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「おばあちゃん」と「ラジオ人生相談」に救いを求めるニューヨーカー

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イメージ画像(写真:Getty Imagesより)

 競争に明け暮れるニューヨークは、心の健康が脅かされる町である。止まらぬ物価高で生活は苦しくなり、貧富の格差の拡大で将来への希望はへし折られる。最近の世論調査では市民の80%以上が、ニューヨークは「メンタルヘルスの危機」に直面していると感じている。そんなニューヨークで、人の暖かさに触れられる「場所」が人気になっている。それは「おばあちゃん」と「ラジオ」だ。

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他愛もない話を聞いてもらってすっきり 知恵も授けてくれる

 米国の郊外の住宅地に行くと、夏場などに机に簡単な看板を付けた「屋台」が軒先に出ているのを見かける。レモネードや紅茶などを子どもたちが販売し、小遣いを稼ぐためのもので「レモネードスタンド」と呼ばれている。

 そんな「レモネードスタンド」のような「スタンド」が、週末にニューヨークのセントラル・パークなどに出没する。レモネードを販売しているのではない。人生の大先輩であるおばあちゃんと話ができる場である。

 「Grandma Stand(おばあちゃんスタンド)」と名付けられたこの「屋台」では、日々の生活に疲れた際、優しいおばあちゃんの声を聞くことができる。時にはおばあちゃんが目の前に座って、時には設置されたパソコンでのオンライン接続で、おばあちゃんと話ができる。

 話題は職場や家庭などの他愛もない話だ。「上司がきらい」だとか「夫とけんかした」とか「仕事がうまくいかない」とか、だれの心の中にもあるような、ちょっとした不満や気になる出来事をおばあちゃんに話す。

 おばあちゃんは、初めて話す相手のストーリーに優しく耳を傾ける。時には深刻な話になることもあるが、長い人生経験を通じて得た知恵を授けてくれる。

 心にとどまっていたものを、少しでも吐き出して、すっきりした人々は、おばあちゃんとハグをして日常に戻ってゆく。

 「おばあちゃんスタンド」はただそれだけの場所である。もちろん無料で、おばあちゃんたちはボランティアで話を聞いてくれる。

自身の祖母が同僚の悩み聞いたことがきっかけ

 「おばあちゃんスタンド」を始めたのは、ニューヨークでマーケティングの仕事をしているマイク・マシューさんだ。きっかけは2012年にさかのぼる。

 職場の同僚の女性が生活で悩んでいた。マシューさんに相談をしてきたが、自分よりも自身の祖母アイリーンさん(当時95歳)に話を聞いてもらった方がいいのではないかと思い、西海岸のシアトルに住むアイリーンさんを紹介した。

 週末、同僚はアイリーンさんに電話し、悩みを聞いてもらったという。週が明けて月曜日にマシューさんは晴れやかな表情で仕事に打ち込む同僚を見て、おばあちゃんの存在の大きさに驚かされた。

 マシューさんはより多くの人に経験してもらおうと「おばあちゃんスタンド」をスタートさせた。週末、街角に「スタンド」が立ち、アイリーンさんはオンラインで街ゆくニューヨーカーと直接、話をした。

 アイリーンさんは、かねてからニューヨークに来たいと思っていたが、高齢でかなわなかった。来ることはできなくても、話をすることでニューヨークと交わることができた。何よりも高齢の自分が人の役に立てることに喜びを感じていたという。

 アイリーンさんは100歳を超えても「おばあちゃんスタンド」を続けていたが、2018年に死去した。祖母の死を一区切りとして、マシューさんは「おばあちゃんスタンド」をたたんだ。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を経てニューヨークの生活環境は悪化した。経済の混乱からニューヨーク市民の生活への圧力は一段と強まり、ストレスを抱える人々が増えた。ニューヨークの変化を目の当たりにしたマシューさんは2024年秋に「おばあちゃんスタンド」を復活させることを決めた。

 現在では30人のおばあちゃんが手伝ってくれている。「おばあちゃんスタンド」が出没する場所はマシューさんが気ままに決めるが、ソーシャルメディアでその日の「出店」のおおまかな場所は発信しているため、おばあちゃんと話をしたいニューヨーカーが続々とやってくるのである。

低めの声で優しく向き合う リスナーと共に泣き、笑う

 ニューヨーカーがほっとする場は、ラジオにもある。人気ラジオ局「Lite FM」は平日午後8時~翌午前1時まで、「Delilah」という番組を放送している。パーソナリティーのデライラ・レネさんがリスナーからの電話を取り、短い時間だが雑談をしながら音楽を流す番組だ。リスナーの話は、「今日は結婚記念日なの」とか「夫が浮気しているようだ」とか「友達とけんかした」など、のろけ話から人生相談まで多様だ。

 デライラは、低めの落ち着いた声で、優しくリスナーと向き合う。共に笑い、共に泣き、そして時には毅然とした姿勢を貫くようアドバイスしてくれる。

 2006年にスタートして以来、20年近く、孤独なニューヨーカーの憩いの場になっている。

 デライラ・レネさんはシアトル在住で、この番組は、ニューヨーク以外の地域でも放送されているが、ニューヨークは特別な契約で番組の随所でニューヨーク市民への呼びかけがあり、ニューヨークでの人気は群を抜いている。

 父親が盲目だったことから、幼少のころ生活に苦労したことや、息子の自殺など、試練が多い人生を送ってきたため、リスナーにとっては自分のつらい思いを分かり合える存在となっている。

 繁栄を極めるニューヨークの夜景に溶け込むように車を運転しながらこの番組を聞くと、1日のストレスがすっと抜けていく感覚を多くの人々が感じているという。

 ニューヨークのシンクタンク「5BORO」が1月下旬に実施した世論調査では、回答者の84%がニューヨークは「メンタルヘルスの危機」に直面していると答えた。

 地下鉄での殺人やホームで見知らぬ人に押されて線路に転落する事件など、身近な場所での異様な事件が後を絶たないことが、こうした感覚を強めている。行政もホームレスなどへの精神的ケアに力を入れており、メンタルヘルスへの対策はニューヨークの最優先課題のひとつである。

 同じ調査では78%が物価高騰で生活が悪化したと感じており、31%が食卓に食べ物を並べることに苦労していると答えた。

 「おばあちゃんスタンド」と「ラジオ人生相談」は、逃げ場がないニューヨーク市民の小さなオアシスである。

(文=言問通)

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言問通

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆。

最終更新:2025/03/23 09:00