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那須川天心「僕はパンチ力がない」ビッグマウス封印、世界前哨戦クリアもタイトル戦に暗雲か

那須川天心(写真:GettyImages)
那須川天心(写真:GettyImages)

 8日に東京・有明コロシアムで行われたプロボクシング興行で、キックボクシング界のスーパースターからボクシングに転向した那須川天心の7戦目が行われ、3-0の判定でWBAバンタム級6位のビクトル・サンティリャンを下しデビュー7連勝(2KO)とした。

那須川天心は「限界」?

 この試合までにWBCで世界ランク1位となっていた那須川は“世界前哨戦”を明確にクリアした形となったが、当初今年11月とアナウンスされていた世界タイトルへの初挑戦についてはトーンダウンしたようだ。

「こうもうまくいかないかっていうか。調子も良くて、これにかけてやってきたんですけど、なかなか身を結ばないというか。これが実力。だから次でっかいことを言おうとか、まったく考えてなくて」

 試合後のリング上インタビューでの那須川の言葉である。試合は、ジャッジ1人が100-90、残る2人が99-91と採点した“準フルマーク”。アマ200戦を超える実績を持っている世界ランカーを相手に、申し分ない結果である。大差をつけていた最終ラウンドでは倒されるリスクもいとわず、サンティリャンの捨て身の打ち合いにも応じて観衆を大いに盛り上げた。デビューからわずか2年、ボクサーとしての技術の向上には目を見張るものがある。それでも、那須川の表情は晴れなかった。

「那須川天心である以上、求められるものは大きいし、いろいろな課題だったり、普通の人だったら時間をかけられるものをかけられなかったりする」

 ボクシング転向以来、「競技そのもののイメージを変える」というビッグマウスを振りまいてきた26歳はこの日、いつになく殊勝だった。

陣営もタイトル戦の先延ばしを示唆

 一夜明け会見でも「僕はパンチ力がない」などネガティブな発言が目立った天心。帝拳ジムの浜田剛史は「練習を見ると本当に安定してきた」とその成長を評価しつつ「試合になるとなぜか天心のパンチに力がなかった」とその内容に不満を示し、トレーナーの粟生隆寛も「今のままだと普通の世界チャンピオンという感じになってしまう、普通のチャンピオンじゃない、全部のベルトを取れるようなチャンピオンにさせたいと思う」と、今すぐタイトル戦にゴーサインが出せる出来ではなかったことを明言した。

「全部のベルトを取れるようなチャンピオン」

 ひと昔前なら、日本のボクシング界においてそんな代名詞は絵空事でしかなかった。だが、2階級4団体統一という、文字通り「全部のベルト」を実際に獲ってしまった選手の存在が、プレッシャーとなって那須川にのしかかっていることは想像に難くない。今回の試合でも、那須川が試合をコントロールし始めると、やはり井上尚弥の存在が私たちの頭をかすめた。バンタム級時代の井上はこんなもんじゃなかった、この相手なら易々と吹き飛ばしていたはずだ、そんな想像が那須川の試合に対するフラストレーションとして蓄積されていく。世界を変えるんだろう? スーパースターなんだろう? 期待の裏返しというにはあまりにも重い宿命を、那須川は自分の中に課してしまった。

 この日、メインイベントではWBC王者の中谷潤人が戦慄の猛攻でIBF王者・西田凌佑を破壊し、この国に井上以外にももう一人「普通じゃない世界王者」が存在していることを証明して見せた。

 その中谷は、西田に勝利した後にベルトを返上し、井上の待つスーパーバンタム級への転級を示唆している。バンタム残留、3本目のベルトにも含みを残しているが、来年5月に計画される井上戦に向けて年内にスーパーバンタムでラモン・カルデナスとのカードが組まれるとのうわさもある。カルデナスといえば、5月に井上から左フックでダウンを奪った選手、これ以上ない比較対象となる。

 中谷がベルトを返上すれば、1位の那須川に決定戦のチャンスが回ってくることになるだろう。上位ランカーの状況から見て、相手候補になるのは世界的知名度のある古豪フランシスコ・エストラーダか、那須川の元スパーリングパートナーであるアレハンドロ・ゴンサレスということになりそうだ。仮にエストラーダと組まれることになれば世界的に注目も集まるし、「勝ち方が問われる」こともないだろう。どんな形であれこの相手ならただ勝てばいいし、今の那須川には十分勝機もあるはずだ。

バンタム級戦線の行方

 この日の興行では日本王者の増田陸が世界11位を退け、元アマチュア世界選手権覇者の坪井智也がデビュー2戦目でWBOアジアパシフィックタイトルを獲得している。増田は1ラウンドで衝撃的な左ストレートをブチ当て、坪井はタフなベトナム人を精密機械のようなボクシングで完封。ともにインパクトのある試合を見せた。増田も坪井も那須川と同じ帝拳ジム、今回の試合前には恒例の成田キャンプで汗を流した仲間だ。その強さも、那須川は肌で感じているに違いない。

 中谷以外の王者も2人とも日本人だ。目の手術で休養王者となっているWBAの堤聖也は試合後、那須川の印象を尋ねられて「あんまり言うと帰りに刺されちゃう」と冗談めかして語った。明確な弱点が見えた、という意味だろう。もうひとり、WBOの武居由樹は言うまでもなく那須川と同じキック出身、従来から那須川との対戦希望を公言している。

 堤と引き分け、WBA正規王者になったアントニオ・バルガスに挑む予定の比嘉大吾もいれば、元WBA王者の井上拓真もいる。昨年プロデビューした元世界ユース金メダリストの坂井優太も、来年後半には世界戦線に顔を出してくるはずだ。

 中谷と西田がスーパーバンタムに上げても、バンタムは那須川中心に回り始めるわけではない。それを誰よりも明確に実感したがゆえの、今回のトーンダウンだろう。

「できることを最大限やるしかない。どんな状況、どんなことが起こってもいいように常日頃、準備をしておくことが大事」

 いつになく元気のない会見を見ながら、「このボクサーは強くなる」そう感じた。

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最終更新:2025/06/11 18:00