバイトに追われる様子など、シビアな現実も交えることで夜のクラブシーンをより幻想的に感じさせる構成です。彼らが嘔吐するシーンがたびたび映し出されますが、彼らは単に酒に酔っているのではなく、吐き出してしまいたいものがあるのでしょうね。実に美しい嘔吐シーンだと思います」
日本の地上波テレビで放映されるドキュメンタリー番組の多くは、視聴者が理解しやすいように説明テロップやナレーションが付いているが、「アジアンドキュメンタリーズ」の配信作品にはそれがない。そのことは、本作を観る上でも重要な役割を果たしている。
伴野「テロップやナレーションがほとんど付いていないからこそ、集中して観ることができ、あたかも自分がその世界の一員になったような感覚が味わえます。自分の知らない世界を擬似体験できるのも、ドキュメンタリー映画の醍醐味です。仮に自分とかけ離れた世界のできごとだったとしても、人の悩みには共通性があるものなので、なんらかの“気づき”を得ることもできる。本作は、自分の将来に悩む日本の若者たちに響く可能性があるので、ぜひ観てもらいたいですね」
成都で暮らす若者たちにとって、数少ない解放区だった「ファンキータウン」。行き場を失った若者たちはどうなったのだろうか。カメラに向かって「女性に見られるのは好きじゃない。すごく嫌なんだ」と本音を漏らしていたドラァグクイーンの少年は、大人の社会に溶け込むことができたのだろうか。夜明け前がいちばん暗い。中国の若者たちの心情を描いた本作を観て、そんな言葉が思い浮かんだ。
(文=長野辰次)
『ファンキータウン 暗黒の光』はアジアンドキュメンタリーズで配信中
『ファンキータウン 暗黒の光』(https://asiandocs.co.jp/contents/1418?fcid=15)
製作国/中国、アメリカ 監督/ベン・ムリンコソン 音楽/YouTooCanWoo/2023年製作/作品時間90分
「アジアドキュメンタリーズ」
https://asiandocs.co.jp/