児童・生徒の8人に1人がホームレス 観光客やビジネスマンが絶対に目にしないニューヨークの真実
世界が恐慌に見舞われても、摩天楼が立ち並ぶニューヨークのマンハッタンだけは不況知らずだと言われる。世界経済を操り、カネさえあれば楽しい生活が送れるマンハッタンはニューヨークの「真実」であるが、正反対の顔も持つ。もうひとつの「真実」は貧困である。
ニューヨークの公立学校に通う児童・生徒の8人に1人が定住する場所がないホームレスであるという調査結果が、昨年11月18日に公表されたデータで明らかになった。
問題の深刻さが伝わらない理由
児童保護団体「Advocates for Children of New York」(AFC)によると、2023学校年度(2023年9~2024年6月)に公立学校に在籍した児童・生徒のうち、定住地のない子どもは約14万6000人にのぼった。このうち約41%に当たる約6万400人は、シェルターと呼ばれる市のホームレス避難所に住み、約54%に当たる約7万9000人は、経済的困窮から一時的に親せきや親の友人の家に住む。残りの約5%は夜を過ごすための十分な居住場所がない。
ニューヨークでは新型コロナウイルスの感染拡大以降、路上のホームレスが目立つようになったが、「あふれかえっている」という印象はない。このため、西海岸のロサンゼルスやサンフランシスコほど見た目ではホームレス問題の深刻さが伝わってこないが、2022年以降、メキシコ側から国境を渡って米国に入ってきた不法移民(亡命希望者)のうちの約21万人が、テキサス州やフロリダ州などからバスで送り込まれ、ニューヨークのシェルターは満杯の状態になっている。
これに伴い2023学校年度のホームレス児童・生徒の数は、前年度に比べ約23%も急増した。
ただ、ホームレス児童・生徒の数が10万人を超えるのはここ数年の話ではなく9年連続でのことで、最新の約14万6000人という数字は不法移民の増加によるものだとして片づけられることではない。
対岸の火事ではない
ニューヨーク・タイムズはこのニュースを伝えた際に、ホームレスになってしまった女性を取材し、経緯を紹介した。現在、ブルックリンのブラウンズビル地区にあるシェルターに身を寄せるジェシカ・ベルトランさんは37歳。住んでいたアパートで火事があり、子ども2人とともに焼け出された。
それまで医療機関や歯科医院で受付の仕事をしていたが、5歳になる息子が自閉症で保育所が決まらずに、失業してしまった。焼け出された後も仕事は見つからず、政府補助のある住宅にも入れないまま、シェルター暮らしが1年になってしまったという。
8歳の娘はシェルター近くの公立小学校に入学させたが、ホームレスであることが同級生にわかってしまい、いじめにあった。やむなく、かつて通っていた小学校に戻したが、遠方にあるため、母子ともに負担が大きいという。公立学校に通うホームレスの児童・生徒の半数以上が慢性的な不登校状態にあると、AFCは分析している。
失業や火災、水難など誰にでも起こりえる予期せぬ問題が1つでも自分の身に降りかかると、ホームレスになってしまうのがニューヨークの現状なのである。
仕事があっても十分な食事が得られないという現実
新型コロナ後の経済の混乱による物価高は、低所得者層を直撃している。フルタイムの仕事を持っている人でも、給与だけでは食料が十分に調達できない。
長年、貧困問題に取り組む慈善団体「Robin Hood」による食料配給の利用状況調査では、2023年には、仕事を持つニューヨーカーのうちの11%が、教会やボランティア団体による無料の食料配給を利用したことがわかった。仕事があっても、約1割の市民が配給なしには十分な食事が得られないでいるということだ。
調査は2015年からコロンビア大学と共同で行われているが、仕事を持っているニューヨーカーの食料配給利用率は、新型コロナ前の2019年の5%から劇的に上昇した。
食料配給を利用した市民を含め成人の31%、また子どもがいる世帯の44%が、自らの収入で食料調達が難しくなっていると答えている。
旅行者が多く行き交うマンハッタンの中心部ではあまり見かけないが、ブロンクスやブルックリン、クイーンズなど旅行者が踏み入らない地域では、SNAP給付金と呼ばれる低所得者の食料調達を支援する連邦補助制度を利用している人々は、当たり前のようにいる。日本の生活保護に似た制度だ。
筆者はベルトランさんが身を寄せるシェルターがあるブラウンズビルの隣町に住んでいるが、街角にあるデリと呼ばれる雑貨店で買い物をしていると、ほとんどの買い物客がSNAP給付金が振り込まれた電子カードで決済しているのが見て取れる。
デリで買い物をしていると見知らぬ人から食べ物をおごってくれとせがまれることが、2週間に1回ほどある。
「Robin Hood」の調査は、SNAP給付金を利用できる給与限度額を上回る収入を得ている市民に食料難の危機が迫っていることを示しており、ニューヨークの貧困は行政が線引きしたくくりを超えて広がっていることを示している。「Robin Hood」が弾き出した最新のニューヨークの貧困率は23%。全米平均値12%のほぼ2倍だ。また、ニューヨークの人口の56%に当たる約460万人が、貧困ラインすれすれの水準で生活している。
これが、日本人観光客やビジネスマンがまったく見ることのないニューヨークの「真実」である。
(文=言問通)