『マクロスF』も水樹奈々もももクロも。“あの曲”のしほりが今、海外進出していた

アニメとJ-POPが、国境を越える言語になった。
アニメコンベンションは今や世界各地で開催され、数万人規模の来場者を集める国際イベントへと成長。日本国内の市場が縮小する中、ポップカルチャーの“音”が海外進出の鍵を握る。その土台を築いてきたひとりが、アニソン・声優・アイドルソングを手がけてきたシンガーソングライター・しほりだ。
彼女は『劇場版 マクロスF』(2009年)での菅野よう子との楽曲制作をはじめ、水樹奈々や Buono!、ももいろクローバーZへの楽曲提供など、エンタメコンテンツと音楽が融合しながら世界的人気を獲得していく時代の中を駆け抜けてきた。
2018年に渡米し、現在は、現地での音楽活動やアニメコンベンションでのライブ出演を通じ、さらなる飛躍を遂げている。
そんなしほりさんが体感したアニソンのグローバルな広がりとは? いま世界で最も熱い“日本発音楽カルチャー”の現在地を聞いた。
――数多くのアニメ・ゲームの音楽を手がけ、現在はアメリカ・ロサンゼルスでアーティストとして活動されているしほりさんですが、デビューのきっかけは?
しほり 私は2007年に「瀬名」という名前で、ランティスからデビューしました。でも、いろいろと状況に恵まれないことが多くて……。09年に発売した3rdシングル「Never End Wonderland」がオリコンランキングで上位(デイリー5位)に入るなどしてました。ただ、同時期に担当者が病気で不在になったりと、人生で「惜しいところにいるのに何もできない」ことが多くて、このままではダメだと感じていたんです。
その頃に、業界のいろいろな方から「しほりは、作曲の才能がすごくある。アーティスト活動はいつでもできるから、まず作家として成果を出した方がいい」というアドバイスをいただいたんです。アーティストとして成功したい気持ちはあったものの、それが必要なら頑張ろうと、作家へのシフトを決めました。
ーーランティスだと、アニメやゲーム系の印象が強いですが、元々アニソンや声優の音楽には興味があったのですか?
しほり 子供の時はものすごいアニメファンで、テレビでやっているアニメは全部チェックして、主題歌も全部覚えて常に歌っているような子でした。大人になるにつれて一時期は見なくなりましたが、やはりアニメ音楽の影響は大きくて、私の音楽のルーツは大体アニメ音楽とベートーヴェンから来ています。
なので、アニソンを手掛けられたら楽しいかも、と思っていたタイミングで、たまたまmihimaru GTの「気分上々↑↑」などを手掛けられた作曲家の日比野元気さんにご紹介いただいて、メジャーデビューが決まりました。
――思い入れのあるアニソンは?
しほり 本当にいろいろありますけど、『ドラゴンボール』の初代オープニング(「摩訶不思議アドベンチャー」)や『聖闘士星矢』だったり、『スプーンおばさん』とか……。これで私の世代が一気にわかると思うんですけど(笑)。男の子向けも女の子向けも全部見ていたので、当時は本当に良質な楽曲が多くて、たくさん知っています。
ーー当時はJ-POPのアーティストや作詞・作曲家がアニソンを手がけ、不朽の名作とされるアニソンが多く誕生していましたね。シンガーソングライターから「しほり」名義で作家を志したわけですが、作詞・作曲家となる経緯は?
しほり 以前からコンペには参加していましたが、なかなか採用されない期間が3年くらい続いていました。当時(2008年頃)はアニメ『マクロスF(フロンティア)』が大人気で、私も大ファンでした。音楽が本当に素晴らしくて、同作の楽曲を手がけた音楽家・菅野よう子さんを高校時代から神様と崇めていたくらい。だから、何の確証もなかったんですけど、周りに「私は絶対に菅野さんと仕事をする!」と言いふらしてました。
そうしたら、ある作詞家事務所の方がその話を聞いていて、特別に『マクロスF』劇場版の作詞コンペに参加させていただけたんです。根性で3つ書いた歌詞のひとつが採用されて、菅野さんと一緒に楽曲を作らせていただくことになって。これはもう夢の中で生きているような気分で、本当に人生を変えた体験になりましたね。
特に菅野さんのインパクトは、当時めちゃくちゃ大きかったです。
それまでは、J-POP業界の慣習で「こうしなきゃダメ」「あれやっちゃダメ」「もっと誰でも歌えるような簡単なメロディにしなさい」とか、すごく言われてたんです。あと、「お前は喋ると馬鹿っぽいから喋るな」とか(笑)。そうやって、自分らしさをどんどん削られていって、もうボロボロの状態でした。
そんな中で出会った菅野さんが話してくださったのは全くの逆で、それまで誰にも言われたことがないようなことをいっぱい言ってもらえたんです。「普通のものは何もいらない」「不思議な言葉の組み合わせが聞きたい」「面白かったら何でもいい」と。その自由なスタンスを見て、自分の頭にいっぱい刺さっていたボルトを全部抜いてもらったように感じて、「何をしてもよかったんだ!」と思いが溢れ出てきました。自分が神様と思っていた人から肯定してもらって、一気にトラウマが一気に癒えちゃったんです。
その仕事の直後に水樹奈々さんの作詞作曲として楽曲を初めて採用していただいて、そこからあちこちで採用されるようになっていきました。本当に菅野よう子さんが私の封印を解いてくださったな、と。
「しほりって誰?」ももクロファンからの反応が変化
ーー『マクロスF』の楽曲とは発表期間で前後しますが、作詞・作曲家「しほり」として09年に水樹奈々さんの「沈黙の果実」でデビューされました。水樹奈々さんの楽曲の歌詞は、「心(とびら)」や「仮面(偽り)」など、一般的でないルビを付ける、いわゆる“奈々語”も有名ですよね。
しほり 作詞する側としては、ひとつの歌詞に意味を二重三重にも持たせることができるので、非常に便利なんですよね。だから、作詞していてもすごく楽しいんです。私も『沈黙の果実』では「この心絡める鎖-カルマ-を」という歌詞だったり、楽しく携わらせていただきました。
――その後、『サクラ大戦』の主題歌「檄! 帝国華撃団」や『ONE PIECE』の「ウィーアー!」などでも知られる音楽家・田中公平さんともお仕事をご一緒しています。
しほり 公平先生とは、しほりとして作家のキャリアを積み出してから、ご縁があって仲良くさせていただいています。田中さんをライブのゲストに呼ばせていただいたところ、「楽しそうだから一緒に曲作ってみない?」と言ってくださって。それで、16年に「無限方程式」という楽曲をリリースし、20年にはゲーム『プリンセスコネクト! Re:Dive』のオープニング主題歌「Lost Princess」を一緒に製作させていただきました。
――菅野よう子さんや田中公平さんといった、アニソン業界で活躍されてきた人々と楽曲を製作してきて、どのような影響を受けましたか?
しほり やはり尊敬していた方はみなさん、人間的にも素晴らしくて、おごりなども全然なくて本当にスカーンとしていて、大好きですね。最初に菅野さんとお会いして、完全に自信を失っていた状態から封印が解けたのは、本当に大きかったと思います。
――作詞・作曲家として順調にキャリアを積み重ねていく中で、次に転機となった楽曲は?
しほり 13年当時、日本で名実ともにトップアイドルとなった中で、ももクロちゃん(ももいろクローバーZ)の楽曲「GOUNN」の作曲を担当できたのは本当に大きかったですね。彼女たちの楽曲はヒャダインさんが手がけているイメージが強い中で、この曲はコンペということになったんです。急に話が来たので、「これは絶対取ろう」と思って、めちゃくちゃ気合入れて書きました。
ももクロファンの方にとって、発表時には「しほりって誰?」みたいな状態だったと思うんですけど、とても喜んでいただけました。いまだに「ももクロちゃんに良い曲を書いてくださってありがとうございます」と声をかけてくださるファンがたくさんいるくらいなので、とっても嬉しかったです。ももクロちゃんとの共演やテレビ出演など、たくさんの人に知ってもらえる機会になって、人生が変わったきっかけでした。
――ヒャダインさんのイメージが強い中で、コンペに参加するプレッシャーはありましたか?
しほり 曲を書いている時は全然大丈夫で、「取れたらラッキー」みたいな感じで楽しく書けたんです。ただ、採用が決まってからはすごいプレッシャーが襲ってきて、発表の前には責任重大だなって、怖くて震えてましたね。ただ、蓋を開けてみたら大好評で、「水樹奈々さんに曲を書いてる人だぞ」といったように、良い反応がたくさんあってホッとしました。発表の翌日、知恵熱が38度くらい出ちゃったくらい怖かったです。
――当時は、アイドルやアニメ声優の歌う楽曲が非常に盛り上がっていた時期だと思います。現在も声優アーティストは人気を博していますが、この状況をしほりさんはどのように見ていますか?
しほり 現在は、歌手になりたい人が声優の学校に行って声優になる、みたいな逆転現象も起きていて。ファンの方も喜んでいるので、独自の文化としては良いと思います。
また、声優さんの楽曲はアニメやキャラクターを反映したものが基本となっています。作品の世界観やキャラクター、ストーリー、メッセージの部分を切り取って音楽を作るという意味では、コンセプチュアルで面白いと思いますね。
「数字持ってるんですか?」作家としての絶好調がまた振り出しへ
――作家活動も順調な中で、2015年末にはアメリカへの移住を決意し、「公開アメリカンドリームプロジェクト」として宣言しています。アメリカに活動拠点を移した経緯とは?
しほり 15年は作家として本当に絶好調の時期でした。それで、音楽家としての成果を出したので、来年からアーティスト業に戻ろう、と考えていたんです。それで、実は大手芸能事務所で「16年から文化人枠で売り出す」ことや、シンガーソングライターとしての再デビュープロジェクトも進んでいました。
ところが、関係者から「作曲家としてすごいのはわかりましたけど、アーティストとしてはどれくらい数字持ってるんですか?」とか「パーソナリティや見た目が強すぎるから、日本のマーケットでは受け入れられやすいキャラにしよう」みたいな戦略を提案されたりと、またいろいろと理不尽なことにぶつかってしまって。さらに、そのタイミングでももクロちゃんと水樹奈々さんが年末の『NHK紅白歌合戦』に出場しないことが重なって、すごくショックを受けました。
自分らしさで勝負させてもらえない苛立ちやショックな出来事が積み重なって、一気にバーンと来たんです。それで、このまま作家を続けたら一生安泰な人生かもしれないけど、息苦しくて耐えられない」と思って、もっと大きな場所で新しい大きな挑戦をしたいと、ニューヨーク行きを決意しました。
――ニューヨークを選んだ理由は?
しほり 私、アメリカには仕事で1回行ったくらいしかなかったので、ニューヨークがアメリカのどこにあるかも知らなかったんです(笑)。当時、ドラマの『glee/グリー』を観ていて、あれはブロードウェイを目指す話なので、「ミュージカルも好きだし、なんかいいかも」みたいな、すごい安直な感じで決めましたね。
ーーその後、18年にNYへ移住し、現在はロサンゼルスへと拠点を移してアーティストとしての活動を続けています。
しほり 保険をかけたり逃げ道を作るのが嫌いなんですよ。それに甘えないために、アーティストの仕事以外をしてはいけない「アーティストビザ」を17年末に取得しました。一応、事務所にも入っていましたが、欧米での音楽・芸能のシステムは日本と違うので、事務所に仕事を持ってきてもらったことは1回もなかったはずです。
友達もゼロ、英語も下手くそだったので、いきなり仕事があるわけがない。なので、まずは友達を作ろうといろんなところに行ってみたり、オンラインを通じて少しずつコネクションを作ってライブしたりと……。最初の2年くらいは本当に地道な活動を続けていました。
そうやっていく中で、ニューヨークは私みたいなソロアーティストがいちからファンを作って広げられる設計になっていないことがわかりましたね。ライブハウスのシステムも日本みたいに親切じゃなくて、活動すればするほどお金だけ出ていく状態でした。それに、ニューヨークではヒップホップやR&B、ジャズ、クラシックが強くて、ポップス界隈の友達も全然出来なかったんです。さらに、コロナ禍で外にも出られないロックダウンに入って……。
そこからオンラインを通じて、ミュージックプロデューサーを探し始めたら、良い人がいっぱい見つかったんです。また、少し前から世界のアニメコンベンションにちらほら出演し始めていて、そこで声をかけてくれたアメリカ人のアニメ・ゲーム系コンポーザーとも知り合ったりしていて。気づくと、私の友達はみんなロサンゼルス在住だったんです。それで「ニューヨーク疲れた!」「 友達作りたい!」 と思って、2021年にロサンゼルスに渡って、アーティストとしての活動を続けています。
ーー後編では、ロサンゼルスで活躍しながらも全世界のアニメコンベンションなどに出演されているしほりさんから見た、海外でのアニソン人気についてうかがえればと思います。
(構成=須賀原みち)
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■しほり
愛知県出身、アメリカLA在住のシンガーソングライター。2007年、「瀬名」名義でランティスよりデビュー。3rdシングルがオリコンデイリーチャートで5位を記録。アニメ主題歌のほか、水樹奈々、ももいろクローバーZ、中川翔子などへの楽曲提供でも活躍。その後、2018年に単身渡米し、アーティストとしての活動を本格的に開始。『リーグ・オブ・レジェンド』や『オメガストライカーズ』『モバイル・レジェンド』など人気ゲームの主題歌も手がける。
イタリア人作曲家・ギタリストのニコ・ベリサリオとの共作による、「ジョジョの奇妙な冒険」第7部『STEEL BALL RUN』の架空オープニング主題歌「Holy Steel」は、YouTubeで再生回数1,900万回を超える大ヒットを記録。2025年2月には、日・コスタリカ国交樹立90周年を記念し、日本人として初めてコスタリカ国立劇場にてJ-POPソロ弾き語りライブを開催。満員御礼の成功を収める。現在は全米および世界各地を舞台に、J-POPの魅力を発信し続けている。
【ニューシングルリリース!】
一年以上ぶりのシングル「Invisible Staiway」がリリース!!以下のサブスクで配信中!https://ffm.to/invisiblestairway
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