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『金ロー』を独自視点でチェック!【28】

原作者を怒らせたジブリアニメ『ゲド戦記』 鈴木敏夫プロデューサーの功罪

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宮崎駿と宮崎吾朗(写真:Getty Imagesより)

 世界三大ファンタジー小説と呼ばれているのは、『指輪物語』『ナルニア国物語』、そしてアーシュラ・K・ル=グウィン原作の『ゲド戦記』です。小さな村で山羊飼いとして育った少年・ハイタカが魔法学院へと通い、知恵を持つ竜や不気味な「影」との戦いを経て、大魔法使い・ゲドへと成長していく物語です。

『ハウルの動く城』が描く老老介護の世界

 スタジオジブリ制作の『ゲド戦記』(2006年)は、外伝を含めて全6巻ある原作小説のうちの第3巻『さいはての島へ』と第4巻『帰還』をベースに劇場アニメ化したものです。宮崎駿監督の長男・宮崎吾朗監督がアニメーター経験なしで、いきなり監督に抜擢され、大きな話題を呼びました。賛否が飛び交う内容ですが、興収78.4億円のヒット作となっています。

 3月7日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、通算6度目となる『ゲド戦記』をオンエアします。原作者を怒らせたことで知られるジブリ版『ゲド戦記』は、どこが問題だったのでしょうか。

香川照之が久々に地上波テレビに復帰

 物語の舞台は「アースシー」と呼ばれる、魔法使いが存在する架空の世界です。原作の第1巻『影との戦い』では若い魔法使いだったハイタカですが、アニメ版ではすっかりオジサンになったハイタカ(CV:菅原文太)が登場します。世界のバランスが崩れ、さまざまな異変が起き、その元凶を探るためにハイタカは旅をしていました。

 旅の途中、暗い顔をした若者・アレン(CV:岡田准一)とハイタカは出会います。アレンはエンラッド国の王子でしたが、父親である国王(CV:小林薫)を刺して逃げてきたのです。アレンのことを放っておけず、ハイタカは彼を連れて旅を続けます。

 ある日、ひとりでいたアレンは、人狩りのウサギ(CV:香川照之)に襲われていた顔に火傷の痕のある少女・テルー(CV:手蔦葵)を助けます。そのことから、アレンとハイタカは、ウサギが仕える悪い魔法使い・クモ(CV:田中裕子)との戦いに巻き込まれていくのでした。

 岡田准一、菅原文太、田中裕子、風吹ジュンら豪華キャストの起用も話題となりました。2022年から芸能活動を自粛していた香川照之は、声優ながら久々の地上波テレビの復帰となります。酒に酔ったウサギが部下たちに高飛車な態度を見せるシーンは、SNS界隈をざわつかせるかもしれません。

宮崎駿の天才ぶりを実証した『ゲド戦記』

 鈴木敏夫プロデューサーに抜擢され、ド新人ながらいきなり大作アニメを任された宮崎吾朗監督のプレッシャーはすごかったと思います。父・宮崎駿からは監督デビューを大反対され、ジブリ内でも「二世監督」に対する冷ややかな視線が当初はあったそうです。それを乗り切って作品を完成させただけでも、タフな精神力の持ち主だなと感心します。

 しかし、宮崎吾朗監督のデビュー作『ゲド戦記』を観た感想は、「宮崎駿アニメの劣化版」というのが正直なところでした。原作シリーズのエピソードの切り貼り感が強く、原作に書かれている「本当の名前」を知ることの重要性がぼんやりしているため、アレンが自分を追ってくる正体不明の「影」に怯えている設定もうまく活かされていません。

 宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)の見せ場である、千尋が自分の本当の名前を思い出し、ハクが真実の姿を見せるクライマックスは『ゲド戦記』の原作からの「いただき」だったわけです。でも、宮崎駿監督はその「いただき」方が実に巧妙でした。

 宮崎駿アニメの元ネタである『ゲド戦記』を吾朗監督は映画化したにもかかわらず、吾朗監督の『ゲド戦記』のほうが宮崎駿アニメを模倣しているように見えてしまうのです。それだけ宮崎駿アニメのインパクトが強く、アニメーションとしての驚きに満ちていたと言えます。宮崎駿監督の天才ぶりを、吾朗監督の『ゲド戦記』は改めて実証する形になりました。

原作改変が多いジブリ作品

 2003年の秋ごろ、原作者のル=グウィン女史は、宮崎駿監督の『となりのトトロ』(1988年)を観て、「映像化するとしたら、ハヤオだけ」と『ゲド戦記』のアニメ化を認める気になったそうです。20年前にアニメ化することを熱望していた宮崎駿監督ですが、20年前の宮崎駿監督はまだ海外では無名だったこともあり、アニメ化のOKは出ませんでした。

 せっかく原作者から届いた『ゲド戦記』アニメ化のOKでしたが、宮崎駿監督は高齢を理由に自分が監督することを回避。監督候補に挙がっていたアニメーターも降板したため、鈴木プロデューサーに説得された吾朗監督が、学生時代から読み親しんできた『ゲド戦記』を撮ることになったわけです。ル=グウィン女史にしてみれば「話が違う!」と不機嫌になるのも無理はないと思います。

 鈴木プロデューサーはル=グウィン女史を説得するために、宮崎駿監督を連れて渡米しています。宮崎駿監督が「息子たちが作る脚本には自分が全責任を持ちます。読んでだめだったら、すぐにやめさせます」と伝えたところ、緊迫した空気が流れたそうです。

 結局、宮崎駿監督は、その後も原作者を失望させています。「自分が全責任を持つ」と言いながら、アニメ版『ゲド戦記』の制作にはほとんどタッチしていません。ル=グウィン女史は宮崎駿監督が引退すると思って諦めたのですが、その後も宮崎駿監督は新作を撮り続けました。そして、原作とはずいぶん違ったアニメ版『ゲド戦記』が公開された次第です。

 日本テレビ制作のTVドラマ『セクシー田中さん』の原作改変問題が、2024年は大きな波紋を呼びました。『魔女の宅急便』(1989年)や『耳をすませば』(1995年)など原作改変が多いジブリ作品も、今ならかなり問題になったんじゃないでしょうか。

宮崎親子の葛藤まで利用されることに

 鈴木プロデューサーとしては世界的に有名なファンタジー小説をアニメ化できるチャンスを、みすみす手放したくなかったのでしょう。また、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』(2004年)に続くジブリの次回作が決まっていないという状況もあり、吾朗監督が口説き落とされてしまったのです。

 ちなみにアレンの父親殺しは原作にはなく、鈴木プロデューサーが吾朗監督に教唆したアイデアです。宮崎駿・吾朗親子の葛藤まで、作品を盛り上げるための材料に鈴木プロデューサーは利用したわけです。

 映画プロデューサーは、本当に際どい仕事だと思います。作品が興行的に成功すればヒットメーカーとして脚光を浴びますが、失敗に終わると出資者たちから「詐欺師」扱いされ、スタッフやキャストはギャラがもらえるのかどうかヤキモキさせられます。『ゲド戦記』もその年の邦画トップのヒット作になっていなかったら、スタジオジブリや鈴木プロデューサーへの風当たりはもっと強かったと思います。

 とはいえ、鈴木プロデューサーがいなければ、スタジオジブリは誕生せず、宮崎駿監督が国民的アニメ作家になることもなかったでしょう。そのことは宮崎駿監督も理解しており、自伝的アニメ『君たちはどう生きるか』(2023年)には主人公を冒険に誘う青サギのモデルとして、鈴木プロデューサーを登場させています。宮崎駿監督にとっては、作品づくりに欠かせない悪友、もしくは共犯者のような存在です。

毀誉褒貶の激しいアニメ界のプロデューサー

 アニメ界だけを振り返っても、毀誉褒貶の激しいプロデューサーたちの名前がすぐに思い浮かびます。日本初のTVアニメ『鉄腕アトム』を大ヒットさせた「虫プロ」経営者の手塚治虫ですが、一方ではアニメーターが低賃金で働く搾取構造を残してしまったという功罪があります。

 倒産寸前だった「虫プロ」でキャリアをスタートさせたのが、西崎義展プロデューサーです。『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開を大成功させ、現在も続くアニメブームを生み出すことに貢献しました。しかし、その後は自己破産、麻薬所持、銃刀法違反で獄中生活を味わい、最後はクルーザーでの遊興中に事故死を遂げています。

 アニメーターたちが静止画に命を吹き込むのに対し、プロデューサーは言葉の錬金術師だと言えるでしょう。アニメ業界そのものが、あやしい魔術が飛び交う異世界なのかもしれません。

タイパ重視のZ世代が喜ぶ映画

(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2025/03/07 12:00