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「みんなが持っている、あの赤いバッグは何?」 NYで日本人観光客が見つけた袋の正体は…

「みんなが持っている赤いバッグは何?」 母娘が見たニューヨークの別な姿の画像1
ニューヨークにあふれる赤いバッグ=筆者撮影

<日本人のおっさん移民 ニューヨーク奮闘記>第4回

 サラリーマン生活に見切りをつけて向かった先はニューヨークだった。身を粉にして働いた会社は60歳になった途端に冷たくなり、65歳定年なんて形だけだということを痛感した。転職しようとしても経験など全く考慮されず、社会から「黙って生きていればいいんだよ」と押さえつけられているようだった。もう日本のために働いてやるものか。今に見ていろ。移民として米国で働いて日本を見返してやる。

<バックナンバー>
第1回 仕事5つ掛け持ち 少なくとも日本より自由だ
第2回 ジャークチキンの煙にむせぶブルックリン おしゃれな街の素顔を見る
第3回 あいさつと無駄話は身を守る武器 ぺちゃくちゃとウェットな米国人社会

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 外の世界からの意見で、自らの日常を顧みることがよくある。ドライバーとして、ニューヨークにやってきた顧客を乗せて話していると、そういうことに接する機会が多い。

 ある日、根っから明るい母と娘の日本人観光客を乗せた。服装を見る限り、おしゃれにかなり関心が高そうな母娘だった。ニューヨーク市内に向ける視線もトレンドを追っていた。

「みんなが持っている赤いバッグは何?」

 かつてファッション関係の仕事に従事していたので、流行のファッションアイテムは頭の片隅に入れるようにしているが、最近、赤いバッグが人気などという話は聞いていなかった。

「えっ? 赤いバッグ?」

 街を見ながら「みんなが持っている」というからには、かなり流行の品なのだろうか。運転しながら考え込んでしまった。

「あっ、またいた。ほら、あそこ」
「こっちにも。何あれ、何?」

 母娘は興奮ぎみだった。母親が指さした方向を見ると、あるものが目に入った。と同時に、「みんなが持っている」理由もわかった。何ということはない、大手スーパー「ターゲット」の買い物袋だったのだ。

 ミネソタ州ミネアポリスに本社があるターゲットは、全米に1981店を展開している。ニューヨークにも店舗が点在し、米国で知らない人はまずいない大手スーパーだ。

 この会社のイメージカラーは赤で、もちろん買い物袋の色も赤。ターゲットというぐらいなので、買い物袋にも射撃の的のような白い円が幾重にもプリントされている。

 ニューヨーク州では2020年3月、環境保全を目的に使い捨てのプラスチックの買い物袋の使用が禁止された。それ以降、ニューヨーク市内でも「エコバッグ」を持ち歩く市民の姿が当たり前に見られるようになった。

 米国のスーパーでも日本同様、袋が必要な場合はプラスチック以外の素材のバッグを有料で買い求めることになる。それとは別に各スーパーはオリジナルの「エコバッグ」を販売している。

 この米国のスーパーのエコバッグは、日本でも通信販売などで購入できるが、かなりの高値のようだ。こちらでは値段の高いエコバッグよりも、1ドルもしない最も安いエコバッグを購入し、繰り返す人が多い。

 ターゲットの99セントのバッグは、繰り返し使うバッグとして、ターゲットで買い物をする時以外も市民が持ち歩く。そのためニューヨークの街中にターゲットの赤いバッグがあふれることになった。

 日々、ニューヨークの街に身を置けば、ターゲットの袋は街にすっかり溶け込み、その存在すら意識しない。ところが、日本から来た母娘は目ざとく見つけ、流行のファッションアイテムという認識のようだった。

 このことを母娘に説明すると、「ターゲットに行きたい」とのリクエスト。飽くなきトレンド追及心に感心するとともに、同じ風景でもこれほど見えるものが違うのかと驚いた。

 ターゲットの99セントの袋は何度か使ったことがあるが、1、2回使用しただけで白いプリント部分が細かくはがれ始める。繰り返し使えるように作られているが、剥がれた白い部分が指にまとわりつくので、個人的にはあまり使いたくないものだった。

 その後、母娘があの「エコバッグ」を買ったかどうかは知らないが、些細な情報とはいえ、教えてあげてもよかったのではないかと反省した。興味津々なふたりの気持ちが削がれることの方が怖かったわけだが……。

 ちなみに、禁止になったはずのプラスチックバッグだが、実は街中でよく目にする。大手スーパーなどは州法を遵守しているが、「デリ」または「ボデガ」と呼ばれる街角の雑貨店や一部のローカルスーパーでは、いまでも買ったものをプラスチックバッグに入れてくれる。バッグ代は無料だ。提供を止めれば、客足にも影響するだろう。違反した店には州から罰金が課せられることになっているが、いくつかの雑貨店に尋ねても、罰金を課せられたという答えを聞いたことがない。

 ニューヨーク市内を歩くと、プラスチックバッグが風に吹かれて舞い上がる様子を頻繁に目にする。法律があっても厳格には実施されていないという曖昧さは、いかにもニューヨークらしいが、環境問題が気になる。

(文=聖生清重)

聖生清重

衣食住の視点で長く国際関係を研究。民間企業の一社員として欧米、中南米、アジアで働く。

最終更新:2025/06/26 09:00