米国の「トイレ革命」につながるか… 荒れ放題のNYのトイレを変える日本の「ウォシュレット」

ニューヨークで生活する上での最大の悩みはトイレだ。誰もが使えるトイレが街の中には少ない。仕方なくファストフード店に飛び込んで、買いたくもない飲料を5ドル(約720円)ほどで買ってトイレにたどり着いても、汚い。程度の差はあれ、トイレの悩みは全米規模でのことだ。しかし、そんなトイレをめぐる状況に変化の胎動が見られる。ニューヨークでの「トイレ増設法」の制定と、日本のお家芸である「温水洗浄便座(シャワートイレ)」の急増だ。米国の「トイレ革命」につながるのだろうか。
慢性的な不足解消へ「公衆倍増法」成立
トイレが不足し、市民から切実な声があがっているニューヨークでは市議会が4月10日、2035年までに市内の公衆トイレの数を2倍にすることを市当局に求める法案を成立させた。
ニューヨークは人口に占めるトイレの数が、世界の他の多くの都市よりもはるかに少ない。「公衆トイレ倍増法」の提案者であるサンディ・ナース市議によると、ニューヨーク市の人口820万人に対して、利用できる公衆トイレはわずか1066カ所。7800人あたりにトイレが1つということになる。このうち24時間利用できる公衆トイレはわずかに2つだ。
雑居ビルは警備が厳しいため、店舗が同居しても自由に入れるトイレがない。地下鉄など鉄道の駅は、巨大ステーション以外にはトイレがほとんどない。トイレは密室で犯罪の温床になりやすいため一般向けを設置したがらない。
このためニューヨークは、慢性的かつ深刻なトイレ不足に陥っている。
どうしようもない場合は、近隣の飲食店などに駆け込むしかない。これまでは安価な飲料を店で買えたため、このぐらいの出費はトイレのためなら致し方ないとあきらめもついたが、物価の急騰と高止まりで、コーヒーなどの飲料もばかにならない価格になった。トイレのためだからといって、気軽に財布の紐を緩めるわけにもいかなくなり、公衆トイレの重要度はこれまでになく増している。
「立小便」が横行 衛生面の悪化のみならず尊厳にかかわる事態
市議会によると、トイレ以外での違法な放尿などに対する裁判所からの刑事召喚状の発行は2024年で1400件以上にのぼり、民事でも8000件以上の訴えがあったという。トイレ不足は「立ち小便」を横行させ、衛生的にも深刻な影響をニューヨークに与えている。
通常ならはばかられるが、このニュースを伝えるなら書くべきだと判断して記すが、ニューヨーク市のアッパーイーストサイドで夜間、縦列駐車している自動車の間に隠れて排便している女性の姿を見かけたことがある。女性の悔しさと絶望感は察するに余りある。「公衆トイレ倍増法」は単にトイレの数を増やすだけでなく、人間の尊厳を守るための法律でもある。
「ウォシュレット」絶好調 TOTO、米州での利益は5年で8.5倍
トイレをめぐるもう1つの変化は、温水洗浄便座(シャワートイレ)の急増である。住宅設備大手のTOTO(本社・北九州市)によると、米国を中心とした米州事業の営業利益は2025年3月期で52億円を記録し、この5年で8.5倍となった。日本ではおなじみの「ウォシュレット」の販売が米国内で絶好調なためだ。
米国では一般的に、「ウォシュレット」など温水洗浄便座はビデと同じくくりでとらえられているが、米国民のビデに対するイメージは必ずしも良いものとはいえなかった。CNNなどによると、その背景の1つには第2次世界大戦中に米兵が世界各地の売春宿でビデを目撃し、帰国した兵士らがビデを嫌悪したため、敬遠する風潮が広がったという。戦後の米国での住宅建設ブームではビデの配管システムが取り付けられず、普及しなかった。
「ウォシュレット」など日本の温水洗浄便座はビデのような配管は必要ないが、ビデへの負のイメージが市民の誤解につながり、TOTOが米国に参入しても「ウォシュレット」は一般に広がらなかった。
状況を一転させたのが、新型コロナウイルスの感染拡大とその後の「日本ブーム」である。
新型コロナで都市がシャットダウンされた際、市民が自宅に閉じこもったため、各地でトイレットペーパーが不足した。このため、トイレットペーパーをあまり使わずに体をきれいにする「ウォシュレット」が注目された。自宅での生活をより快適にしたいという消費者の要求に「ウォシュレット」がマッチした。
きっかけは新型コロナ 「日本ブーム」を地道な営業で数字に
新型コロナ後に、米国人の間で本格的な「日本ブーム」が巻き起こった。日本を訪れた米国人は、すしやラーメンだけでなく、どこに行ってもトイレにある温水洗浄便座に感動し、米国に戻って買い求めた。「日本ブーム」は現在も続いている。
新型コロナという思わぬ形で訪れたビッグ・チャンスをTOTOは逃さなかった。米国での販売網を整備し、地道な営業活動を続けたことで、米国での「ウォシュレット」の広がりを確実なものとした。
一度体験すると手放せなくなるのが温水洗浄便座である。これについては米国民も同じ傾向にあるようで、利用者が家族や友人、知人に温水洗浄便座の心地よさを口々に伝え、猛烈なスピードで評判が広がっている。
「ウォシュレット」が家庭のみならず、社会全体に広がるには、便器をきれいに使うという日本的な道徳観がトイレ利用者に求められる。「日本ブーム」で日本の道徳観に触れて心酔する米国人は、日本の「トイレの美学」を理解して帰国する。
「ウォシュレット」が、荒れ放題のニューヨークのトイレに変化をもたらす日が来るかもしれない。
(文=言問通)