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小神野真弘の「マスゴミ批判をアップデートする」#4

赤いきつねCM“性的”嘘炎上−「リアルタイム検索」が暴くネットニュースの真相

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東洋水産は今のところコメントは出してない。(maruchanchannel「赤いきつね 緑のたぬきウェブCM 「ひとりのよると赤緑」 おうちドラマ編」より)

 東洋水産株式会社の公式Xアカウントが2月6日17時にポストした「#ひとりのよると赤緑」というウェブCMの“炎上”が注目を集めています。

 同社が制作したのは看板商品のカップ麺「赤いきつね」と「緑のたぬき」を題材にしたアニメ形式のCM。「赤いきつね」版は若い女性が頬を赤らめながらカップうどんを食べるという内容で、女性の描かれ方に対して「性的である」「キモい」といった批判が集まっている、と言われています。

 SNSが普及して以来、企業や公共団体がアニメやマンガの女性キャラを広告に用いると必ずと言っていいほど炎上が取り沙汰されます。「女性への偏見を助長する」「青少年に悪影響を及ぼす」など、批判する人々の論旨はさまざまで、確かに広く議論を積み重ねるべきテーマですが、今回はより焦点を絞り、「広告が炎上する構造」について考えてみたいと思います。

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その炎上は本当に存在しているのか

「赤いきつね」CMの炎上騒動は、すでに多くの専門家が指摘しているように、典型的な「非実在型炎上」と考えられます。これは、ある事象に対して、それほど批判が起きていないにもかかわらず、メディアが“炎上”と報じることで、炎上があったと多くの人々が認知してしまうことを指します。

 実際、「赤いきつね」CMはどのような経緯で“炎上”したと見做されるようになったのかを見ていきましょう。

 現在確認できる最も早い段階で炎上を報じた記事のひとつは、株式会社メディア・ヴァーグが運営する「LASISA」という美容系情報サイトが2025年2月17日に配信した「「性的でキモい」 マルちゃん【赤いきつね】アニメCMが炎上 「エロ要素なくない…?」反論多数も、やまぬ批判」(https://lasisa.net/post/91307)です。

 本記事は同日午前6:32にYahoo! ニュースも配信され、本稿を執筆している2月18日21時の時点で、この記事には6000件以上のコメントがついています。Yahoo! ニュースは比較的読まれている記事でもコメント数は数百件が一般的なので、非常に注目された記事といえます。

 ここで注目したいのはタイトルで「アニメCMが炎上」とすでに断定していること。また記事中には「何気ない日常を描いた34秒の動画ですが、これに対し「性的だ」「キモい」などの言葉が向けられています。」「同月16日頃から拡散され、同日22時までに3500万回以上の表示回数と、2.2万件以上の“いいね”、1万件以上のリポストを記録しています。」といった記述があります。

 素直に読めば、東洋水産株式会社が2月6日に公開した動画が16日に何らかの理由でバズり、目の当たりにした人々の多くが生理的嫌悪を催して同日中に炎上状態になった、という印象を受けます。

 しかし、そもそもこの動画は16日の時点で炎上していたのでしょうか。特定の日にちにX上でどのようなコメントがポストされていたかを追跡できるYahoo!リアルタイム検索を用いて、「赤いきつね」という言葉を含むポストがどんな論調であったかを調べてみます(※)。

https://search.yahoo.co.jp/realtime/search?p=%E8%B5%A4%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%A4%E3%81%AD&ei=UTF-8&ifr=tp_sc

(※この機能は非公開アカウントを参照できない等、X全体の動向を精密に把握するには不充分なものです。また、「赤いきつね」という言葉を使わずとも、例えば「なんかうどんの動画が流れてきたんだけど、キモい」といった表現でCMを批判することは可能であり、それらを取りこぼしています。あくまでも、事態の大枠を掴み、分析をするうえである程度の指針になると考えます)。

 公開された2月6日から15日にかけて「赤いきつね」を含むポストは100〜200程度。そして16日から17日にかけて、確かに3819件と急増します。とはいえ、この期間のポストを俯瞰すると「キモい」「AI的である」といったネガティブな意見は見受けられるものの、擁護する意見が目立ちます。

 これが炎上と呼べるかどうかは悩ましいところです。そもそもメディア研究では炎上の定義について統一的な見解が確立されておらず、それぞれの研究者が便宜上の定義を用いているのが現状。参考までに吉野ヒロ子准教授(帝京大学)による定義を引用しておきます。

「短時間のうちに大量の批判がソーシャルメディアなどCGM(※)に書き込まれること、単一のネットサービスのみにではなく複数のネットサービスに批判が広がること」(R)(※Consumer Generated Media。ユーザーの投稿でコンテンツが生成されていくメディア。SNSは総じて該当する)

吉野ヒロ子「ネット炎上を生み出すメディア環境と炎上参加者の特徴の研究(最終版)」より(https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11167888_po_LEDK00125%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E8%AB%96%E6%96%87%E5%85%A8%E6%96%87(%E5%90%89%E9%87%8E%E3%83%92%E3%83%AD%E5%AD%90%EF%BC%89.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

 これを踏まえると、16日から17日にかけてのポストには批判も含まれるものの「大量」と呼ぶには散発的であり、擁護する意見も大量に存在するため、LASISAの記事が断定している「炎上」と呼ぶのは難しいように思われます。

 問題は、LASISAが記事を配信した17日以降です。「赤いきつね」を含むポストが18日にかけて19465件と爆発的に増えるのです。これに呼応するように多くのニュースサイトが類似の記事を配信し、「赤いきつね」炎上騒動が一大トピックとして広く認知されるに至ります。LASISAの記事だけが原因と断ずることはできませんが、メディアに牽引される形で広まった架空の炎上だったという結論が最も適切だと考えられるのです。

繰り返される非実在型炎上とその問題点

 架空の炎上をメディアが生み出す事例は近年たびたび観測されています。最も有名なケースが、コロナ禍の初期にあたる2020年4月に起きた「サザエさんゴールデンウィーク炎上騒動」です。

 現実世界で自粛が求められるなか、同年4月26日に放送された「サザエさん」ではゴールデンウィークに伊豆旅行を楽しむ磯野一家が描かれ、それが不謹慎であるとして炎上した、と「デイリースポーツ」が報道。しかし、後の検証からこの報道の後から炎上の話題がSNSに広がったことがわかり、同媒体に批判が集まりました。このケースに関してはブログサービス「note」のプロデューサー・徳力基彦氏が詳細な解説を行っています。

「サザエさん炎上騒動で考える、テレビの話題に頼るネット報道の問題点」(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b4be6328c3efd2878bfd906f285548370c2fd718

 こうした非実在型炎上が発生する要因として、「ミドルメディア」と呼ばれる比較的小規模なニュースサイトの存在は無視できないものです。

 ミドルメディアの最大の特徴は「ネット上の事件」の報道に特化していること。そしてネット上の事件の際たるものこそ「炎上」です。炎上は年間1000件以上発生しているといわれ、多くの人が危機感を抱くからこそ、炎上を助長するミドルメディアの在り方を再検討すべき時期が来ています。

 というのも、SNS上だけで炎上が拡大するケースは実は多くないのです。まず、何らかの出来事に対してSNS上で批判的な意見が書き込まれたとします。共感する人々にリポストされ、ある程度拡散はされますが、この時点ではほとんど影響力はありません。しかし、ミドルメディアが取り上げ始めることで状況が変わります。

 先述のLASISAやデイリースポーツがそうであるように、一部のミドルメディアは1日5億ページビューを誇るYahoo! ニュースに記事を配信しています。これによって大勢の人々が「炎上(とミドルメディアが呼んでいる事象)」を認知し、なかには炎上に参加する人々が現れ始めるのです(これを経て炎上の規模がより大きくなると週刊誌やワイドショー等のマスメディアが取り上げ、炎上はさらに拡大します)。

 もちろん、ミドルメディアにも社会的意義が存在します。広大なインターネット空間の話題をすべて把握するのは不可能ですから、専業的にSNSの動向をウォッチして報道するミドルメディアは、私たちの情報多様性を確かに豊かにしています。「赤いきつね」CMに嫌悪感を抱く人は確かに存在するので、その声を報じることも大切なことです。

 しかし、賛否がある物事に対し、安易に「炎上」というラベルを貼るのは、存在しない敵を生み出すことに繋がります。「赤いきつね」のケースでも、「CMを批判しているのはツイフェミに違いない」などと怒りを露わにするポストが少なからず存在しました。ツイフェミと呼ばれる人々がCMを批判している証拠などないにもかかわらずです。

 この傾向がさらに深刻化した先に待っているのは社会の分断です。自分と異なる意見を持つ人々は対話不能なモンスターである、という認識が確固たるものになった世界。それは決して居心地の良い場所ではないはずです。

 だからこそ、ミドルメディアが炎上を報じる際、私たちが求めるべきことは大きく2つあると考えます。

「赤いきつね」を例にとれば、「性的である」「キモい」といったネガティブなコメントを紹介する際、この問題について言及しているコメントの総数を明示し、そのなかでネガティブなものがどれほどの割合であるかを示すこと。そして、ネガティブなコメントを記事に引用するならば、書き込んだユーザーにコンタクトをとり、どのような気持ちで書いたのかを取材し、それを併記することです。

 そして私たちにも、炎上にまつわるニュースを見聞きした際、それが本当に存在する対立であるかを見通す眼差しが求められています。

(文=小神野真弘)

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小神野真弘

ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院修了。朝日新聞出版、メイル&ガーディアン紙(南ア)勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題、多文化共生の問題などを中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。

X:@zygoku

小神野真弘
最終更新:2025/02/23 18:00