「領土拡張」を平気で口にするトランプ氏 カナダ首相を「州知事」呼ばわり
トランプ次期大統領が「領土拡張」を盛んに口にしている。隣国カナダに向けて米国の51番目の州になればいいと繰り返し発言し、中米パナマにはパナマ運河の返還を求めている。北方のデンマーク領グリーンランドに対しては米国への身売りを迫る。帝国主義による植民地政策を彷彿とさせる物言いに、身内の共和党内でも「単なるジョーク」ととらえる向きがある一方で、「パナマとグリーンランドについては本気だ」との分析もある。トランプ次期大統領の真意ははっきりしないが、ターゲットにされた国と地域は怒り心頭だ。
税金60%カット、ビジネスすぐ2倍
2024年のクリスマス当日、トランプ次期大統領は自らが創設したソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に挑発的なメッセージを投稿した。カナダ、パナマ運河、グリーンランドのいずれをも、米国が支配する可能性を示唆するような書き込みだ。
カナダについてはトルドー首相を「州知事」の肩書で呼び、「市民税が高すぎるが、カナダが51番目の州になれば税金は60%以上カットされ、ビジネスは即座に2倍の規模になるだろう。そして軍事的にも保護されることになるだろう」と記した。
大統領選に当選後、トランプ次期大統領は、カナダに対し不法移民や麻薬の米国への流入を止めなければ25%の関税を課すと脅している。
11月29日にはトルドー首相が、米フロリダ州のトランプ次期大統領の私邸「マール・ア・ラーゴ」を訪ね、トランプ次期大統領と食事をしながら約3時間会談した。カナダとしては妥協点を探ることが目的だったが、この席でトランプ次期大統領は「州知事になることもできる」とトルドー首相をからかったという。
就任前の直談判で国民に手柄をアピールしたかったトルドー首相は、顔に泥を塗られてしまった。その腹いせとばかりに12月10日、トランプ次期政権が関税をかけたらカナダは報復も辞さないことを明らかにした。
返す刀でトランプ次期大統領は、その日のうちに「偉大な州のトルドー知事と食事ができてよかった。関税と貿易の詳細についての話し合いを続けるために、再び会うことを楽しみにしている」とソーシャルメディアに書き込み、「カナダいじめ」を強めた。
カナダ国内ではトランプ次期大統領の発言への怒りは強く、オンタリオ州のフォード首相はトランプ次期大統領が関税の導入に踏み切った場合は「米国へのエネルギー供給を止める」と話している。
トランプ次期大統領のクリスマスの投稿は、「泥仕合」の延長線上で、カナダ側の怒りをあおった。
事実関係あいまい 通行料下げなければ「パナマ運河返せ」
パナマ運河については、中南米での影響力を強める中国と絡めて投稿した。
「愛情を込めて、しかし違法にパナマ運河を運営している素晴らしい中国の兵士も含めてメリークリスマス」
110年前のパナマ運河の建設で3万8000人の米国人の命が失われたと言及し、パナマ政府に運河の返還を求めた。
パナマ運河についてトランプ次期大統領は、12月22日にアリゾナ州で開かれた保守派の会議で、パナマがパナマ運河を利用する米国の船舶に「非常に不公平な」通行料を課していると発言し、通行料の引き下げがなければパナマ運河の米国への返還をパナマ政府に迫った。
米国は20世紀初頭、コロンビアからの独立をめざすパナマを支援するためパナマ運河を建設した。1914年に完成して以降、運河の管理権を握っていたが、運河はカーター政権時代の合意に基づいて1999年にパナマに返還された。
中南米ではこの10年ほどで、中国の経済的影響力が急拡大した。長く台湾と外国関係を維持してきたパナマは、2017年6月に台湾と断交し中国と外交関係を樹立した。パナマ運河の一部の港湾は現在、香港系企業が管理している。
パナマ運河の「一番の利用客」は米国であり、こうした状況にトランプ次期大統領は業を煮やしている。
パナマ政府が不公平な利用料を米国に課している様子は見られないが、トランプ次期大統領は脅しの材料にした。
パナマのムリノ大統領は「運河とその周辺の地域は、すべてパナマのものだ。通行料は気まぐれに設定されているわけではない。現実をねじ曲げる主張を強く拒否する」と厳しい調子でトランプ次期大統領を非難した。
グリーンランド購入意欲再び 対抗策で地元は独立急ぐ
グリーンランドの購入についてトランプ次期大統領は、前回の政権時でも強い意欲を示していた。グリーンランドは世界最大の島。天然資源が豊富なうえ、米国とロシアの中間に位置し、地政学的にも重要ポイントだ。地球温暖化で北海航路の重要性が一段と高まっていることもあり、トランプ次期大統領は強い関心を示し続けている。米軍基地もあり、政庁所在地のヌークはコペンハーゲンよりもワシントンに近い。
トランプ次期大統領は12月22日に「国家安全保障や世界の自由のために、米国はグリーンランドの所有権と管理が絶対に必要だと感じている」とソーシャルメディアに書き込んだ。
これに対してグリーンランド自治政府のエーエデ首相は「我々は売り物ではない」と反発した。デンマーク政府もグリーンランド向けの防衛費の拡張を表明した。
トランプ次期大統領はクリスマスの投稿で「国家安全保障の目的で米国に必要とされており、米国の存在を望んでいる」と記し、追い打ちをかけた。
引き下がれないエーエデ首相は元日の新年のスピーチで、トランプ次期政権からの介入をかわすため、独立に向けた動きを強めることを表明した。1953年までデンマークの植民地だったグリーンランドは独立機運が年々高まっている。1979年に自治権を持ち、2008年には国民投票で独立の有無を決められるようになった。トランプ次期大統領の動き次第では、住民投票は2025年中にも実施される可能性がある。
血祭りにあげられた国と地域は、同盟国やこれまで米国と関係が近いところばかりだ。近い関係だろうと相手を脅して実を取るというやり方は、前回の政権時と同じで、新政権もあちらこちらに亀裂を生じさせながら、自我を押し通す道を歩みそうだ。
(文=言問通)