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高橋文哉主演『あの人が消えた』、劇場では“無風”も配信でバズ&絶賛 1年越しの話題化はなぜ生まれたか

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高橋文哉(写真:Getty Imagesより)

 10月15日からAmazon Prime VideoとHuluで配信を開始した映画『あの人が消えた』(2024)が現在、SNS上でちょっとした話題となっている。なぜ今、公開時はさして盛り上がりもしなかった1年前の映画が、ネットで盛り上がるのか――。

「人生ワースト」相次ぐ酷評、映画評論家もバッサリ40点

『ブラッシュアップライフ』演出・水野格が監督、主演はイケメンNo.1高橋文哉

 高い評価を得たテレビドラマ『ブラッシュアップライフ』(2023)の演出・水野格氏が脚本と監督を務めたオリジナル作品ということで、注目を集めた本作。主演は、新進気鋭の俳優・高橋文哉(24)だ。

『ブラッシュアップライフ』は、バカリズムが脚本を担当したタイムリープ・ヒューマンコメディーで、数々の賞を受賞。制作チームとして、水野氏も「第115回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞」の受賞者に名を連ねた。また高橋は2017年『男子高校生ミスターコン』でグランプリ、雑誌「ViVi」(講談社)主催の「国宝級イケメンランキング」NEXT部門(2021年下半期、22歳以下)でも1位を獲得。今年10月24日からはスマホアプリ「UniReel」にて配信される縦型ショートドラマ『この恋は、理想形。』で主演及び企画&プロデュースを担い、キラキラした高校生の純愛を描いて女子を”キュン死“させている。

 高評価作品に携わったスタッフと、若者世代の最注目イケメンが組んだ本作は、次々に人が消えるという噂が絶えないマンションを舞台に、配達員・丸子夢久郎(高橋文哉)が怪しげな住人の正体を暴くため動くうち、壮大な事件に巻き込まれていくというストーリー。

 丸子の同僚として田中圭(41)、住人役には染谷将太(33)や中村倫也(38)ら手練れの俳優陣が脇を固め、ヒロインにはNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019)や『鎌倉殿の13人』(2022)などに出演し、実力派女優として頭角を現しつつある北香那(28)が起用されている。

 キャッチコピーの“先読み不可能”が示す通り、ジャンルを横断しながら二転三転する展開とトリッキーな構成。Xでは、〈すべての伏線が回収された瞬間の満足感がエグかった〉〈ずっと脚本に翻弄される面白さがあった〉などと堪能するコメントが相次ぐ。

157館スタートで2.6億円、新海誠も通った「実験枠」

 とはいえ公開当時は上映館数157に対し最終興行収入2.6億円ほどと、可もなく不可もなくの成績。話題性という意味では、ほぼ“無風”だったとも言える。それがなぜ、1年越しに「配信」で注目されているのか。業界事情にも詳しい映画評論家・前田有一氏が、本作のユニークさと、今さら「配信」で絶賛されている理由を紐解く。

 まず、公開時に大きく話題にならなかった要因として、前田氏は「配給元の性質」を挙げる。本作は大手映画会社・東宝の作品ではあるが、厳密には劇場配給の新レーベル「TOHO NEXT」発だ。「TOHO NEXT」とは2023年12月13日に立ち上げが発表された東宝のセカンドブランドで、「簡単にいえば“実験枠”」(前田氏)。

「東宝の作品はそれまでも、数百スクリーンの大規模で上映する“東宝配給”と、数十スクリーンから百数十スクリーンの中小規模での上演が中心の“東宝映像事業部配給”の2軸がありました。NEXTはその“東宝映像事業部配給”が名を変えたもの。アニメ作品が多く、最近だと『名探偵コナン』の総集編など、“マニア向け”で尖った作品を発表するレーベルです。

 NEXT発の作品は、東宝から制作会社に依頼することもあれば、制作会社側から売り込むパターンもある。もし、世間の反応が良ければ東宝配給としてやりますか、という流れになるわけですね」(前田氏、以下同)

 代表例としては、新海誠監督の過去作『言の葉の庭』(2013、旧・「東宝映像事業部配給」発)がある。上映時間46分、たった23館というミニマムスタートながら評判を呼ぶ形で上映館を増やし、興収1.5億円で着地した。この後、新海監督は『君の名は。』(2016)で興収251.7億円のメガヒットを叩き出し、あっという間に日本のアニメ界を牽引する監督の1人となってゆく。

面白いのに劇場では話題になりづらすぎた、これだけの理由

 さてそんな“マニア向け”のレーベルから生まれた『あの人が消えた』は、豪華なキャスティングでチャレンジングな脚本だった。

 公開時は、挑戦的な作品に付き物ともいえる賛否が渦巻き、〈期待して見に行ったら期待以上〉と意外性に次ぐ意外性を楽しんだという声の裏で〈序盤のホラーなテイストが面白かったのに、途中からコメディ展開になって混乱した〉〈これに2000円はキツい〉など、消化不良を起こす感想も。前田氏は、「たしかに、劇場との相性があまり良くない作品であることは否めない」と言う。“相性”とはどういうことか。

「配信が普及し、さまざまな形での手軽に映像体験が可能になった現代において、映画館に求められているのは、『体験共有装置』としての機能になりました。圧倒的な音響施設、座席が揺れるなどのエンタメ施設、周囲とその空間を共有するライブ感を味わうために、劇場に足を運ぶ人が多いわけです。その点、本作は低予算で、ロケ地はほとんどがマンションの部屋のなか。やり取りは淡々としていて、画的な変化もありません。外で派手な事件も起こらない。そうなると、トレンドに敏感で“いち早く見たい”という層を除いて、多くの人にとって映画館で見る積極的な理由がありません」

 映像美や音響美で勝負はしない。その代わりとなる本作の魅力は、意外性のある演出や“どんでん返し系”の脚本だ。そしてそれは、“自分の時間”で見ることができる配信にこそ相性の良さを発揮する。

「大きく前半が伏線で、後半で謎解きという構成なので、どうしても『あのシーンどうだったっけ?』と見返したり、途中で止めたりしたくなります。しかもSNSで話題にしやすく、また話題になると“気になる欲”が刺激され、すぐに見たくなる。裏を返すと、『あのシーンの意味』がわからないまま話が進んでいく映画館では、最後まで面白さが全然ピンとこないという人もいるでしょう。だから配信されたことで、やっと評判が広まっているということだと思います」

梅沢富美男がまさかの本人役! ドタバタコメディに隠されていた「意味」

※この先、作品の重要なネタバレを含みます。

 作中には、往年の名作映画を彷彿とさせる「わかる人にはわかる」仕掛けが多数施されている。主人公・丸子の名前を『シックス・センス』(1999)のマルコム・クロウから拝借することで結末を暗示。さらに、メイントリックは『ユージュアル・サスペクツ』(1995)がモチーフだ。「わからない人は置いていかれる」リスクをはらむが、「それでいい」と振り切ったということか。

「元ネタが分からなくても、物語は成立しているのがポイントです。そのうえで、マニア心をくすぐる“遊び心”を入れている。感想戦や考察が盛んなSNSでは、絶好の“話のネタ”にもなりますよね」

“遊び心”という意味において、中終盤の一癖ある展開は無視できない。それまでのホラー×ミステリのテイストが鳴りをひそめ、バカバカしいコメディへと変化。不穏さを放つ男・島崎健吾(染谷将太)が急にイギリスかぶれのキャラクターに転じたり、梅沢富美男が本人役で登場したりと、ナンセンスギャグが連発されるのだ。

 また田中圭演じる荒川は、作中で丸子が愛読しているネット小説に対し「設定(が)渋滞しすぎ」「一つ一つのトリックは見たことあるけど、それが組み合わさって“合わせ技一本”って感じ」といったセリフも吐く。これらも、全部見終わってみれば意味深だ。どんどんトリックが積み重なり(渋滞)、見たことのない“解決”(合わせ技一本)をもってエンドを迎えるのだから。

「監督自身が“味変”と呼んでいるんですよね。その味変を好まない人がいてもおかしくない。ただし前提として、『脅されているラノベ作家が即興で作り出した不完全な演出』という高度な設定が隠されているので、しらじらしいコメディパートも『全部嘘ですよ』というメッセージを補強している。ナンセンスな演出やサムいギャグが、すべて巧妙なミスリードになっているんです」

リアリティよりも「謎解き」を重視した“パズラー映画”

 2時間かけた謎解き映画ともいえる本作について前田氏は、ミステリ用語でいう「パズラー」だと指摘する。主に推理小説において、リアリティよりも謎解きに重点を置いたジャンルのことだ。

「本作は前半だけで謎を解くための要素をすべて観客に与え、実はその情報が真相につながる導線になっている。その際、リアリティは無視です。そもそも配達員が住人を嗅ぎ回るところからしておかしい(笑)。なぞなぞやパズルのような問題を解く楽しさに特化した作品で、だからどうしても中盤はダレます。記憶力と根気が必要で、ミステリ好きならともかく、どうしても劇場で見る客は選ぶ。伏線や意図がわからないまま見ていると、つまらないという感想を抱いてしまっても仕方ないと思います」

 前半、丸子が小宮千尋(北香那)の書くスパイ小説のトリックを絶賛するシーンがある。それは「登場人物の頭文字を繋げると暗号になっている」というものだが、そのトリックこそが本作の伏線。さらに、住人たちの住む部屋と苗字も――

201号室・巻坂(まきさか)
203号室・流川(るかわ)
205号室・小宮(こみや)
301号室・長谷部(はせべ)
302号室・島崎(しまざき)
303号室・沼田(ぬまた)

→「まるこはしぬ」。

「そのほか、注意深く見ると、丸子がまるでその場にいないかのように役者が演技をしているシーンがある。こちらは『シックス・センス』でM・ナイト・シャマラン監督が仕掛けた演出のオマージュです。こうした細かい作り込みはミステリーファンや映画マニアが喜ぶポイントですね。水野監督がこだわった仕掛けに気づくかどうか、あるいはわかった後で悔しがりながら喜ぶというファン心理をちゃんとわかったうえで、鮮やかにだましてくれます。そのうえで、単なる悲劇的なオチで幕引きになるのではなく、ちゃんとハッピーエンドにしたのが斬新でした」

 配信サービスで視聴し、巧妙に編み込まれた伏線にハマる人が続出しているのは事実だ。わからない部分はネット上にいる“識者”に教えてもらえば、一粒で二度美味しい。Xでは〈頭がバグるぐらい面白かった!〉という声が24万ビューを集め、〈点と点が繋がる瞬間がすごく気持ちいい!〉〈まさか最後に涙が出るとは思わなかった〉などの絶賛が相次いでいるところ。作品の“おもしろさ”は、劇場の興収だけで判断できないということを証明中である。

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(構成・取材=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/11/08 22:00