2人にひとりは借りる時代…奨学金返済問題に企業はどう対処する? 奨学金返還支援型人材紹介サービス「奨学金バンク」に訊く

学ぶために借りたはずの奨学金が、将来の選択肢を狭める原因となっている。理由は、何十年にも及ぶ返済だ。月々の返済は経済的な負担になるだけでなく、精神的にも重くのしかかる。そんな中、福利厚生の一環として、社員が学生時代に借りた奨学金を代わりに返還する企業が増えている。今後の潮流となる奨学金代理返還企業の最前線に迫る。
奨学金の総貸付額は約9兆4000億円!?
「6年前に、私より15歳年下の、当時35歳の知人と話す機会があったのですが、彼が『奨学金を返済している』と言ってきたんです。恥ずかしながら、当時は奨学金についてまったく無知だったため、思わず『いつまで借りてんの! 早く返さなきゃダメなんじゃないの?』と口にしてしまいました」
株式会社アクティブアンドカンパニー代表取締役社長の大野順也氏は、大学卒業後に新卒で株式会社パソナ(現パソナグループ)へ入社。その後、トーマツコンサルティング株式会社(現デロイト・トーマツコンサルティング合同会社)で組織・人事コンサルティングに従事し、2006年に自身の会社を設立した。
そんな人物にとって、「35歳になっても奨学金の返済が終わっていない」という事実は衝撃的だったという。
「しかし、その知人から『奨学金の返済なんて、そんなもんですよ。完済するのに40歳くらいまでかかるのが普通です』と返され、さらに驚きました。そこから興味を持って奨学金について調べてみたんです。すると、日本学生支援機構(JASSO)の総貸付残高は約9兆4000億円。令和5年度時点では、高等教育機関に通う学生363万人のうち、117万人が利用しており、平均313万円を借り、約15年かけて返還しているという現実を知りました。これはさすがにマズいのではないか……? そこから、奨学金の返還負担を軽減し、個々のライフスタイルの変化や新しい挑戦に積極的に取り組むことができる社会を目指すために、奨学金返還支援プラットフォーム『奨学金バンク』を立ち上げました」
現在、大学生の約2人に1人が奨学金を利用しており、特に昼間部の学生では約55%が「何らかの奨学金を利用している」と回答。今や奨学金は「苦学生の借金」ではなく、一般的な進学手段のひとつとなっている。
給付型奨学金の制度も拡充されつつあるが、依然として約8割の学生は卒業後に返済が始まる貸与型奨学金を利用している。
毎月1万円程度の返済であっても、収入が十分でない若者にとっては大きな負担となり、奨学金の存在が職業選択に影響を及ぼすケースも少なくない。
こうしたなか、社員の奨学金返還を「肩代わり」する企業が増えている。日本経済新聞(2025年2月3日付)によると、2021年4月時点で65社だった導入企業は、2024年12月末には2781社にまで増加している。
社会的な関心は高まりつつあるが、支援の担い手はまだ十分とはいえない。そこで、この支援の輪をさらに広げていくために機能するのが「奨学金バンク」だ。
「これはJASSOおよび文部科学省の許可を得て運営しています。登録した奨学生が、弊社が紹介する求人に応募・入社した場合、弊社が求人企業から成功報酬として紹介手数料を受領し、その一部である36万円を三井住友信託銀行に預けます。それを奨学金返還の原資として、月1万円ずつ、3年間にわたりJASSOに代理返還を行うという仕組みです」
社員・企業双方にメリットをもたらす代理返還制度

奨学金の代理返還を検討している企業にとって、最大の課題は返還原資をどう工面するかである。
「その原資を、人材紹介の成功報酬から捻出している点が『奨学金バンク』の特徴です。それだけでなく、寄付やクラウドファンディングなどを通じて追加の資金も調達しています。求人企業は『36万円を拠出し、3年間支援する』という前提で資金を預けてくれていますが、寄付が加われば、その分を対象者に割り当てることができ、結果的に36万円以上の返還支援が可能になります」
重要なのは、信託銀行を経由することだ。
「これによって、弊社は返還原資を信託銀行に預け、そこから直接JASSOへ支払うことになります。支援を受けている本人の手元を経由しないため、報酬には含まれず、所得税は非課税となり、社会保険料も上がりません。ここまでは、一般的な代理返還と同様ですが、信託銀行にお金を預けることで、弊社の代表である私自身もそのお金に一切触れることができなくなります」
信託銀行の透明性の高い口座を活用することで、その口座を通じた寄付の募集も可能となるのだという。実際に「奨学金バンク」は大野氏の古巣であるパソナからも寄付を受けている。
「こうして何百万円という寄付が集まってくると、集まったお金を、『奨学金バンク』を通じて働き始めた奨学生たちに山分けすることができ、36万円を超える経済的メリットを提供することができるのです」
また、返還対象期間中に当該の奨学生が退職した場合は、その時点で支援が停止され、残った資金はほかの対象者に再配分される仕組みになっている。
「奨学生にとっては、勤続することで代理返還制度の支援を受けられるだけではなく、企業にとっても『このプラットフォームを通じて入社した人材は、追加で奨学金返還支援を受けている=定着しやすい人材である』と評価できるメリットがあるのです」
実際に、サービス開始初年度である2024年度分から割り当て金が発生し、ひとり当たり1カ月の支援期間の延長も実現している。
ほかにも、企業の物理的負担も軽減されるという利点がある。
「弊社は『人材紹介サービス』と『奨学金代理返還制度の運用代行』という2つの軸で事業を展開しています。例えば、企業が自社で奨学金返還制度を導入しようとすると、手続きが煩雑になり、人事部門への問い合わせが集中してしまうことがあります。しかし、人事担当者が必ずしも奨学金制度に詳しいとは限りません。そこで、返還に関する説明や相談対応、各種事務手続きを弊社が一括で代行しています」
150社超の登録企業が示す制度の広がり
アクティブアンドカンパニーは、コンサルティングや教育研修を手がける会社だ。「奨学金バンク」立ち上げのきっかけのひとつには、社員研修中のある出来事があった。
「最近は若い世代の中に、『がんばっても仕方ないですよね』といった、非常に達観した姿勢を見せる人もいます。僕が若かった昭和の時代には、そうした人はほとんどおらず、社会人になったらたくさん稼いで、いろんなことにお金を使うのが当たり前でした。以前から『どうしてこんなにも価値観の差があるのだろう?』と不思議に思っていたのですが、奨学金の問題を知って、その背景が見えてきました」
マイカーを買ったわけでもないのに、社会に出ると同時に何万円もの負債を背負っている……。そんなマイナスからのスタートでは、達観するのも無理はなく、やる気が出ないのも当然だ。
2025年7月現在、奨学金バンクに登録している企業は150社を超える。誰もが知る大企業だけではなく、地元に密着した中小企業が多いことが、この取り組みのリアルさを物語っている。
「人材紹介業というのは数多くありますが、『どうせいろんなところに求人を出すのであれば、ぜひうちに出してくれませんか?』とお伝えしています。弊社に求人を出していただければ、奨学金を返還している、つまり“定着しやすい人材”をご紹介できます。しかも、紹介手数料は他社と変わりません。たとえば、新卒採用の場合は90万円、中途採用の場合は年収の35%と、東京エリアにおける一般的な人材紹介手数料の相場に準じた金額で人材をご紹介しています」
全国で約2700社が奨学金の代理返還制度を導入していることを踏まえると、奨学金バンクの担う役割は極めて大きい。
「奨学金の代理返還制度は多くの企業で導入されていますが、まだ点在的かつ限定的な取り組みにとどまり、大きなムーブメントには至っていません。そこで弊社では、『この企業も奨学金代理返還制度を導入しています』というかたちで制度の存在を可視化し、“ライセンス”のような位置づけで導入企業のブランディング支援を行っています。この取り組みにより、企業が『サステナビリティ』や『SDGs』の観点から社会貢献に積極的に取り組んでいることを、社外に向けて発信できるよう支援しています。まずは多くの企業に奨学金バンクを導入していただき、代理返還制度を当たり前の制度にしていきたいと考えています」
奨学金という現代日本の社会問題を解決するため、民間企業はさまざまな取り組みを進めている。しかし、参議院議員選挙ではこの問題を取り上げる候補者や政党も見られるものの、議題として大きく扱われることは少ない。
今後、奨学金の受給がより一般的になる時代を見据え、社会全体がこうしたサービスに一層注目すべきである。
(取材・文=千駄木雄大)