勘違いから大ヒットした『プラダを着た悪魔』 「パワハラ上司」が美化されていた時代

ハリウッドの名優メリル・ストリープと当時売り出し中だったアン・ハサウェイが共演し、世界的な大ヒットとなったのが『プラダを着た悪魔』(2006年)です。NYの高級ファッション誌を舞台に、おしゃれなファッション業界&出版界の内幕を描いています。
メリル・ストリープがカリスマ編集長を貫禄たっぷりに演じ、新米アシスタントに扮したアン・ハサウェイは本作がきっかけで大ブレイクしています。先輩アシスタント役のエミリー・ブラントも、今ではすっかり人気女優です。
5月1日(金)より、20年ぶりとなる続編『プラダを着た悪魔2』が日米同時公開されるのに合わせ、4月24日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、『プラダを着た悪魔』を放送します。
お仕事キラキラムービーと勘違いしている人もいる作品なので、なぜ勘違いが起きたのかも含めて『プラダを着た悪魔』が描いた職場像を考察したいと思います。
大学は卒業したものの、就活に苦戦するヒロイン
原作者のローレン・ワイズバーガーは、「ヴォーグ」誌の名物編集長アナ・ウィンターのアシスタントを9カ月間務め、その体験をベースに小説を書いています。物語はフィクションですが、ファッション誌にまだ活気があったゼロ年代の雰囲気を、リアリティーたっぷりに描いています。
主人公のアンドレアことアンディ(アン・ハサウェイ)は有名大学を卒業し、報道系の出版社への就職を希望したものの、その夢は叶いません。キャリアアップのために、有名ファッション誌「ランウェイ」の求人募集に応募します。
同誌の編集長・ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタントを1年間務めることができれば、どんな業界でも成功できると聞き、張り切って面接を受けるアンディですが、おしゃれに無頓着なため、編集部で浮きまくってしまいます。「ランウェイ」をちゃんと読んだこともなく、ミランダの名前さえ知らなかったアンディは、面接で恥ずかしい思いをします。
ところが、ミランダによる面接の結果は意外にもOKでした。第1アシスタントのエミリー(エミリー・ブラント)が推薦した女の子たちは、みんなおしゃれだったものの、仕事のハードさについていけずに次々と辞めていたのです。自分の能力が評価されたと喜ぶアンディですが、鬼上司にボロ雑巾のように酷使される日々が始まるのでした。
郷に入れば郷に従え。編集部に同化していくことに
第二アシスタントとして働き始めたアンディの仕事は、もっぱら雑用です。早朝から深夜まで、勤務時間に関係なく携帯電話で呼び出されます。ミランダのお気に入りのコーヒーを、デリバリーするのもアンディの日課でした。日々、仕事に忙殺されるアンディですが、ミランダは彼女の名前をいつまでも覚えようとしません。
なかなかミランダに認めてもらえないことから、アンディはファッションディレクターのナイジェル(スタンリー・トゥッチ)に協力してもらい、普段の仕事着からおしゃれにドレスアップします。ヒロインが大胆に変身していくこのシーンは、ハリウッド映画ならではの面白さでしょう。
ファッションは、働く女性たちの戦闘服でもあることを感じさせるシーンです。戦闘モードに入ったアンディは、編集部に同化していくことになります。撮影済みの非売品や社員割引があったとしても、毎日のようにドレスアップするために、アンディは給料のかなりの部分を「勉強代」として使ったと思われます。
今なら完全に情報漏洩でアウトな案件
アンディがミランダに認められるきっかけとなるのが、『ハリー・ポッター』の新刊本をめぐるエピソードです。ミランダは双子の娘たちを溺愛しており、発売前の『ハリー・ポッター』最新刊を娘たちのためにゲットしろと、完全にプライベートなミッションをアンディに無茶振りします。
知り合いの知り合いをたどっていけば、6人目で世界中のどんな人ともつながるという「スモールワールド理論」があります。まだ出版業界にツテが少ないアンディは、パーティーで知り合ったばかりの人気作家クリスチャン・トンプソン(サイモン・ベイカー)に頼み込むことに。双子は、母ミランダ→アンディ→クリスチャン→X、と4人目で運よく念願の品をゲットします。
ギャグエピソードだけど、実際にやったら頼んだアンディも、応じたクリスチャンも、今なら情報漏洩でアウトな案件です。
しかし、無理難題をクリアしたことから、ミランダからの信頼を得ることに成功するアンディでした。恋人や家族との時間を犠牲にし、直属の上司のためにヒロインが滅私奉公する姿は、多くの社会人が新入社員時代を思い出し、広く共感を寄せることになったようです。
確信犯的に誤解を招いた日本の宣伝
日本での『プラダを着た悪魔』公開時の宣伝コピーは「恋に仕事にがんばる あなたの物語」でした。はっきり言って、このコピーは本作のテーマを言い当てていません。作品を売るために、確信犯的に間違ったコピーを謳っています。
いつまでもアンディの名前を覚えず、勤務時間外労働に加え、私用も平気で言いつけるミランダは、完全なパワハラ&モラハラ上司です。ファッション誌は人気業種で、アシスタント希望者は他にいくらでもいることから、アンディは逆らうことができません。
やがて、アンディは完全な「仕事人間」となります。恋人や友人から「変わってしまった」と指摘されても、ブランド品を着こなし、仕事もバリバリするようになった自分に嫉妬していると思うようになります。これはもう、一種の「洗脳」状態でしょう。
すっかりおしゃれ編集者になったアンディは、ミランダの行動パターンを熟知し、先回りして仕事の手配ができるようになり、ミランダの有能なアシスタントとなります。ついには先輩アシスタントのエミリーを差し置いて、パリコレの取材に同行するようミランダに言われます。小さなミランダの誕生です。
本来はパワハラ&モラハラが罷り通る人気業界のおかしさを風刺したコメディなのですが、日本では口当たりのいい「お仕事キラキラムービー」として消費されたのです。そのため、今でも勘違いしたままの人が多いように思います。
部下に継承されるパワハラ構造
メリル・ストリープの演技力もあって、ミランダのカリスマ性のある上司像はかっこよく感じられます。確かに、人気雑誌を牽引するミランダは単純な「悪役」ではありません。おそらく若手時代は、アンディと同じように上司からパワハラ&モラハラされまくったはずです。男性上司からのセクハラもあったに違いありません。
物語後半、ミランダが「あなたは私に似ている」とアンディに話したのは、そんな背景があるからでしょう。
人気雑誌の編集長になってからも、ミランダは雑誌の売れ行きやクライアントとの付き合いなど数々の重荷を背負っています。編集長の座を狙うライバルもいます。双子の娘をミランダが溺愛しているのは、家庭で過ごす時間が限られているからだと思われます。
でも、自分が味わったハラスメントを、部下に強いるのは許されることではありません。ミランダのような公私混同した上司の存在が、20年前には容認、いや美化されて受け入れられていたことが驚きです。
最終的にアンディは、もうひとりのミランダになることを拒み、自分自身の道を進むことを選びます。雑誌を売るために、そして自分の地位をキープするために、他人に犠牲を強いるという考え方には賛同できなかったのです。洗脳が解けたと言っていいでしょう。
ヒロインがシンデレラになるサクセスストーリーではなく、むしろ解脱の物語なのです。
お仕事キラキラ映画としてヒットした日本では、ハラスメント上司が本当に消えたのかどうか気になるところです。『プラダを着た悪魔』を無条件に称賛している上司がいたら、要注意です。
気になる続編『プラダを着た悪魔2』ですが、前作から20年経った今でもミランダは「ランウェイ」誌の編集長を続投しているという設定だそうです。実際、ミランダのモデルになったとされるアナ・ウィンターは「ヴォーグ」誌の編集長をつい最近まで、40年近く勤めていました。
マスコミ&ファッション業界は、モンスターたちが徘徊する想像以上に恐ろしい世界のようです。
(文=映画ゾンビ・バブ)
