和食フュージョン料理「ニッケイ」がレストラン業界で話題に

和食が世界的なブームとなる中、「レストラン業界のアカデミー賞」と言われる「世界のベストレストラン50」で今年、南米のペルーの首都リマにある和食とのフュージョン料理を提供する店がナンバーワンに輝いた。
この賞で日本の和食店が1位になったことはなく、フュージョンが「本場の味」を追い抜いた形だ。ペルーには19世紀以降、日本人が移り住み、和食が持ち込まれた。庶民の和食がペルーの食文化を大きく左右し、125年以上経ち、世界に冠たる新しい味を作り上げた。
「レストラン業界のアカデミー賞」で強さ見せつけるペルー
「世界のベストレストラン50」は英国のメディア会社、ウィリアム・リードが2002年に創設し、毎年発表している。1080人の料理専門家による投票で順位が決まり、結果は世界的なコンサルタント会社による監査を経て公表される。信ぴょう性、透明性が高いことからニューヨーク・タイムズなどの世界の主要メディアが順位について大きく報道するため、「レストラン業界のアカデミー賞」と位置付けられている。
2025年の「ベスト50」は6月19日に発表され、1位にはリマにある和食フュージョンレストランの「Maido」が選ばれた。ペルー勢のトップは2023年についで2回目だ。今年は「Maido」を含めトップ10に2店、50位以内では3店もペルーのレストランがランクインした。
店名の「Maido」は、多くの日本の店で聞かれる言葉「毎度」のことだ。「Maido」はリマのミラフローレス地区にある高級店で、ペルーの地魚や肉、野菜を材料にして刺身や寿司、焼き物、煮物など日本式のメニューを作る。エリック・クラプトンやロバート・デ・ニーロも常連だという。
ペルー料理と和食のフュージョン料理は「ニッケイ」と呼ばれ、このカテゴリーが最近、世界に急速に広がっている。ニューヨークにも「ニッケイ」のレストランが誕生し、グルメ雑誌の定番となっている。
「Maido」のオーナーシェフ、ミツハル・ ツムラ氏はペルー生まれの日系ペルー人で、米国の大学で学んだ後、大阪の寿司店や居酒屋で修行し、リマに戻った。地元の高級ホテルでスーシェフを務めた後、2009年に「Maido」を開業した。これまで「ベスト50」のラテンアメリカ地区のトップに4回輝くなど「ニッケイ」分野の第一人者であったが、今回世界の頂点に昇りつめたカタチだ。
長い歴史と多様な文化、変化に富んだ地形が独自の味を育む
ペルーはインカ帝国の中心地で、古代から長い歴史を持つ。1533年にインカ帝国が滅びた後、スペインの植民地時代が約300年続き、1821年に独立した。アンデス山脈の山岳部、3000キロに及ぶ海岸線、アマゾンの熱帯雨林、乾燥した砂漠地帯など地理的にも極めて多様だ。
こうした歴史的、地理的な特性が独特なペルー料理を生んだ。ペルーはジャガイモの発祥地として知られ、数百種類もあるトウモロコシなどの現地の食材を生かしたインカ帝国時代から続く伝統料理や、海岸部の魚介料理、アルパカなどを使った山岳部の肉料理などメニューや味付けは幅広い。
スペイン統治時代に流れ込んだヨーロッパやアフリカの料理が融合し、それに加えて移民として渡ってきた中国人の味が加わった。和食もそこに交わり、世界でも異彩を放つペルー料理となった。
ペルー政府によると、記録に残る日本人の最初の移住は1596年。1613年には約20人の日本人が住んでいたとされている。本格的なペルーへの移民が始まったのは1899年。790人を乗せて横浜を出港した「佐倉丸」がカヤオ港に到着した。
1940年には日系移民の数は2万6000人に達した。当初は「契約移民」という形でサトウキビや綿花などの農園の労働者として働いたが、その後「自由移民」として渡り住み、さまざまな職業に日本人が携わるようになった。
日本人移民がもたらした「暮らしの中の食」が花開く
現在のペルーの日系人は約20万人だ。フジモリ元大統領に代表されるように、政治や経済、文化、スポーツなど幅広い分野で日系人が活躍するようになった。しかし、ペルー社会に最も影響を及ぼしているのは、人ではなく和食のようだ。
ペルーの人口は約3400万人で、日系人は1%にも満たないにもかかわらず、現代のペルー料理では和食の要素が至るところに見られ、なくてはならぬ存在だ。
生の魚や貝類をライムの絞り汁でしめて食べるセビーチェという料理があるが、生魚がペルーの代表料理になったのも日系人がもたらした和食の技術だといわれている。タコやウニを食べる習慣が定着していることも、和食文化があったからこそである。
世界的な和食ブームで、中国人や韓国人が日本料理店や寿司店を営むケースが世界規模で多くなった。海外の日本人社会では、こうした日本レストランを「なんちゃって」日本料理と呼んでいるが、ペルーでは最近の和食ブームとは関係なく、一般の食卓に和食が浸透している。「ニッケイ」は、うわべだけ日本食を真似した「なんちゃって」とは格が違い、日本人からの評価も高い。
「Maido」のツムラ氏は、グルメ系メディアのインタビューで次のように話している。
「私にとって日本はクラシック音楽だ。一方でペルーはハードロックや濃厚なサルサ音楽である。この2つが組み合わさると素晴らしいバランスが生まれる。『ニッケイ』という料理分野は、陰と陽の精神が融合しているから成り立つ」
「ニッケイ」は、和食ブームに浮かれるグルメ業界が置き去りにしてきた「暮らしの中の食」の重要さを正面から突き付けている。
(文=言問通)