CYZO ONLINE > 社会の記事一覧 > マッチングアプリが変えた恋愛の価値観
出会えなかった人と出会える機会を創出

“恋愛は自助努力”時代の必需品 マッチングアプリが変えた恋愛の価値観

【保存中】“恋愛は自助努力”時代の必需品 マッチングアプリが変えた恋愛の価値観の画像1
(Getty Imagesより)

いまや出会いのインフラとして、若者を中心にすっかり定着したマッチングアプリ。 その市場規模は拡大を続け、もはやアプリでの出会いは特別なものではなくなった。一方で、その急速な普及は我々の恋愛観や結婚観に静かな、しかし確実な変化をもたらしている。果たしてマッチングアプリは、現代社会にとってどのような機能を果たすのか?(「サイゾー」25年11月号より)

 

「マッチングアプリで恋人や結婚相手を見つける」

 10年前であればどこか特殊な響きを持っていたその行為は、今やごく当たり前の選択肢となった。21年に消費者庁に提出された『マッチングアプリの動向整理』ではオンライン恋活・婚活マッチングサービスの国内市場規模は同年に768億円、26年には1657億円にまで拡大すると予測されている。また、MMDLabo株式会社が23年10月に発表した調査によると、マッチングサービスアプリの認知度は25・8%と、まさに現代における出会いの主要インフラの一つとして機能していることは疑いようがない。

 日本におけるオンラインでの出会いの歴史は、90年代のパソコン通信や「テレクラ」にまで遡れるが、現在のようなマッチングアプリの原型が登場するのは2000年代後半だ。スマートフォンの普及と歩を合わせるように、2012年に米国発の『Tinder』がサービスを開始すると、以降は日本でも『Pairs』や『with』『tapple』などが登場し、市場が本格的に形成されていった。当初は「出会い系サイト」のネガティブなイメージも付きまとったが、事業者の健全化への取り組みやSNSでの口コミなどを通じて徐々にイメージを払拭。コロナ禍におけるオフラインでの出会い減少も追い風となり、その利用は一気に加速した。

 もはや現代社会と切り離せない存在となったマッチングアプリ。その普及が我々の恋愛や結婚に対する価値観にもたらした変化を見ていこう。

マッチングアプリがもたらした光と影

「マッチングアプリは昨今の『コスパ』や『タイパ(タイムパフォーマンス)』を重視する時代の要請とリンクして、効率性を求める現代とうまくフィットしたと言えます」

 こう語るのは、『結婚の社会学』(ちくま新書)などの著書を持ち、家族社会学を専門とする慶應義塾大学文学部准教授の阪井裕一郎氏だ。同氏によれば、かつて多くの出会いを育んできた職場恋愛はコンプライアンス意識の高まりと共に減少し、お見合いなどをセッティングする〝おせっかい〟な仲人文化もプライバシー意識の高まりの中で衰退。その結果、恋愛や結婚は自助努力、つまり自己責任で進めるべきものへと変化していった。そうした社会背景の中、効率的にパートナーを探せるマッチングアプリが支持を広げたのは必然だったのかもしれない。

 阪井氏は、この出会いの効率性がもたらす功罪の両面を指摘する。

「ポジティブな面としては、今までなかなか出会うことが叶わなかった人たち同士が出会えるようになった点が挙げられます。趣味などを通じて、リアルでは出会えなかったような相手と出会える可能性を広げたことは大きな利点といえるでしょう」

 例えば、シングルマザーや離婚経験のある人が自身の状況を理解してくれる相手を効率的に探せるなど、アプリはこれまで出会いの機会が限られていた人々にとっての福音となりうる。一方で、阪井氏はアプリが既存の価値観を補強する側面についても警鐘を鳴らす。

「マッチングアプリでは表示されるスペックによって人を選択・フィルタリングできるので、自分がもともと持っている〝初期設定〟のような価値観がより強化されやすい傾向にあります。例えば、結婚相手に対して『男性、女性はこうあるべき』といったような、旧態依然とした性的な役割分業といった価値観が固定化されてしまう懸念もある。その結果、偶然の出会いや実際の対面での人間関係を通じて、自分の価値観が揺さぶられたり、アップデートされたりするプロセスが減っていきかねません」

 年収、学歴、職業、容姿――。可視化されたスペックを頼りに相手を選ぶ行為は、無意識のうちに我々の価値観を先鋭化させ、フィルターバブルのような現象が起こりうる。さらに、目の前に無数の選択肢が提示されるがゆえの弊害もあるという。

「人と深く関わることを避ける傾向を『コミットメントフォビア』と呼びます。選択肢が非常に多い社会では、『もっと頑張れば、より良い相手がいるかもしれない』というように、どこで選択を終えていいのかわからなくなりがちです。確証が得られないまま、すべて自分の基準で決めなければならないので、結果として決定することや深く関わること自体を恐れ、疲れて人と関わるのを諦めてしまう側面が指摘されています」

 効率性と無限の選択肢は、恋愛における格差を助長する場合もありうる。

「〝恋愛強者〟と呼ばれるようなアプリでの立ち回りがうまい人、あるいはスペックが高い人は多くの相手とマッチングできる一方、そうでない人は誰からも相手にされず、自信を失ってしまう。こうした二極化が進みやすい構造も見て取れます」(阪井氏)

 また、アプリを通じた不倫や浮気といった問題についてもしばしば指摘される。しかし、阪井氏は「アプリが不倫を加速させたとまでは言えない」と冷静に分析する。

「浮気や不倫をしたい人は、アプリがなくても昔から何らかの手段を見つけてきました。職場や趣味のサークルなど、これまではリアルな人間関係の中で行われていたものが、単にオンラインという新しい手段に置き換わったにすぎない、と考えるべきでしょう」(同)

 マッチングアプリはあくまで現代社会の価値観や人間関係を映し出す鏡であり、それ自体が善悪の根源ではない。ただし、その利便性の裏で、ユーザーが直面するリスクやトラブルが存在することにも注意を払う必要がある。

自己責任と安全の狭間で知っておくべき法的知識

 マッチングアプリの普及とは裏腹に、いまだに「出会い系」という言葉が持つネガティブなイメージや事件・トラブルへの警戒感を抱く人は少なくない。では、法的な観点から見て、マッチングアプリの安全性はどのように担保されているのか。IT分野の法務に詳しい山岸純法律事務所の山岸純弁護士は、まず大前提として次のように語る。

「『マッチングアプリ規正法』のような、アプリそのものを直接規制する法律は存在しません。しかし、関連する複数の法律によって、運営事業者にはさまざまな義務が課せられています」

 その最も大きな柱となるのが「出会い系サイト規制法」だ。この法律は、18歳未満の児童を保護することを主目的とし、マッチングアプリの運営事業者にはインターネット異性紹介事業の届出に加えて、運転免許証などの公的証明書による年齢確認や、児童を誘引する不適切な書き込みの監視・削除といった義務を課している。この法律の遵守こそが、かつての無法地帯ともいわれた出会い系サイトと現在のマッチングアプリを分ける一線となっている。さらに、多くの大手事業者は法定の義務に加え、24時間365日の監視体制やAIを用いた不正ユーザーの検知など、自主的な安全対策を強化している。こうした法規制と事業者の努力により、適切に運営されているマッチングアプリは一定程度、安全性が高まっているといえるだろう。

 しかし、これらはあくまでも児童保護を目的としており、詐欺などを目的として一般ユーザーを装ってアプリに潜む業者や近年社会問題化しているロマンス詐欺、そして既婚者が独身と偽って登録するといった悪質なケースも仄聞される。これに対し、多くのアプリでは利用規約で独身者に利用を限定しており、規約違反が発覚した場合は強制退会などの厳しい措置が取られている。婚活を目的とした一部のサービスでは、公的な「独身証明書」の提出を義務付けるなど、さらなる対策を講じているものもある。

「そのほかにも、個人情報の取り扱いを定めた『個人情報保護法』や、有料サービスの契約に関する『消費者契約法』などが関わってきます。ただし、利用者同士のトラブルは原則として当事者間の問題、つまり自己責任となります。しかし、例えば運営事業者が詐欺業者の存在を認識していながら放置していたようなケースでは、利用者の安全に配慮する義務を怠ったとして『安全配慮義務違反』が問われ、運営者に損害賠償を請求できる可能性もあります」(山岸弁護士)

 万が一、金銭的な詐欺や性犯罪などの被害に遭ってしまった場合は、泣き寝入りせずにすぐに警察へ相談することが重要だ。相手の身元がアプリ上のニックネームしか分からなくても、警察は運営者に情報開示を求める捜査権限を持っている。海外にサーバーを置く事業者への適用が難しいといった法的な課題は残るものの、まずはしっかりと運営されている信頼性の高いアプリを選び、その上で利用者が自衛の知識を持ち、いざという時には公的機関に助けを求める姿勢が不可欠となるだろう。

マッチングアプリが拓く「関係性」の未来

 スペックによるフィルタリング、コミットメントフォビア、恋愛格差――。マッチングアプリをめぐる懸念は確かにある。しかし、阪井氏はその先の可能性にこそ目を向けるべきだと語る。そのキーワードは、現代社会が抱える根源的な課題でもある〝孤立〟だ。

「現代は、一人ですべてが完結してしまう社会です。その結果、他者と関わるコストやリスクを避け、人間関係そのものを諦めてしまう人が増えています。かつては地域や職場といった共同体に組み込まれることで半ば自動的に構築されていた人間関係は、今や〝あえてするもの〟になったのです」

 この〝あえて〟の関係構築をサポートするツールとして、マッチングアプリが持つポテンシャルは大きいと阪井氏は見る。それは、もはや恋愛や結婚という目的に限定されない。

「今後は恋愛だけでなく、共通の趣味を持つ友人を探したり、地域のコミュニティに参加したりと、より広範な人間関係をマッチングさせる方向へと進化していくのではないでしょうか。実際、すでにそうした機能を持つアプリも登場しています。また、性的マイノリティの人々が自身のアイデンティティをオープンにした上で安心してパートナーや仲間を探せる場としても、非常に重要な役割を担っています」(阪井氏)

 マッチングアプリは現代人の〝孤立〟を癒し、多様な繋がりを再構築するためのプラットフォームとなりうる。しかし、そのためには社会全体の変化も不可欠だと阪井氏は続ける。

「少し古いデータですが、06年に国立女性教育会館が発表した『家庭教育に関する国際比較調査報告書』では、ライフスタイルの自由を尊重するスウェーデンやフランスでも、『将来子どもにしてほしくない家庭生活像』という項目で『一生独身でいる』、あるいは『子どもを持たない』は過半数を超えていました。つまり、〝孤立〟するのではなく、誰か特別な存在と一緒に生活することに高い価値が置かれています。そこでは海外のように事実婚や同棲など、結婚以外のパートナーシップ制度を認め、人々のニーズそのものやシステムを変えていくような発想も重要です。そうした社会的な受け皿が広がることで、人々はもっと気軽に、多様な関係性を求めてアプリを活用できるようになるはずです」(同)

 マッチングアプリというテクノロジーは、人々の前に無数の選択肢を広げた。その選択肢を前に戸惑い、時に傷つきながらも、我々は自分だけの関係性を自助努力で探す時代を生きている。その努力を孤立した個人の自己責任に終わらせないために、この便利なツールを社会がどう使いこなしていくのか。その進化の方向性こそが今まさに問われている。

【保存中】“恋愛は自助努力”時代の必需品 マッチングアプリが変えた恋愛の価値観の画像2

須賀原みち

フリーの編集・ライター。主な執筆分野はエンタメカルチャー、ビジネス、LGBTQなど。

須賀原みち
最終更新:2025/10/08 22:00