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生きたまま火をつけられ…ニューヨークの地下鉄、止まらぬ暴力に広がる恐怖感

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イメージ画像(写真:Getty Imagesより)

 着衣に火を放たれて女性が焼死し、寝入っていた男性のバッグを盗もうとした2人組が男性ともみ合いになり2人が死傷した。突き落とされて男性が頭蓋骨を骨折し、2つの別々の刃物事件が17分間隔で起きた後、24時間しないうちに清掃職員が口論の末に刺された。年末から1月2日にかけての10日あまりでニューヨークの地下鉄で発生した重大事件だ。地下鉄に対する市民の不安は加速度的に強まっている。

身動きすることなく焼死 その様子をながめる容疑者は不法移民

 耳を疑うような事件は日曜日の朝に起きた。12月22日午前7時30分ごろ、ブルックリンにあるコニーアイランド・スティルウェル・アベニュー駅に停止していた地下鉄Fラインの車内で、男が眠っていた女性の着衣にライターで火をつけた。火はあっという間に全身に広がり、女性はほとんど身動きすることなく、この場で焼死した。

 火をつけた後、男は燃える女性をホームのベンチに座ってながめていた。さらに、よく燃えるように炎を自分の衣服であおっていた。その時の様子を他の客が撮影した動画はSNSで瞬時に拡散された。

 現場となったコニーアイランド・スティルウェル・アベニュー駅は、Fラインなど4路線の終着駅だ。近くには大西洋に面した遊園地があり、夏場は多くの家族連れなどが訪れる。世界的にも有名な独立記念日(7月4日)のホットドッグ大食い選手権が行われるのもこの遊園地だ。

 ニューヨーク市民にとって、幼少のころからなじみ深い駅での事件は、地下鉄への不安感を増幅させた。

 殺人と放火の容疑で逮捕されたセバスチャン・サペタ容疑者(33)は、事件を起こした電車にクイーンズから乗ってきた。取り調べに対し「酒を飲み、覚えていない」と容疑を否認している。

 サペタ容疑者は中米グアテマラからの不法移民だ。2018年に強制送還されたが、再び米国に不法入国し、ニューヨークで暮らしていた。最近まで、ブルックリンにある薬物乱用者の矯正施設に身を寄せていたが、現在はホームレス状態だった。

自己破産してホームレスになった被害者 親族からの問い合わせもなく

 焼死した女性の身元確認は難航した。所持品は灰となり、遺体の損傷が激しかったからだ。有力な行方不明者情報がニューヨーク市警に寄せられることもなかった。

 それでも、わずかに残った指紋や地下鉄に乗り込む際の防犯カメラの映像などから、事件発生から1週間以上たった12月30日、隣接するニュージャージー州出身のデブリナ・カワムさん(57)だと判明した。

 カワムさんは州立大学を卒業した後、製薬会社の顧客サービス担当として働いていたが、2008年に裁判所に自己破産を申請していた。この20年ほどの間で、公共の場での飲酒や不法侵入、秩序を乱す行為などで数十回、訴追されている。

 11月30日~12月2日までブロンクスの女性向けのホームレス収容施設に滞在していた記録はあるが、その後の滞在地は確認されていない。

 事件当日、ニューヨークは猛烈な寒波に見舞われ、気温はマイナス10度を下回った。2人に面識はなく、24時間運行されている地下鉄車内で夜を過ごすため、たまたま同じ電車に乗り合わせたとみられている。

突き落とされて頭蓋骨骨折 止まらぬ刃物事件、車内でもホームでも

 事件のあったFラインでは12月11日夕方、停電で駅間に2本の電車が止まってしまい、約3500人が2時間ほど、暗闇の車内に閉じ込められるという事態が起きている。乗客はトンネル内を歩いて非常口から地上に避難した。

 Fライン沿線の居住者は「呪われた路線だ」と嘆くが、「呪われた」のはFラインだけではなかった。

 コニーアイランドでの事件の7時間前の12月22日午前0時半ごろ、クイーンズを走行中の7ラインの車内で、寝ていた69歳の男性のバッグを2人組が盗もうとし、男性が気づいてもみ合いになった。男性はナイフを取り出して2人組に切り付け、2人組のうちの1人である37歳の男性が刺されて死亡した。69歳の男性は、正当防衛の主張が認められ、訴追されていない。

 年越しと新年も血なまぐさい事件が止まることはなかった。

 12月31日午後1時半ごろには、マンハッタンにある1ラインの18thストリート駅のホームで、スマートフォンを見ながら電車を待っていた45歳の男性が、駆け寄ってきた23歳の男に到着した車両の進路に向かって突き飛ばされた。

 男性は一命を取り留めたものの、頭蓋骨骨折と脾臓破裂の重体で入院している。

 23歳の男は殺人未遂容疑などで逮捕されたが、男は過去に暴行やいやがらせで9回の逮捕歴があった。

 年が明け1月1日午前9時半ごろには、マンハッタンにある1ラインのカセドラル・パークウェイ駅でホームにいた男性が、赤いセーターに黒いジャケット姿の男に頭や腕、腰などを繰り返し刺された。この事件の17分後には、同じマンハッタンにある2ラインの14thストリート駅で男性が背中を刺された。

 ニューヨーク市警は2件をまったく別の事件として捜査し、容疑者の行方を負っている。

 1月2日午前6時半ごろには、ブロンクスにある5ラインのペルハム・パークウェイ駅で地下鉄の清掃職員が口論となった男に2度刺され、病院に運ばれた。こちらも容疑者は逃走している。

「犯罪減った」知事の言葉に説得力なし

 2024年にニューヨークの地下鉄で起きた殺人事件は10件となり、前年の2倍となった。正当防衛や裁判で無罪になったケースを含めれば「暴力行為で乗客が死亡したケース」は12件にのぼる。

 ニューヨーク州のホークル知事は安全確保のために地下鉄に州兵を配置した2024年3月以降、地下鉄施設での事件は約10%減少したと説明するが、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年には殺人事件は3件だったことを考えると、市民が地下鉄の安全性に不安を強めるのは当然である。

 線路への突き落とし事件は2019年には20件あったが2024年は25件となり、2週間に1回のペースで起きている。他の暴行事件は2019年から約55%増加しており、ホークル知事が「減少した」と主張する数字の意味に説得力はない。

(文=言問通)

言問通

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆。

最終更新:2025/01/11 14:00