映画『木漏れ陽』来年公開へ――大物俳優に囲まれて綴った物語と、熱気あふれる現場の裏側

解禁である。ドラマ『ムショぼけ』、それにドラマ『インフォーマ』シリーズに続き、今度は待望の映画化である。
ずっと想像してきた。25歳のときからずっとだ。自分が書いた物語が映画になることを、ずっと空想してきたのである。 それが25年の歳月を経て、ついに実現してしまった。人生の半分の歳月、脳裏で思い描いてきたのだ。我ながら並大抵のことではなかったと思うが、それすらも過ぎ去れば、あっという間に思えてしまう。
いつも脳裏で、見ず知らずの観客が私の書いた物語を映画館で観て、涙する姿を思い浮かべて書いてきた。デビュー前なんて、心の支えはその想像しかなかったのだ。こんなことをしていても無駄ではないかと、油断すれば折れてしまいそうな心を、いつもその想像だけで支えてきたのだ。
物語なんてものは、書いてみれば誰だってわかるが、1行目から苦悩の連続である。
「本当に最後まで書くことができるのか……」と毎日、悩みながら、書ける日も書けない日も考えているのだ。当然、書き終わったときには、どっと疲れ、安堵からか必ず熱が出る。
そして原稿料をもらったときには、くらくらするのだ。 何カ月もかけて寝る間を惜しんで書いた物語が数十万円なのだ。卒倒しそうになるぞ。
しかし、それでも書き続けるのは、そこに夢があるからだ。みんなの夢だって叶えることができるからだと思う。
『インフォーマ』も『ムショぼけ』も、私が書かなければ、この世に誕生していない。もっと言えば「出会い」がなければ、生まれていなかった。
そして、今回映画化される『木漏れ陽』だってそうだ。ずっと書いていた。 所作監修で入っていたNetflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』の撮影現場の待ち時間。目の前のパイプ椅子には、主演の戸田恵梨香さんが座り、右隣には生田斗真さん、左隣には杉本哲太さんが座っている中でも、黙々と私は『木漏れ陽』を書いていたのだ。
そうはいない。ドラマの撮影現場の待ち時間に、大物の俳優部に囲まれるような状態で、物語を書いている小説家なんて、なかなかいないだろう……。
で、思い出してしまった。所作監修と書いていて思い出してしまった。ジョニーめ!ジョニーとはドラマ『ムショぼけ』やドラマ『インフォーマ』シリーズのプロデューサーのことである。
昨日、監修・所作指導で参加した舘ひろしさん主演の映画『港のひかり』を初めて観た。エンドロールに出る私のクレジットの件、すでに知っていた。
もう7年、8年の付き合いになるのにだ。「監修・所作指導 沖田臥竜」の竜の字をジョニーに「龍」と間違われていることは、確認済みであった。
「沖田さん!もうなかったことに!」とその件については、ジョニーと笑い話で済んでいたので、そこについては良かったのである。
物語の内容は、何度も脚本に筆を入れさせてもらったので、頭の中に入っていた。映像で改めて観て、とても良い映画であった。
そして流れてくるエンドロールクレジットである。 クスッと笑ってやろうと思っていた。名前の誤字もクスッと笑ってやるつもりであった。 しかしである。あのジョニーのたわけめが!!!
ジョニーの名前は、2回も3回もクレジットに出てきたくせにだ。私のクレジットについては誤字があった挙句に、その順番が、フクや杏樹らといった若手スタッフよりさらに後ろのほうだと……!!!
すまないが、私は心の中で絶叫してしまった。 そしてやっぱりクスッと笑っていた。コラムのネタが一つできたなと、クスッと笑っていたのである。
一本の映画をつくりあげるスタッフたちの熱量
クレジットを観ていて、一緒に作品を作ってきたスタッフの名前が流れてくると、いつも微笑ましい気持ちになることができる。嬉しくなれるのだ。いつの間にか、映像で呼ばれる仕事も増え、スタッフの知り合いも大勢できたので、どの映画を観ても、クレジットでスタッフや俳優部の名前を見るのが楽しみになっている。
そして、流れるエンドロールクレジットの中から知り合いの名前を見つけると、元気に頑張ってるかな〜と思い嬉しくなれるのだ。
それも私がこうして今も書き続けているからこそ、味わえる喜びだと思う。そうした一つ一つに、25年書き続けて良かったと思うことができるのだ。
『木漏れ陽』のスタートは、私がサイゼリヤで何気なく撮った一枚の写真から始まった。それを映画化するにあたり、企画・プロデュースを担当してくれている藤井道人監督に送ったのである。
すると藤井監督から「沖田さん! 次は家族愛をテーマにした物語を作りませんか!?」と返事があり、すべてが動き出したのだ。それが今から2年前の夏の終わりだった。
映画『木漏れ陽』の監督は、ドラマ『ムショぼけ』でも監督を務め、ドラマ『インフォーマ』シリーズでも、さまざまな形で携わってくれた澤口明宏監督がメガホンを握ってくれている。
『インフォーマ』シーズン1の撮影中、こんなことがあった。
予定ではドローンを飛ばす日ではなかったのだが、その日、急遽飛ばすことになったのだ。
澤口監督はドローンを操縦することもできる。ドラマ『ムショぼけ』でもドローンを飛ばして、尼崎市の街並みを上空から撮影したのは澤口監督だった。
突然の依頼だったが、プロデューサーのジョニーが電話をかけると、澤口監督は二つ返事で引き受けてくれた。そして私とジョニーは、時間がなかったので急いで澤口監督の自宅まで車で迎えに行ったのだった。
その他にも撮影中にピンチになれば嫌な顔ひとつせずに、撮影現場へと手伝いに来てくれたのである。そうした一人ひとりの熱い気持ちや熱量で、ドラマや映画は完成していくのだ。
共に悩み、楽しむために結集した最高のメンバー

その背景を文字にしていくのも、私の仕事であり、そこからサイドストーリーや新しい物語が生まれてくるのである。
あくまでビジネスである。みんな食べていかなくてはならない。でもだ。作品作りに限らず、良い人柄の人や熱量のある真面目な人と仕事したいと思うのは、当然の感情ではないだろうか。
特に撮影現場は、過酷なときだってある。世間で想像しているよりも、華やかなものではない。
なぜならば答えのない世界で、みんな一生懸命に戦っているからだ。その上で一番大事なのは、楽しくなければ意味がないということだと思う。
辛くて悩む中に、物作りの楽しさや面白さがあるからこそ、ロマンや歴史になるのである。
そして映画『木漏れ陽』のプロデューサーは、BABEL LABELの高柳亮博さんである。なぜか高柳さんとは縁があった。仕事はこれまで一緒にしたことがなかったのだが、映画やドラマ仲間が集うBABEL BARに行くと、よく高柳さんが先客としていたのである。 そして一緒に仕事をしてみてわかったのだ。彼は最高に面白いのだ。そして知れば知るほど、高柳さんは奥深い実力を持っていたのだ。
映画『木漏れ陽』に、一人また一人と最高のメンバーが結集したのだ。
涙を流す準備を忘れずに
それもドラマ『ムショぼけ』に続いて、私の地元でもある兵庫県尼崎にだ。そう、映画『木漏れ陽』は、尼崎市を中心に撮影してきている。私にとっては、『ムショぼけ』『インフォーマ』シリーズに続いての凱旋ということになる。
いつも書くことだが、私に地元愛みたいな感情は微塵もない。
だけど、自分が生まれ育った街にテレビで観ていた俳優部やスタッフが大勢やってくるのだ。それも自分の書いた物語を映像化するためにだ。全てが愛おしくなるに決まっているではないか。
撮影現場の至るところに、生まれ育ってきた思い出がある。そこを走り回った小学生時代だってあるのだ。ドラマ『ムショぼけ』なんて、夏休みにラジオ体操で通っていた公園がロケ地に使われているのだ。
お世辞でも、生まれ育った街に少しでも恩返しがしたいなんて気持ちは断じて言わないが、思い出が詰まった場所を舞台に、作品が育まれていくとき、いつも「この時間がずっと続いてくれたら良いな」と学生時代に感じた感情を持つことができる。
仕事でだ。大人になっても、そんな気持ちになれるということは、かけがえのないことではないだろうか。
映画『木漏れ陽』は家族愛をテーマにした泣ける物語になっている。泣かせたいと思っている。
ずっと夢見たシーン。自分が書いた物語が映画になり、それを劇場で観た全く知らない誰かが、涙を流す場面を映画『木漏れ陽』で叶えたいと思っている。
映画『木漏れ陽』は来年、全国公開である。大切なものは何か。今ある当たり前の日常が、どれほど大切な時間なのかを改めて認識することのできる作品になっていると思う。
劇場には忘れずに、ハンカチを持ってきていただきたい。
(文=沖田臥竜/作家・小説家・クリエイター)