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『金ロー』を独自視点からチェックする!【84】

宮崎駿監督が選んだ「国民的アニメ作家」の道 『魔女の宅急便』とキキが飛べなくなった理由

宮崎駿監督が選んだ「国民的アニメ作家」の道 『魔女の宅急便』とキキが飛べなくなった理由の画像1
映画『魔女の宅急便』(スタジオジブリ公式HPより)

「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」

 宮崎駿監督の劇場アニメ『魔女の宅急便』(1989年)のキャッチコピーです。都会でひとり暮らしを始めた少女の成長を鮮やかに描き、スタジオジブリ初の大ヒット作となりました。

 完成度の高さが招いた二つの悲劇

 宮崎アニメらしく、魔法の箒(ほうき)に乗ったキキが大空を軽やかに舞う様子が印象的な『魔女宅』ですが、キキは途中で飛べなくなってしまいます。

 なぜ、キキは空を飛べなくなってしまったのか? 5月6日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される『魔女宅』の分かるようで分かりにくい謎部分を深掘りしてみましょう。

見習い魔女、初めてのお仕事に挑戦

 原作は角野栄子さんの同名小説です。角野さんは24歳のときに夫婦で南米ブラジルへと渡り、海外で過ごした体験をもとに40歳で『魔女宅』を執筆します。初めて訪れる街にキキが胸を躍らせる様子は、原作者の実体験が投影されています。

 魔女の母親と人間の父親を両親に持つキキ(CV:高山みなみ)は、13歳の誕生日を迎え、ひとり暮らしを始めることを決意します。知らない街で、魔女としての修行を積むためです。黒猫のジジ(CV:佐久間レイ)をお供に連れ、キキは箒に乗って旅立ちます。

 魔女見習いのキキが持つ不思議な力は、ふたつだけ。ひとつは箒に乗って空を飛ぶこと。もうひとつは、幼い頃から一緒に育ったジジと会話ができることです。

 そんなキキは、海沿いにある大きな街に舞い降ります。パン屋を営むおソノ(CV:戸田恵子)に気に入られ、キキはパン屋に下宿し、宅配サービスを始めます。

 初めての仕事は緊張の連続です。ぬいぐるみを届ける簡単な依頼のはずが、キキは途中でぬいぐるみを森に落とすハプニングに見舞われます。それでも、周囲の善意に支えられ、なんとか仕事を続けるキキでした。

都会人の冷たさにショックを受けるキキ

 両親の愛情を一身に浴び、元気に育ったキキは、賑やかな都会に憧れていたものの、都会で暮らす人たちの冷たさには慣れることができません。

 老婦人(CV:加藤治子)に頼まれ、焼き立ての「ニシンとカボチャのパイ」をキキは雨に濡れながら届けます。しかし、パイを受け取った孫娘の口からは「私、このパイ嫌いなのよね」と冷たい言葉が出てきます。老婦人が苦労してパイを焼いた様子を見ていたキキは、ボディブローのような鈍い衝撃を受けます。

 キキが街に来てから付きまとってきた少年トンボ(CV:山口勝平)は、意外といいヤツでした。空を飛ぶことに憧れるトンボとキキは仲良くなりますが、トンボの仲間の中に例の孫娘がいたことから、キキは再びトンボと距離を置きます。

 キキ自身が、自分の感情の変化に戸惑います。やがて、キキは相棒のジジと会話ができなくなり、さらには空を飛ぶ力も低下します。

 魔女の宅配サービスは、休業に追い込まれます。

時代の風に乗った宮崎アニメ

 荒井由美のヒット曲を主題歌に使い、また「クロネコヤマトの宅急便」とタイアップし、日本テレビも製作に関わるようになりました。そうしたイメージ戦略、タイアップ効果もあって、『魔女宅』は興収43億円という大ヒットを記録します。

 ヒットした要因に、女性層の動員に成功したことが挙げられます。『風の谷のナウシカ』(1984年)や『天空の城ラピュタ』(1986年)でSFアニメ好きからは支持されていた宮崎監督ですが、『魔女宅』で若い女性層のハートをがっちりつかみ、国民的アニメ作家への道を歩み始めることになります。

 1989年はまさにバブル経済の絶頂期。女性の社会進出が進み、海外旅行を楽しむ女性たちも増えました。そんな明るい時代の雰囲気に、『魔女宅』はうまくシンクロしたわけです。

人生の岐路に立つ13歳の少女

 では、なぜキキは魔法が使えなくなったのか? 下宿生活を始めた翌朝、キキはトイレを使う際、パン屋の主人に見つからないよう気を遣います。キキは思春期の少女であることが印象づけられています。

 異性のトンボと仲良くなりかけていたのに、キキは自分から離れてしまいます。子どもと大人との端境期に、キキはいるようです。

 魔女の母と人間の父から生まれたキキは、魔女になるか人間になるかは自分で決めることができます。初めての都会暮らし&仕事の疲れから来るストレスもあるでしょう。自分が本当にやりたいことは何なのか、自分は何者なのか、というアイデンティティの揺らぎが生じます。

 母譲りの魔女の「血」で気楽に空を飛んでいたキキですが、魔女として独り立ちする上での覚悟が求められます。心のどこかに、街で楽しそうに遊んでいる人間の女の子たちへの興味もあるようです。

 そうした迷いや悩みが、キキの魔力を弱らせていたのではないでしょうか。幼い頃からの夢を叶えるか、平凡な人生を歩むかの選択をキキは迫られます。

森で出会った不思議な絵画

 落ち込んだキキが相談する相手は、森で出会った画学生のウルスラ(CV:高山みなみ)です。ひとりで油絵を描き続けているウルスラも、スランプに陥ることがあると言います。そんなときは「描いて描いて描きまくる」か、それでもダメなときは「何もしない。そのうち急に描きたくなる」そうです。

 ウルスラが描いている油絵は、青森県八戸市立湊中学校養護学級共同作品「虹の上をとぶ船総集編II 星空をペガサスと牛が飛んでいる」をベースにしたものです。1976年に制作された版画絵で、当時の中学生たちの感受性の高さを感じさせます。

 我が道を突き進むウルスラの存在はキキの心を和ませます。原作よりも、ウルスラの存在は大きくなっています。

 ウルスラとの交流で、キキは純粋な気持ちを思い出すことができたようです。でも、まだ魔力を取り戻すには至りません。

身も心のズタボロだった宮崎駿監督

 徳間書店に加え、ヤマト運輸と日本テレビが新たに製作に参加したことで『魔女宅』は大ヒットしたわけですが、大企業をスポンサーにしたことでデメリットも生じています。

 当初、外部からの持ち込み企画だった『魔女宅』は若手監督を起用する予定でした。宮崎監督は『となりのトトロ』(1988年)、高畑勲監督は『火垂るの墓』(1988年)の制作真っ只中にあったからです。

 戦時下の市民を描いた日常アニメ『この世界の片隅に』(2016年)でブレイクする片渕須直監督が『魔女宅』で監督デビューするはずだったのですが、スポンサー側に無名監督のデビュー作には出資しないと断られ、やむなく宮崎監督が登板せざるを得ませんでした。

 爽快感のあるファンタジー『魔女宅』ですが、『トトロ』を完成させた宮崎監督は休む暇なくズタボロ状態で『魔女宅』の制作に突入します。

 肉体的にも精神的にも余裕がなかった宮崎監督は「ジブリ解散」を口にしていました。『ラピュタ』から3本も続けて劇場アニメを作ると人間関係がボロボロになるから、一度リセットしたほうがいいと考えていたようです。

 宮崎監督自身が、追い詰められた状況にあったのです。

キキにとってのアウターエゴ

 人気アニメ『名探偵コナン』(日本テレビ系)のコナン役で知られる声優の高山みなみは、当時は新人でした。オーディションでキキに選ばれますが、ウルスラとの2役を演じることには躊躇したそうです。

 宮崎監督が同じ声優にあえて2役を演じさせたことから、ウルスラはキキのアウターエゴ(分身)と解釈する見方もあります。キキは魔女の道を選びますが、人間の道を選んだのがウルスラなわけです。

 また、キキにとってウルスラがアウターエゴであるように、キキは宮崎監督にとってのアウターエゴではないでしょうか。もがき苦しむキキの姿は、宮崎監督自身でもあるように感じます。

 若い頃は才能に任せ、自由奔放にアニメーターとして活躍してきた宮崎監督ですが、スタジオジブリができてからはスタジオ経営のために割り切って仕事をする必要も生じるようになりました。

 この頃の宮崎監督は、好きで続けてきたアニメーションの仕事に限界を感じていたようです。

国民的アニメ作家を支えた密やかな楽しみ

 創作意欲が萎えつつある作家がその危機を乗り越えるには、どうすればいいのか? それはもう、とにもかくにも作品を面白く完成させるしかありません。

 近藤勝也氏がキャラクターデザイン&作画監督として加わるなど、新しい戦力も加わりました。また、作品ごとに集めていたアニメーターたちを社員採用するなど、鈴木敏夫プロデューサーによってジブリの業務形態が改善されることになります。

 ズタボロ状態で制作した『魔女宅』ですが、興収的にも作品内容も好評を博し、宮崎監督は自分との闘いに勝利を収めることができたのです。

 この後、宮崎監督は趣味色の強い『紅の豚』(1992年)もヒットさせ、『もののけ姫』(1997年)から新次元のフェーズに挑むことになります。『魔女宅』はスタジオジブリの第1期を代表する傑作と言って間違いないでしょう。

 アニメ作家として危機的状況だった宮崎監督を励まし、支えていたのは、実は13歳の少女・キキだったのかもしれません。

 キキのパンチラがたびたび描かれることでも知られる『魔女宅』ですが、宮崎監督の密やかな楽しみだったーと考えるのは下世話過ぎでしょうか。

かぐや姫が犯した「罪と罰」

(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2026/05/08 12:00