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井上尚弥“最強挑戦者”負傷欠場でも要注意? プロボクシング「代役」番狂わせの歴史

井上尚弥(写真:GettyImagesより)
井上尚弥(写真:GettyImagesより)

 24日に予定されていたプロボクシング4団体統一スーパーバンタム級王者・井上尚弥の挑戦者だった、IBF・WBO同級1位のサム・グッドマンが再び負傷、試合をキャンセルするとの一報が入ってきた。

 試合までわずか2週間、井上も10日には自身のXにサンドバッグを叩く写真とともに「2 more weeks」と投稿し、仕上がりの充実ぶりをアピールしていただけに、その心中は察するにあまりあるところだ。

 もともと昨年12月24日にセットされていた同タイトルマッチだが、来日直前になってグッドマンがスパーリング中に左目をカットしたとして延期されていた。今回の負傷も左目だといい、グッドマン側の管理の甘さが露呈した形となる。

 結局グッドマンとの対戦は中止となり、今回、井上の対戦相手には代役が立てられることになる。

 現在、世界で権威があるとされるボクシングメディア「RING MAGAZINE」が選出するP4Pランキングで世界2位とされている井上。「P4P」とは「パウンド・フォー・パウンド」のことで、すべての選手を同一体重と仮定した場合の実力を比較した評定基準である。つまり、世界中のすべてのボクサーの中で現在2番目に優秀なのが、井上尚弥だということだ。井上は2022年6月と24年5月に同ランキングで1位の座に輝いており、正真正銘の“世界最強”の一角であることに疑いようのない選手である。

 その井上に対して、グッドマンの下馬評は不利。中には「消化試合」と表現するファンや関係者もあった。グッドマンが試合をキャンセルし、2週間前になって立てられた「代役」はWBO世界11位のキム・イェジョン。今回リザーバーとして準備していたこともあり調整は問題なさそうだが、やはり圧倒的不利が予想されるところだ。

 だが、ファンの中には「代役」という言葉に敏感に反応する者もあるだろう。プロボクシングの長い歴史の中では、この「代役」がしばしば大番狂わせのドラマを起こしてきた。

 ここでは、そんな歴史に残る「代役によるドラマ」の歴史を振り返りたい。

普通のおじさんがヘラクレスを倒した

 19年6月1日、米ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデン。WBA・WBC・IBF世界ヘビー級王者・アンソニー・ジョシュアが防衛戦を迎えていた。挑戦者として予定されていたジャレル・ミラーが薬物違反で資格停止となり、その「代役」として白羽の矢が立ったのが、当時WBA5位にランクされていたアンディ・ルイス・ジュニアだった。

 ジョシュアのそれまでの戦績は22戦22勝(21KO)。198cmの長身と筋骨隆々の肉体はヘラクレスに例えられ、その強打とロンドン五輪を制した本物のスキルでレジェンドへの道を歩き始めたところだった。

 一方のルイスは、まるでシェイプされていない肥満体型。腹まわりには脂肪が浮き輪のように張り付き、普通のおじさんのような容貌だった。賭け率はジョシュア1倍に対してルイスが16倍。当然のようにかけ離れていた。

 だが、ルイスは勇敢だった。先にクリーンヒットを浴びてダウンを奪われると、逆に覚醒したかのようにジョシュアに迫る。3ラウンドに2度、7ラウンドにさらに2度のダウンを追加すると、レフェリーはためらわずに試合をストップ。空前の番狂わせが成立した瞬間だった。

 結局、半年後のリマッチでタイトルは再びジョシュアに移動することになるが、「代役に気を付けろ」という言葉を思い起こさせるには十分な試合だった。

若者は「代役」として輝く

 現在「RING MAGAZINE」のP4Pランキングで6位の評価を受けている若者がいる。ジェシー・バム・ロドリゲス。戦績は21戦21勝(14KO)。まだ24歳だ。

 22年2月5日、バムは世界タイトルマッチの前座で、WBC全米ライトフライ級タイトルマッチに出場する予定だった。ライトフライ級のリミットは48.9kgである。

 だが、メインイベントとしてセットされていたWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチに出場予定だったシーサケット・ソー・ルンビサイがコロナ感染のため欠場することになり、急遽、カルロス・クアドラスとそのベルトを争うことになった。

 48.9kgリミットの国内戦に出るはずが、未経験の52.2kgでの世界タイトルマッチに変更になったのである。ここまで乱暴なマッチアップは、ボクシングの世界ではあまり例がない。

 リングに上がると、その体格差は歴然だった。バムはクアドラスより2周りは小さく見える。だが、サウスポースタイルからのスピードに乗った独特の足さばきと鋭いカウンターでクアドラスを攻略。意地を見せるベテランをさばききってタイトルを奪取して見せた。

 その後、バムはシーサケット、サニー・エドワーズ、ファン・フランシスコ・エストラーダといった有名選手を次々に撃破。シーンの中心選手に躍り出ている。

 スーパーバンタムに井上、バンタムに中谷潤人、スーパーフライにバム。それが今の軽量級の勢力図だ。

伝説は事件から始まった

 アジアの至宝、フィリピンの伝説、戦慄の破壊者、6階級を制覇したマニー・パッキャオの世界ロードもまた、「代役」からのスタートだった。

 01年6月23日、IBF世界スーパーバンタム級王者のレーロホノロ・レドワバにパッキャオが挑戦することが決定したのは、試合からわずか2週間前のことだった。予定されていたエンリケ・サンチェスの欠場によってチャンスを得た当時のパッキャオはフライ級で一度タイトル獲得の経験があったが、本場・アメリカでの知名度は皆無。界隈の予想は、タイトル5度防衛のうち4度をノックアウトで片付けているレドワバに傾いていた。

 この試合でパッキャオは前進しながら強打を振り続ける独特なスタイルを披露。1ラウンドに早くもレドワバの鼻からは鮮血が飛び散り、その後も6ラウンドまで一方的に打ちまくって王者をリングに沈めてしまった。後のレジェンドの衝撃的な世界デビューである。

 この日、メインイベントのリングに立っていたのはオスカー・デ・ラ・ホーヤ。スーパーウエルター級のタイトルをかけた5階級制覇への挑戦試合だった。

 パッキャオのこの日のウエイトは55.3kg。デラホーヤは69.9kg。その差は約15kgもあったのだ。

 7年後、階級アップを繰り返したパッキャオはデラホーヤ戦にたどり着くことになる。そしてその「無謀なマッチ」に勝利し、伝説を確かなものにするのだ。

 * * *

 今回、グッドマン相手でも楽勝ムードだったボクシングファンの間では、さらなる楽観的な見方が強まっているように見える。だが、もう一度思い出しておきたい。

「代役には気を付けろ」

 それはボクシング界の鉄の掟だ。

(文=CYZO sports)

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最終更新:2025/01/11 18:00