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小神野真弘の「マスゴミ批判をアップデートする」

フェイクニュース対策は“無理ゲー”法規制を行った国で起きた「民主主義への脅威」

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ラジブ元首相は、法律濫用で政敵を貶めようとしただけでなく、数多くの疑惑やスキャンダルが報じられ、国際的な注目を集めた。(写真・Getty Imagesより)

 世界経済フォーラムが毎年発表する「グローバルリスク報告書」の最新版では、「誤報と偽情報」(フェイクニュース)の氾濫が「今後2年間において世界が直面する最も重大なリスク」であると位置付けられています。

ナショナリズムを煽る政権とメディアの凋落

 厄介な事態だと思います。私たちが「リスク」という言葉から思い浮かべるのは、生活感覚や身体感覚と何らかの形で具体的なつながりのある事象ーー例えば戦争や紛争などの地政学的な問題、ドナルド・トランプの大統領再任でさらに見通しが不透明になった米中間の新冷戦、静かにしかし確実に進行する気候変動などであることが多いはずです。

 フェイクニュースが「最も重大なリスク」と言われても、それを突き詰めた先にある危機の本質を直感的に感じ取るのはなかなか難しい。本連載の前回更新分では、世界の有識者が危機感を募らせる背景として、フェイクニュースは単に混乱をもたらすだけでなく、私たちの暮らしの前提である民主主義を破壊しかねないことを解説しました。

 事実、世界各地で政府、メディア、教育機関などさまざまなアクターがフェイクニュース対策に乗り出しています。そうした対策は「法規制」「ファクトチェック」「メディアリテラシー教育」の3種類に大別できるのですが、これらはフェイクニュースがもたらす危機の根本的な解決策になり得るのでしょうか。

 結論から述べると、現状は焼石に水と言わざるを得ません。何故なのでしょう。今回は「法規制」に焦点を当て、その実情と問題点を記していきます。

法規制の壁となる「フェイクニュースを定義すること」の難しさ

 フェイクニュースの発信を法律で犯罪化してしまえば、確かに強い抑止力になりそうです。実際、法規制を求める声は多く、2020年に国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授が、国内約1万人を対象に行った調査で、回答者の74%が「法規制が必要だ」と答えています。しかしいざフェイクニュースを禁止する法律を作ろう、と腕まくりしてみると、即座にいくつもの疑問に取り囲まれてしまいます。

 例えば、金曜日に「明日は日曜日だ」とXにポストした人は、フェイクニュースの発信者とみなすべきでしょうか。その人は勘違いをしていただけで、本当に「明日は日曜日だ」と思っていたとしたら。また、「新型コロナウイルスのワクチンには、マイクロチップが入っていて接種したらビル・ゲイツにコントロールされるらしいwww」というポストはどう扱うべきでしょう。投稿者は陰謀論者への風刺、またはジョークだったと弁明するかもしれません。

 あるいは、大規模な震災が起きた直後に、実際の被害よりも深刻な様子の現地画像を生成AIでつくってSNSに投稿し、「震災の恐ろしさを表現したアート作品である」と主張する人の処遇はどうするべきなのか。

 フェイクニュース対策を講じる際、まず直面する困難がこの「言葉の多義性」です。国際的に統一された定義が存在せず、この一語にはさまざまなレイヤーに属する「正しくない情報」が含まれています。

 一例として、ベルギーに拠点を置く国際NPO・EAVI(European Association for Viewers Interests)が作成した分類を紹介すると、「プロパガンダ」「釣りタイトル」「スポンサードコンテンツ(記事の体裁をとった広告)」「風刺、架空の話」「誤報」「党派的情報(事実を含むが公平ではない主張など)」「陰謀論」「ニセ科学」「誤情報(事実と間違いが入り混じったコンテンツ)」「偽情報(広告収入あるいは政治的目的のために拡散されるねつ造コンテンツ)」の10種類です。

 確かに程度の差はあれそれぞれ問題含みの情報ですが、これらすべてが法律で禁止されるとなれば、全人類による文字通りの総ツッコミが入るでしょう。

 特に有害とされるフェイクニュースは、この分類における「偽情報」です。例えば能登半島地震では被災者を装った虚偽の救助要請が多発しましたが、広告収入目的だったと推測されており、偽情報に該当します。法規制を検討する場合は、この偽情報の抑止がまず念頭に置かれますが、フェイクニュースは上述の10種類の要素が入り混じっている場合が多く、規制されるべきフェイクニュースの線引きが極めて難しいのが現状なのです。

 現在、日本にはフェイクニュースを禁止する法律は存在しませんが、一部の国々ではさまざまな形でフェイクニュースを抑止する法整備が進められています。どんな成果をあげているのか、見ていきましょう。

法規制はやはり無理ゲー 「オーバーブロッキング」などの弊害も

 ドイツは最も早い時期に法整備を行った国家のひとつで、2017年に「ネットワーク執行法」を施行し、フェイスブック(現Meta)などのSNS事業者に対して、ドイツの刑法上「明らかに違法」である投稿を24時間以内に削除するよう義務付けました。厳密にはフェイクニュースのみを対象としたものではないのですが、虚偽の内容でヘイトクライムを煽ったり(民衆煽動)、名誉を毀損したりした際にはこの法律の対象になります。

 この法規制の効果はどうだったのでしょうか。Xやフェイスブック、YouTubeなどの主要SNS上では、ヘイトスピーチやフェイクニュースの影響力が減ったとの指摘があります。一方で、フェイクニュースの投稿自体は根絶されていないこと、また、刑法上違法ではないフェイクニュースは野放しの状況にあることなどから、効果は限定的であるという言説があるのも事実です。

 総じて、根本的な解決にはなっていないというのが実情のようです。

 さらに、フェイクニュースの流布とは別の懸念も指摘されています。違法な投稿の削除を怠った場合、SNS事業者は高額の罰金が課せられるため、法律に「抵触しそうな」投稿を、違法と確定していない段階で削除する恐れがあるというものです。

 これは「オーバーブロッキング」と呼ばれます。

 これによって、どれくらいの投稿が削除されているかを示す信頼できるデータが確認できないため、問題は顕在化していません(なお、ドイツ連邦政府は「オーバーブロッキングが発生したとの手がかりはない」という見解を示しています)。

 しかし、SNS事業者に投稿内容が違法か否かの判断を委ねる仕組みは、SNSが本来担うべきである「自由な言論のプラットフォーム」という使命を歪ませかねないものとして、多くのメディア人や研究者から危惧されています。

 法規制を巡るドイツの動向は、フェイクニュースという事象の厄介さ、さらにいえばフェイクニュースを法的な枠組みで抑止することの限界性をまざまざと突きつけるものだと考えます。なぜならば、私たちがフェイクニュースをフェイクニュースだと断定するためには、同時に「『正しい』とはどのような様態であるか」を定義しなければならないからです。

「正しさ」とは、少なくとも実生活のレベルにおいては政治的・文化的・状況的な文脈に依存しながら変容し続けるとても曖昧な概念です。それはつまり、実生活で直面するフェイクニュースも同様に、その定義が曖昧にならざるを得ないことを意味します。こうした曖昧な概念は、執行対象の明文化を前提とする「法」とは決定的に相性が悪いのです。

 とはいえ、世界を見渡すと「フェイクニュース」を名指しで規制する法律を有する国家も存在するのですが、そこではどんなことが起きているのでしょう。最も有名な例のひとつであるマレーシアの「2018年反フェイクニュース法案」を見てみます。

 これは「悪意を持ってフェイクニュースを発信または拡散した場合には、6年以下の禁錮刑、50万リンギ(約1400万円)以下の罰金が科される」というもの。ここで問題となったのが、この法律における「フェイクニュース」や「悪意」が明確に定義されていなかったことです。これはつまり、為政者が恣意的に、不都合な情報や人々の振る舞いに対して「フェイクニュース」や「悪意」というレッテルを貼れることを意味します。

 実際、この法律を成立させたナジブ首相(当時)は政敵であるマハティール・ビン・モハマドを「フェイクニュースを流布した」として調査を行い、彼の政治活動を妨害しました。これは国際的な批判を受け、成立翌年の2019年に同法は撤廃されています。

 こうした事例から得られる教訓は皮肉なものです。フェイクニュースを禁止する法律をつくるということは、もちろん条文次第ですが、国家が「フェイク」と「真実」を決定する権限を持つことにつながります。最悪の場合、極めて容易に言論を弾圧したり、国民の自由を抑圧できたりする社会を生み出しかねません。これは「フェイクニュースのリスク」として危惧される「民主主義の崩壊」と同じものです。

 フェイクニュース対策の選択肢として「法規制」を検討するならば、それが実際に効果を発揮するだけではなく、為政者の権力を強化する懸念を考慮しなければなりません。そして各国の事例を俯瞰する限り、法規制がフェイクニュースの根本的な解決策となることを期待するのは適切ではない、と判断するのが現状では賢明のようです。

 法規制を除いた主要なフェイクニュース対策は残すところ「ファクトチェック」と「メディアリテラシー教育」。これらはどの程度効果があるのでしょうか。次回はその現状について掘り下げていきます。

(文=小神野真弘/ジャーナリスト、大学教員)

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小神野真弘

ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院修了。朝日新聞出版、メイル&ガーディアン紙(南ア)勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題、多文化共生の問題などを中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。

X:@zygoku

小神野真弘
最終更新:2025/05/22 18:00