マスクした捜査員、移民収容センターに「不法侵入」した市長を逮捕

トランプ政権による不法移民の摘発が続く米国で、移民収容センターを訪れた地元の市長が移民局に逮捕されるという前代未聞の事件が起きた。連邦政府が契約している施設に許可なく侵入した疑いが持たれている。市長は民主党員で、トランプ政権の「移民狩り」に反対しており、この日は施設を視察した国会議員と合流するためセンターを訪れていた。民主党は「トランプ政権による権力の乱用」と対決姿勢を強めている。
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元は更生施設 民間が運営、ICEが15年契約
事件が起きたのはニュージャージー州最大の街であるニューアーク市。ニューヨーク市の通勤圏にあり「ニューヨーク経済圏」の一角を担う。
ラス・バラカ市長は5月9日、ニューヨーク市の玄関口の1つであるニューアーク・リバティー国際空港の近くで、郡刑務所の隣にある移民収容センター「デラニー・ホール」を訪れていた。
この日、ニュージャージー州選出のボニー・コールマン下院議員とラモニカ・マクアイバー下院議員、ロブ・メネンデス・ジュニア下院議員の3氏が「デラニー・ホール」の抜き打ち視察をする予定しており、バラカ市長は地元選出の3人の民主党政治家を支援するために訪れていた。
「デラニー・ホール」は2階建だが、1196床のベッドが設置できる大型の移民収容施設で、東海岸では最大級だといわれる。
元々は刑務所から出た元受刑者や薬物中毒者の民間更生施設だが、2011〜17年まで移民の収容所でもあった。
米国では刑務所や更生施設を民間企業が運営するケースが多い。「デラニー・ホール」もGEOグループという民間企業が運営している。GEOグループは収容施設運営では米国内で2番目の規模を誇る。
今年2月、米政府の移民・関税捜査局(ICE)は「デラニー・ホール」を移民収容センターとして使用することでGEOグループと合意したことを発表した。契約金は10億ドル(約1480億円)、期間は15年だ。
市と連邦政府が真っ向対立 周辺で抗議行動
これに対してニューアーク市は、「デラニー・ホール」は収容施設として必要なすべての要件が満たされていないとして、収容所としての活用を阻止するため地元裁判所に訴訟を起こした。
バラカ市長が現地を訪れたのは、GEOグループ側に市の査察を受け入れることを求める意味合いもあった。現場周辺は移民支援団体のメンバーが連日詰めかけていた。
これに対し、移民の取り締まりを受け持つ国土安全保障省(DHS)は、「デラニー・ホールは許可を得ており、適切な検査も完了している」と主張しており、ニューアーク市や移民支持団体と真っ向から対立している。
バラカ市長は3人の下院議員と一緒に「デラニー・ホール」出入り口の内側の鉄柵付近にいた。抗議行動はあったものの、それ以前から現場付近では、ほとんど混乱はなかった。
ところが、ある時を境に、敷地内は騒然とし始めた。
市長は敷地外に出ようとしていた。その市長をICEの捜査員が追いかけるような形となった。ICEの捜査員の多くはマスクをして、顔を隠していた。下院議員らが市長を守ろうと周りを囲んだが、敷地外に出たところで、市長は逮捕された。約5時間拘束され、この日の午後8時ごろに仮釈放された。
連邦暫定検事「警告無視した」 弁護団「政治的動機だ」
ニュージャージー州のアリーナ・ハッバ連邦暫定検事は「バラカ市長は連邦政府の施設に不法侵入し、退去するように求める国家安全保障省からの複数回の警告を無視した」と説明している。
ところがバラカ市長は、収容センターの敷地内にいた際に、一度も敷地外に出ろという警告は受けていないという。
バラカ市長は地元メディアに「GEOと訴訟中でもあり、毎朝、毎日のようにセンターに行っている。この時も門の中に入ることを許され、1時間以上、下院議員がセンターから出てくるのを待っていたが、何のトラブルもなかった」と話している。
現場のICEの捜査官の携帯電話に電話があったことで、事態は一変したという。地元メディアによると、ハッバ連邦暫定検事が電話で、バラカ市長の逮捕を現場に命じたという。ハッバ連邦暫定検事はトランプ一大統領の個人の顧問弁護士を務めている人物だ。
バラカ市長は今年11月行われるニュージャージー州知事選に立候補を表明している。6月には民主党の候補者選びが迫っている。
5月15日に開かれた初公判でバラカ市長の弁護団は「恣意的な起訴だ」として訴訟の却下を申し立てる方針であることを表明し、逮捕はトランプ政権による政治的動機によるものだと断定した。
関税問題や経済対策では国民の厳しい目にさらされるトランプ大統領だが、不法移民の取り締まりは人気がある。少々、乱暴なことをやっても国民はついて来ると考えているようだ。
(文=言問通)