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退職代行サービスの光と影ーSNS絶賛の裏に「非弁行為」と「事件屋」の存在

退職代行サービスの光と影ーSNS絶賛の裏に「非弁行為」と「事件屋」の存在の画像1
「ブラック企業を辞めたいのに、退職代行もグレーて…」(写真:Getty Imagesより)

「退職代行を使って、ブラック企業を辞めてやったぜ!」

 そんな投稿とともに、SNSを中心に急速に知名度が高まった退職代行サービス。この年末年始は怒涛の9連休だったため、仕事始めの日には会社に行く気がなくなり、退職者が続出。その際にも同サービスを手掛ける「モームリ」の利用者が増えたというニュースが流れていた。

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 「退職代行「モームリ」、1月の依頼件数が過去最多 月末までに2000件超の見通し」(ITmedia 2025年01月27日 14時48分 公開)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2501/27/news141.html

 テレビやSNSでのヒロイックな盛り上がりの一方で、実は東京弁護士会が2024年11月末に、異例の声明を発表していた。曰く、「退職代行サービス」を名乗る業者の中には、「非弁行為」に抵触しているケースがあるという。

 資格のない業者が違法な交渉を行い、あまつさえ「事件屋」と呼ばれるような業者が介在し、かえって労働者の権利を奪っているようなケースもあるとも聞く。こうした状況を受けて、東京弁護士会も違法業者の取り締まりに乗り出すようだ。

「退職代行サービスと弁護士法違反」(2024年11月22日 東京弁護士会非弁護士取締委員会発表)
https://www.toben.or.jp/know/iinkai/hiben/fyi/column/post_3.html

 最近では、SNSでも「このサービスを使って辞めたやつが知りたい」「これが使われた会社のリストがほしい」といった声も出てくるようになった。あまりにSNSでのヒロイックな盛り上がりを見せたためか、反発の声も上がってきている。

 一部の悪徳業者のせいで悪評が立ち、このサービス自体が使い物にならなくなってしまうようなことは、本来なら、適正に得られるべき労働者の権利を損ないかねない。

 そもそも、この「退職代行サービス」とは一体どういうものなのか? 非弁行為に抵触するケースとはどういうものなのか? ーーその実情について、弁護士法人若井綜合法律事務所の小菅哲宏弁護士に聞いた。

退職代行サービスは「タイパ」最強? なぜ広がったのか

ーー 最近、SNSで「退職代行サービスを使って即日退職!」みたいな投稿をよく見かけ、ここ5年ほどで一気に普及した印象があります。このサービスはどんなものなのでしょうか?

小菅 ドラマなどで退職をするときに「退職願」を出すシーンをよく見かけますが、実は法律で書類提出が義務付けられているわけではありません。口頭で告げても構わないんですね。退職代行サービスといわれるものは、第三者が顧客の代わりに、所属企業に対して退職する旨を告げるというものです。退職に伴って発生する、社会保険関係などの書類のやり取りや、社員証やカードキーの返却など物品の受け渡しの代行をすることもあります。ただ、「退職代行サービス」とよく言われますが、正確には「退職”手続き”代行サービス」ですね。

 退職に関しては、民法の627条に、”雇用契約の解約の申し入れ”が規定されていて、解約の申し入れ日から2週間経過することによって雇用が終了するとされています。つまり、2週間前に退職を告げれば、自由に退職ができるわけです。なおこれは、雇用期間の定めのない労働者の話なので、有期雇用だと少し変わります。また、いずれの場合でも、やむを得ない事由があれば、即時に退職が可能です。

 よく雇用契約書や雇用条件通知書に、「退職する場合は1カ月前に通知してください」などと記されていますが、退職においては、民法の規定や判例が優先されます。そのため、「今すぐ辞めたいのに契約上辞められない」「退職に関する法律をしらない」といった方々も利用されます。

ーーそう考えるとたしかに、法律を元にしたサービスなので労働者にはありがたい仕組みです。正しくこのサービスの有効性が広まるなら、よいことですね。

小菅 おっしゃる通り、元々はブラック企業問題の中で注目されたもので、「辞めたいのに辞められない人を救う最後の手段」として位置づけられていたのではないでしょうか。実際に利用される方も「上司のパワハラがひどい」とか「暴力を振るわれる恐れを感じてしまう」という悩みを抱えていました。弊事務所が手掛けた限りですと、いわゆる大手企業できちんとした総務部や人事部があるようなところよりも、中小企業や個人事業主に雇われている方が多い印象です。

 ここ数年でサービスがさらに広がった要因として考えられるのは、時代的な背景です。

 ひとつは終身雇用が崩れ、雇用の流動性が非常に高くなったことです。かつては一度、新卒で就職したら簡単に会社を辞めるわけにもいかないという価値観がありましたが、非正規雇用や転職が増え、年々、会社を辞める人そのものが増えています。

 またコロナ禍前後から「コスパ」に加え「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する人が増えています。もし弁護士に一般的な交渉を依頼すると、最低でも10万〜20万円の弁護士費用がかかります。一方で、退職代行サービスであれば、弁護士が運営するものでも3万〜5万円程度で済む。加えて大半のサービスが、依頼すれば、即日または最大でも2週間程度で退職できると謳っています。この「安さ」「手軽さ」が、時代にマッチしているんじゃないでしょうか。

ーー「退職のハードルを下げた」という点ではメリットもありそうですね。

小菅 本当に必要な人にとっては有用なサービスです。一方で「本当に退職代行サービスを使うべきなのか?」というケースも増えていますが、これは上述のとおり、退職をめぐる価値観や倫理観そのものが変化してきているのかもしれません。

「東京弁護士会がついに動いた!?」――異例の声明、裏にある業界の本音

ーーそんな中、昨年末に東京弁護士会が「非弁行為を行う退職代行サービスを取り締まる」と声明を出しました。これはどういう意図があるのでしょうか?

小菅 これは東京に3つある弁護士会の中のひとつ、東京弁護士会の内部の組織である、非弁護士取締委員会が出したものです。

 詳細な意図や経緯はわかりませんが、もしかしたら内部調査で、「非弁行為を行う退職代行サービスがここ1〜2年で急増している」という実態があがってきたのかもしれない。または、違法な業者が退職希望者から金を巻き上げ、法律に違反する行為をしているケースについて情報提供があったのかもしれません。

ーー弁護士会の声明は、その他の件も含めて、結構出るものなんですか?

小菅 弁護士会の声明の大半は、死刑判決が出たときや問題のある法律が制定されたときに会長が出すものです。東京弁護士会の非弁護士取締委員会に限ってみると声明を出すことは多くないようで、ウェブサイトの新着情報に出ているものは、「2024年11月22日 退職代行サービスと弁護士法違反」の1件だけです。

 ただ、「非弁」ではなく、これに似た「非弁提携」だと、同様の声明はそれなりの数が出ているようです。2011年まで遡って、125件ヒットします。直近だと「国際ロマンス詐欺」や「非弁提携・アウトソーシング」などですね。

 弁護士からしてみれば、非弁行為をする者は「けしからん」と思いますし、そのような企業や個人がいるならば、処罰を受けるべきです。ただ、非弁行為として実際に刑事告発まで至るケースは、各弁護士会の統計を見ても、そこまで多くないようです。

「退職代行サービス」は違法業者だらけなのか

ーーでは、今回問題視されている「非弁行為を行う業者」とは具体的にどんなことをしているのでしょうか?

小菅 まず「弁護士資格なしで法律事務を行うこと」は弁護士法違反(非弁行為) にあたります。例外的に、労働組合であれば、団体交渉として行える場合があります。そうした資格を有していない業者が、利用者の退職の意思を「伝える」だけなら”使者”という形で可能です。退職代行業者は、この使者を介して退職の意思を伝えることをもって”代行”と言っているようです。

 使者ではなく、委任を受けた”代理人”弁護士の場合は、交渉もできます。例えば「未払い賃金の請求」「パワハラ慰謝料の請求」「有給消化の交渉」などです。一方で、”代行業者”は、依頼者の意思を伝えるという、使者としての役割以上のことはできません。退職代行業者が、法律事務を扱ってしまった場合は、「非弁」です。

「代理権とは」(裁判所Webサイトより)
https://www.courts.go.jp/otsu/vc-files/otsu/file/kouken25hosaninQandA-0404.pdf

 さらに、退職代行業者が依頼料を受けとって、法律事務の処理をしてもらうために提携先の弁護士や労働組合に紹介することは、上記の東京弁護士会の声明によれば、非弁行為にあたり得るとされています。また提携先として、斡旋を受けた弁護士も非弁提携にあたる場合があります。

ーーそうなると、「退職代行サービス」と名乗っている企業で、弁護士と提携していると謳っていても、それが非弁提携にあたる場合があるわけですね。つまり、法律的にあいまいなところをついたビジネスだったものが、かなり話題になって目立ってきた。そこに、非弁護士取締委員会が待ったをかけた、ということなんですね。

小菅 企業側としては収益事業としてやってるわけですから、一般論として言えば、法律的にグレーなところを取り扱ったほうがお金になるわけですよね。退職代行サービスは、売上単価が比較的安く、大量集客が前提となっているビジネスモデルです。こうしたビジネスモデルはSNSとは相性がよいことから、ヒロイックな投稿がなされて盛り上がっている点から見ても、例えば利用者に「こういう風にSNSで投稿してください」といって、大衆の感情を煽ってPVを稼ぐような運用をすることも考えられます。

 一方で、退職代行サービスを利用された企業側は、「どこそこの従業員が退職代行サービスを使ってきた、けしからん」などと呟くと、大炎上する可能性が高いので、黙っているしかない。そうすると、「退職代行を使ってブラック企業に一泡吹かせてやった」というわかりやすいストーリーが出来上がってしまう。さらにそれを第三者が、はやし立てて盛り上がりを見せるというメカニズムは、あるのかもしれません。

退職代行サービスを使う前にチェックするポイントとは?

ーーなるほど。そのメカニズムを考えると、たしかにこのサービス自体を一般化して大量集客を目論むのには、SNSを煽るのが一番ですね。そこに「事件屋」と呼ばれる、他人の紛争に介入することにより、金銭的利益を上げる悪質な業者が入り込んでいるという話を聞いたのですが、ご存知ですか?

小菅 退職代行サービス関連では把握していませんが、「事件屋」は、株主総会における総会屋などのように、その時代でトレンドとなっている紛争を嗅ぎつけて出現します。退職代行サービスをめぐって事件屋が暗躍していても、不思議ではないと思います。

ーーこの件における「事件屋」は、悪質な業者そのものを指すようです。

小菅 退職代行サービス業者を使ったものの結果的にはトラブルになり、もうその手の業者は懲り懲りだとして、弁護士にたどり着く事例は散見されます。そのトラブルの原因が非弁であったり、事件屋であったりすると、利用者も損をしてしまいます。非弁というのは、消費者被害を生むことにつながります。

ーー非弁行為をする業者に頼んでしまうと、例えばせっかく得た慰謝料なども、返金する羽目になりますよね。また、グレーなところを攻めているビジネスなので、裏社会と関わりがある業者も出現してくるかもしれません。「タイパ」をもとめて気軽に利用してしまうと、あらぬトラブルに巻き込まれてしまうリスクがあるということですね。

小菅 退職代行サービスは「必要な人には有用なサービス」ですが、「安いから」「簡単だから」といった理由だけで安易に業者選ぶと、トラブルに巻き込まれる可能性があります。退職時に揉めそうな場合は、最初から弁護士などの専門家に相談するのがベストでしょうね。

(文=大沢野八千代)

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■協力者プロフィール
小菅哲宏(こすげ・あきひろ)
弁護士法人若井綜合法律事務所ジュニアパートナー弁護士・税理士。一橋大学法科大学院卒。労働問題の他、SNSを巡る法律問題を広く扱う。士業の専門家責任の相談にも対応している。

大沢野八千代

1983生まれ。大手エンタメ企業、出版社で勤務後、ネットソリューション企業に転職。PR案件などを手掛けている。KALDIフリーク。

大沢野八千代
最終更新:2025/02/20 18:00