ニューヨークはハト違法捕獲の拠点 他州で密売される

1992年公開のコメディ映画『ホーム・アローン2』にはニューヨークのセントラルパークを根城にする「ハトおばさん」が登場する。餌付けした無数のハトと暮らすホームレスで、ハトまみれの風貌が強烈だった。大都会ニューヨークで迷子になった主人公の少年ケビンと心通わせるシーンはストーリーの要にもなっているが、ニューヨークにハトが多く生息していることは、「ハトおばさん」のシーンで世界中の人々の頭に刷り込まれた。そのニューヨークでハトを生け捕りしていた男が逮捕された。大きな網を使って虫取りでもするように捕獲し、州外で販売していた。動物愛護団体によると、ニューヨークは違法な「ハト狩り」の拠点になっているという。
歴史的な暴動の舞台となった公園での犯行
4月30日午前6時55分ごろ、マンハッタン東南部を受け持つニューヨーク市警察第9分署に耳慣れない内容の通報があった。
「ハトを捕まえている男がいる」
署のキャッチフレーズは「戦う9分署」。1973年から米3大ネットワークの1つCBSで放送され、日本でも大人気となったハードアクションドラマ『刑事コジャック』でも署の外観が使用されるほどの無骨な警察署の警察官は、殺人や強盗など粗暴犯事件とは似ても似つかぬ通報内容に戸惑いながら現場に向かった。
9分署の管轄には、かつて治安が悪い街の代名詞であった「アルファベットシティ」と呼ばれる地域がある。現場は「アルファベットシティ」にある「トンプキンス・スクエア・パーク」だった。
トンプキンス・スクエア・パークは、19世紀から数々の暴動の舞台となった公園だ。1857年には失業と食料不足にあえぐ移民が警官隊と衝突した。南北戦争中の1863年には米連邦議会が「徴兵法」を定めたことに白人労働者が猛抗議した「徴兵暴動」が起きた。1874年には「トンプキンス・スクエア暴動」という歴史に名を残す暴動があり、全米の労働運動に影響を与えた。1877年には共産革命を呼びかける演説が行われ大混乱となった。
20世紀に入っても「問題ごとのシンボル」としての存在は変わらず、『ホーム・アローン2』公開の4年前の1988年には、警察官がホームレスを排除しようとしたことがきっかけで暴動に発展した。
大きな網、車に25羽詰め込む
9分署の警察官は「トンプキンス・スクエア・パーク」の歴史は頭に入っている。常に「何が起きるかわからない」という覚悟でいるが、現場に到着した警察官の目に入ってきたのは初老の男が大きな網でハトを捕まえている姿だった。男の捕獲行為を止めようとした市民と口論になっていた。
警察官が近づくと男は「許可証は持っている。トラックの中にあるから見せるよ。ハトの移動と訓練をしていただけだ」と主張した。
警察官が近くに止めてあったペンシルベニア州ナンバーの男の車両を捜索したところ、25羽のハトがケージに詰め込まれていた。男は大きな捕獲用の網を3本所持していた。
警察官は野生動物の捕獲を禁じるニューヨーク州の「農業市場法」に違反したとして、この男を現行犯逮捕した。動物虐待の容疑だ。
男はペンシルベニア州ブッシュキル在住のドウェイン・デイリー容疑者(67)。逮捕されたこの日が誕生日だった。
取り調べに対しデイリー容疑者は捕獲したハトを1羽4~8ドルで射撃愛好家に販売していたという。射撃愛好家はハトを射撃練習用の生きた標的として使っていた。
1900年のパリ五輪では正式種目 欧米各国で禁止の流れ
生きたハトを撃ち抜く射撃競技は19世紀後半から欧米で盛んに行われた。特にカジノの街であるモナコのモンテカルロでは人気のスポーツとしてもてはやされた。
1900年のパリ五輪では正式競技に「ハト撃ち」があった。放ったハトを何羽撃てるかを競い、21羽を撃ち落としたベルギーの選手が金メダルを手にした。
しかし、動物愛護の精神の広がりから、「ハト撃ち」に反対する声が強まり英国では1921年に、モナコでは1966年に、イタリアでは1970年に、スペインでは2023年に生きたハトを標的にすることが禁止された。
米国ではペンシルベニア州が生きた標的としてハトを使用することを法律で禁じていなかった。しかし2024年、長年の議論の末、「ハト撃ち」が禁止された。
しかし、銃の愛好家クラブなどでは、現在も「ハト撃ち」を行っているとされ、標的となるハトは「闇市場」で売られている。
ニューヨークは「闇市場」に多くのハトを送り込む供給源になっているという。
デイリー容疑者は2007年にも「ハト狩り」で逮捕されたが、この時は不起訴になっていた。
警察は今回も翌日に釈放する考えでいたが、2021年にブルックリンで起きた傷害事件にデイリー容疑者が関与していたことがわかり、この件で逮捕し、訴追した。
2021年の事件でデイリー容疑者は57歳の男性を殴り、男性に歯2本を折るけがなどを負わせたが、この時も「ハト狩り」を止めるように言われ口論になっていた。
デイリー容疑者は違法なハト捕獲の常習者とみられる。傷害事件も加わったことから警察は、ハトの違法捕獲と密売の実態の解明に乗り出す模様だ。
(文=言問通)