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『金ロー』を独自視点からチェックする!【54】

ヴィラン視点から描いた『マレフィセント』 ディズニーには「劇薬」だった大ヒット作

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映画『マレフィセント』で主役を演じるアンジェリーナ・ジョリー(写真:Getty Imagesより)
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「おや、おや、おや」

『眠れる森の美女』と現代社会に蔓延する「朝起きられない病」

 アンジェリーナ・ジョリー扮する恐ろしい妖精・マレフィセントが登場するシーンの決め台詞です。ディズニーの古典的アニメ『眠れる森の美女』(1959年)を、ヴィラン(悪役)視点から描いた『マレフィセント』(2014年)は世界的な大ヒットとなりました。日本でも興収65.4億円という好成績を残しています。

 悪役側の立場から物語を再構成するというアイデアは、大きなブームとなり、ワーナー配給の『ジョーカー』(2019年)などの名作も誕生しています。

 9月19日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、9年ぶりの地上波放送となる『マレフィセント』です。「勧善懲悪」ものを得意としてきたディズニーにとっては「劇薬」でもあった『マレフィセント』について考察したいと思います。

元カレの新居にお邪魔する恐怖の元カノ、マレフィセント

 誰もが知っているおとぎ話『眠れる森の美女』ですが、頭に大きな角が生えているマレフィセントは、見るからに悪者感を漂わせています。国王と王妃の間に生まれたオーロラ姫の洗礼式に呼ばれなかった腹いせに、オーロラ姫に「16歳の誕生日の日没までに、糸車の針に指を刺して死ぬ」という恐ろしい呪いを掛けた悪の魔法使いです。ディズニーヴィランの代表格です。

 アンジェリーナ・ジョリーが製作総指揮に加わった『マレフィセント』では、マレフィセントが人間や王室を憎むようになった経緯が描かれます。若い頃のマレフィセントは、実はオーロラ姫の父親である国王・ステファン王(シャールト・コプリー)と恋仲だったという設定です。不確かな愛よりも、ステファンは社会的地位=国王の座を選んだのです。

 交際相手が自分を裏切り、王位に就いた。そして、幸せそうな結婚生活を送り、娘まで生まれた。怒りを抑えられないマレフィセントは、呼ばれていない洗礼式に「おや、おや、おや」と呟きながら現れるわけです。嫁と暮らす新居に、元カノが呼んでもないのに現れたら怖いですよねー。この事件がきっかけで、ステファン王はマレフィセントを抹殺することしか考えられなくなってしまいます。

 ただし、アニメ版『眠れる森の美女』とはマレフィセントの「呪い」の内容が、少しだけ変わっています。オーロラ姫に掛けるのは「死の呪い」ではなく「永遠の眠りに就く呪い」となり、「真実の愛のキスによって目覚める」というただし書き付きです。

 ステファン王に裏切られた過去を持つマレフィセントは、「真実の愛など存在しない」という前提でこの呪いを掛けたのでした。

 真実の愛は存在するのか? もし、存在するとすれば、真実の愛はどこにあるのか? 愛を追い求めるだけの人間には、永遠に解けない謎が『マレフィセント』のテーマとなっています。

昏睡状態の女性へのいきなりのキスは不適切な行為?

 ペロー童話やグリム童話でも、オーロラ姫(エル・ファニング)の「運命の相手」である王子さまが現れ、昏睡状態にあるオーロラ姫にキスをすれば、呪いは解けることになっています。でも、『マレフィセント』では、そうは問屋が卸しません。

 だいたい眠っている女性に、通りすがりの他人がいきなりキスをするのは非常に不適切な行為でしょう。緊急時の人工呼吸も、コロナ禍以降は感染症のリスクを避けるため、気道を確保した上での心臓マッサージのみが勧められるようになっています。

 ヒロインの窮地は王子さまが救ってくれるーというディズニー作品のお約束を破った『マレフィセント』の後半の展開は、ちょっとしたサプライズ感があります。ディズニーも変わったなと思わせます。

『マレフィセント』の監督を降りていたティム・バートン

 ディズニーヴィランのマレフィセントは、もともとのモデルは1950年代に米国で「怪奇女優」として知られた“ヴァンパイラ”ことメイラ・ヌルミでした。彼女がホストを務めたホラー番組『ヴァンパイラ・ショー』は子どもたちに大変人気があり、エド・ウッド監督の珍作『プラン9・フロム・アウタースペース』(1959年)にも出演しています。

 ティム・バートン監督がジョニー・デップ主演作として撮った伝記映画『エド・ウッド』(1994年)では、ティム・バートンの当時の交際相手だったリサ・マリーがヴァンパイラを魅力的に演じています。

 ティム・バートンは『マレフィセント』の監督オファーも受けていたのですが、早々に離脱しています。タフな大人の女性であるアンジェリーナ・ジョリーや子役時代から有名だったエル・ファニングには、あまり関心がなかったのではないでしょうか。

 ティム・バートンが去ったため、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の美術監督だったロバート・ストロンバードが監督を引き受けています。

人気絶頂のアンジェリーナ・ジョリーだが、続編は失敗に

 アンジェリーナ・ジョリーは毎日3時間かけて特殊メイクを施し、マレフィセントに扮しています。社会から迫害されるマイノリティーに優しい彼女らしい、熱の入れ方です。当時のアンジェリーナは、ブラッド・ピットと結婚しており、公私共に絶好調でした。物語の序盤、オーロラ姫の少女時代は自分の娘に演じさせています。

 大ヒットした『マレフィセント』に気をよくしたディズニーは続編『マレフィセント2』(2019年)を公開しますが、メインキャストは続投したものの『マレフィセント2』はびっくりするほど退屈な作品で、興行的にも低迷しています。デビルウーマンみたいになったマレフィセントが妖精たちを率いて人間と戦う物語になっているので、永井豪の人気漫画『デビルマン』好きな人は脳内で物語を変換すれば楽しめるかもしれません。

 ディズニーがヴィラン視点ものに着手したのは、ミュージカルアニメ『アナと雪の女王』(2013年)が記録的大ヒットになったことが大きかったように思います。アンデルセン童話の『雪の女王』は美しいけれど冷酷なキャラクターだったのを、ディズニーは原作へのリスペクトはまるでなしで改竄し、世界中の子どもたちからお金を搾取することに成功しました。

 ディズニーは社会的弱者に寄り添って『マレフィセント』を生み出したというよりは、銭になるからヴィランを主人公に仕立てたと言えそうです。『アナと雪の女王』『マレフィセント』に続く「3匹目のドジョウ」を狙って、『101匹わんちゃん』の毛皮マニア・クルエラを主人公にしたエマ・ストーン主演作『クルエラ』(2021年)も制作していますが、こちらもパッとしない成績で終わっています。

多様性を完全に履き違えているディズニー

 物語を勧善懲悪ではない視点から描くというアイデアは、おそらく宮崎駿監督の『もののけ姫』(1997年)あたりからの影響でしょう。悪人は生まれつき悪人だったんじゃないよ、という考えはいいと思います。ただいま興収300億円を越える大ヒット作となっている『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』でも鬼になった猗窩座の生い立ちに、観客たちは涙を流しているわけですし。

 でもね、ディズニーは社会的マイノリティーを物語として取り上げることと、多様性に配慮することを混同して、映画スタジオとしては迷走しているんじゃないでしょうか。白人以外のキャストを起用するのは大変結構なことですが、実写版『リトル・マーメイド』(2023年)のヒロインにアフリカ系、実写版『白雪姫』(2025年)にラテン系のキャストを使うのは、多様性を重視することを完全に履き違えているように思います。

 アンデルセン童話やグリムの童話を改竄するよりも、アフリカやラテン圏のおとぎ話や伝説をしっかりと発掘してほしいものです。

 有名な童話じゃないとヒットしないよというのなら、ディズニーにおすすめの作品があります。アンデルセン童話『裸の王様』の実写ミュージカル化です。主演はもちろん、トランプ大統領で決まりでしょう。共演にはプーチン大統領をお勧めします。近年は低迷しているアカデミー賞も、大変な賑わいになるのではないでしょうか。

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文=映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2025/09/19 12:00